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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(129)

 

 浩之の、最初のころとは比べものにならないぐらい、鋭く、素早い連撃が繰り出される。

 それを、難なく綾香は避ける。

 だいぶ、浩之も見れるようになったじゃない。

 余裕のまま浩之の攻撃をさばきながら、綾香はそんなことを思って、悪い気がしなかった。まだまだ綾香を倒すには力不足もいいところだが、エクストリームの本戦でも、それなりの結果を出せるのでは、と思えた。

 練習相手がいない葵は、一人でサンドバックを蹴っている。最近は、坂下がなかなか来られないので、一人余ることも多いのだ。

 久しぶりに、浩之と練習をするような気がするが、三日ぶりぐらいなので、実際のところはそんなに時間は経っていないことになる。

 綾香としては、つきっきりで浩之の練習の相手をしてもいいつもりなのだが、浩之は、どちらかと言うとそれを避けているように見える。

 まさか嫌われたとは思わないけど……

 そんなことはない、とは、綾香も言い切れない。もちろん、何度も殴ったり蹴ったりしているが、それで愛想を尽かされるようなことはないと思う。そういう人間では、浩之はない。

 しかし、その他の、自分には何気ない行動で、愛想をつかされた可能性は、やはり否定できないのだ。

 綾香は、何も後ろめたいことはしていないが、それでうまく行く行かないが決まるほど、男女の間というのは単純ではない。

 ましてや、恋愛に関しては、綾香と言えども初心者も同然だ。というか、恋愛に関しては、正直自分は下手くそなのでは、とさえ思っている。

 浩之は、少なくとも綾香を避けるつもりはないのだが、しかし、ほんの少しのずれというものでさえ気になるのが、年頃の恋する乙女の繊細さというものだろう。

 恋する乙女とか繊細とか、綾香にはまったく似合わない言葉だが、気になるのだから仕方ない。

 しかし、それなら真っ正面から言ってみるのが綾香のやり方のはずなのだが、浩之のことだけは、そういう行動ができない。

 一応、私は付き合ってる気でいるんだけど……そういいえば、デートみたいなものはしたこと、ほとんどないわよねえ。

 よく一緒に遊んでいるのだから、わざわざデートなどする必要がないと言われればそれまでなのだが。

 綾香は、最近まではそれでも満足していたのだ。

 だが最近は、格闘技の練習のために時間を取られて、そんな時間も減ってきている。だから余計に不安になるのだろうが。

 そして、さらに不安をあおるように、浩之は女の子からの人気が高いのだ。付き合っているつもりの、いや、事実言ったことはないが、付き合っていると言っていい綾香としては、非常に気が気ではない。

 これなら、リヴァイアサンの言った言葉の方が、よっぽど面倒がなくていいわ。

 恋愛とケンカを同等の場所に置いてしまうその精神構造には問題があると思うのだが、綾香としては本音の言葉だった。

 綾香でも勝てない、と言われたことは、正直鼻で笑っている。

 リヴァイアサンと戦い、その強さは十分理解できているし、綾香を脅すために言っているのでは、多分ないだろうと思っているが、それでも、気になる言葉ではない。

 綾香は、いつだって勝てないと言われた相手に勝って、今度は絶対に勝てないと言われるまでになったのだ。最初から最強と言われていた訳ではないのだから、綾香が勝てないと言われたことは何度も経験したことだ。

 リヴァイアサンも、何度かぐらいは順位の上の相手と戦って、そして負けて来て綾香が勝てないと判断したのだから、あてずっぽうで言っている訳ではないのだろうが、それにしたって、綾香が勝てないなど、笑わせてくれる。

 綾香がリヴァイアサンから聞いた話で気に止めているのは、マスカレイドの、上位三人がスタイルが似ている、ということだ。

 身体を防具で固め、武器を持ち、そして武器を使いながらも、格闘技で戦う。

 それを聞いて、綾香はなるほど、さらに言えばやはり、と思ったものだ。

 地の利を利用するクログモや、純粋な腕力に重点を置いたバリスタ、長い鍛錬によって得た武術を使うリヴァイアサン、どれもそれなりに利にはかなっている。

 しかし、マスカレイドのルールで、効率を求めるのなら、結局行き着く場所はそこになると綾香も考えていた。

 一メートル以内の鈍器ならばということは、あまり武器に頼るのはよくないが、しかし、持っていれば十分に効果の出せる武器が持てる。何より、武器があれば、その分だけのリーチはかせげるのだ。

 よって、武器を持たないのは論外。

 そして、顔さえ隠せば、後の格好に指定はない。であれば、急所を防具で守っておくのは、当然の行為。

 基本的に、打撃というのは、相手の急所に入れることによってダメージを当てるのだ。どんなに訓練したところで、急所でもない部分を殴って相手を倒すのは難しい。しかし、防具の上からでは、ダメージが通るとは思えない。

 そして、何より大事なのは、ただ武器を持ち、防具を固めただけでは、勝てないということだ。今までの綾香の相手がそんな格好をしていなかったのでもわかるように、それで勝たせてくれるほど、マスカレイドも甘い訳ではないということだ。

 どんなに防具を固めようと、いや、固めれば固めるほど、視界を阻害したり、動きを鈍らせたりする。武器だって、振り下ろすよりも素早く動く相手には、当てることはできない。

 だから、そのバランスを考え、動きを阻害しない防具に、熟練した武器を持ち、そしてそれ以上に、素手でも十分な実力を持っておくこと。

 これが重なったとき、一対一ならば、急激に戦力が上がる。少なくとも、マスカレイドのルールにはぴったりだ。

 しかし、それでもなお、綾香なら、素手で倒せないことはないし、綾香はその身一つで戦い、勝つ気でいる。

 ……じゃあ、浩之ならどうするだろう?

 ふと、そんな疑問を思って、綾香は浩之を蹴飛ばした。

「うおっ!?」

 いきなり来た前蹴りを、浩之は受けることに成功したが、体格の差があるというのに、簡単に吹き飛ばされる。後ろにダメージを受け流そうとして、失敗したようだった。

「ねえ、浩之?」

「話があるなら、言葉で止めろよ。お願いだから不意打ちは止めてくれ」

「攻撃しないなんて言ってないでしょ。で、聞きたいんだけど?」

「はいはい、何だよ?」

「相手が武器を持ってたら、浩之はどう戦う?」

 綾香としては、素朴な疑問だった。それに、もし浩之がその手段を持っていないというのなら、それなりの手を教えるというのも悪くないと思っていた。

「どうって……」

 しかし、浩之は、何故か嫌そうな顔をした。

「どうしたの?」

「あ、いや……」

 浩之は、少し話しづらそうにしながらも、しばらく考えてから、話し出した。

「それが、丁度いいというか悪いというか、武器持った人間に襲われたんだよ」

 

続く

 

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