「ほんと、浩之も忙しいわよね?」
「言うな、俺だって好きで狙われてる訳じゃねえんだ」
綾香と違い、浩之の場合は、だいたい巻き込まれ型の被害が多い。少しばかり名が知れたからと言って、ここまで狙われるようなことはないはずなのだ。
しかし、狙われるものは仕方ない。というよりも、武器持ちの相手に襲われたと言っても、少しも心配する様子のない綾香にこそ問題があるような気がする。
「それで、やっぱりマスカレイド関係?」
「みたいだな。面識はないけど、ランが知ってるほどの有名人だったみたいだぜ」
「……というか、何でそこでそんな子の名前が出るの?」
「ん? いや、色々あって、少しだけ練習の相手してやってたからさ」
「へー」
浩之としては、何気ない言葉だったのだが、それが自分の身を危険にさらすことを、鈍感な浩之は気付けなかった。
「私と遊ぶのは駄目で、他の女の子と遊ぶのはオッケーなんだ」
「遊ぶ? いや、そりゃラン相手なら負けることはないけどさ、遊んで勝てる相手じゃねよ。というか、綾香相手だと、俺が遊ばれるじゃねえか」
そういう意味では、もちろんない。
どうしてやろうか、このニブチン。
とりあえず、なぐりつけてやろうと拳を固めたところで、横から邪魔が入った。
「どうしたんですか、二人とも?」
動きが止まっているのを見つけたのだろう、葵が練習を止めて近づいてきたのだ。
綾香は隠れて舌打ちをした。気付いてはいないが、浩之は危機を脱したのだ。
「いや、浩之がまた武器持ちの相手に襲われたって」
「またですか? 許せませんね、本当に」
葵は珍しく怒りを表に出す。この前のビレンに関しては、すでに許しているように見せかけて、坂下にしごくのを任せているのを見る限り、あまり手加減をしようなどとは思っていないように思える。それほど、腹にすえかねているのだろう。
「でも、怪我がないところを見ると、撃退できたんですね?」
悪意のない顔で、かなりえぐいことを言う葵。相手が武器持ちとは言え、浩之も素人と言うには問題があるほど強くなっている。そんな浩之に撃退されたとなれば、ただでは済まないことぐらい分かっているだろうに。
「いや、それがさ、ランと一緒に相手したんだが、逃げ切るので精一杯だった」
「ランさん……ですか?」
葵もそこに引っかかったらしいが、浩之自身には何ら後ろめたいところがないので、そのまま話を続ける。というか、少しは後ろめたく感じるべきだろう。
「そりゃ、ランとは連携を練習した訳じゃねえけどさ。二人がかりで、相手の攻撃を何とかしのげたって感じだ。正直、やばかったよ。あっちが引き下がってくれなかったら、また病院だったかもなあ」
浩之は軽く、けっこう危険なことを口にする。
しかし、本心だった。二人は連携こそしなかったが、しかし、タイミング的には、どちらもベストのタイミングで相手の邪魔をしている。相性が良かったのか、運が良かったのかわからないが、そうでないなら、本当に今ごろ浩之はベットの上だっただろう。
「センパイがそこまで言うような人が、ケンカなんか仕掛けて来たんですか?」
さすがに、それには葵は驚いたようだった。葵は、身体を鍛えれば心も鍛えられると思っているタイプだ。
強さと、人間性は比例すると思っている人間だから、浩之にそこまで言わせる人間が、武器を持って人を襲う、というのが想像できないのだ。
「いや、むしろケンカに特化したようなやつだったぜ。頭部はフルフェイスで守ってるし、腕には何か防具を仕込んでたみたいだし、手首に固定してある鎖が、また自由に動いてくるんだ。いや、まじ危なかったぜ」
浩之は笑いながら言ったが、その場では笑う余裕などなかった。相手が本当に強かったのは、身にしみて分かっている。
「情けないわね……というか」
それは、綾香の聞いている、マスカレイドの上位の人間がするであろう武装と一緒だった。
さらに、浩之だけでなく、もう一人と一緒に戦ったにも関わらず、凌ぐのがやっとであった相手。そんな人間が、ほこほこと転がっている訳がない。
「それって、マスカレイドの人間って言ったけど」
「ああ、ランの話じゃ、マスカレイドの一位らしい。チェーンソーとか言ってたか」
「一位、ですか?」
葵は驚いていたが、綾香は半分予測していた。
「一位って、前に見た人も、かなり強かったですけど、それよりも強いってことですか?」
「ああ、ランの話じゃ、まだ一度も負けてないらしい」
マスカレイドで、無敗。
上位の人間は、例え公式な試合に出ても、ルールさえ合ったものであれば、かなりのところまで行くだろうことは、見ただけでわかる。
しかも、それだけの猛者を集めただけにとどまらず、条件が同じ試合場ばかりではなく、戦いの機微が入り込む可能性は非常に高い。
そんな中で、無敗というのは、想像がつかない。
「なるほど、チェーンソーね……防具で急所をカバーして、変化の多い鎖を使って……多分、スタイルはむしろ格闘家より」
「その通りだが……やっぱり、綾香としては戦いたいのか?」
聞くまでもないとは思ったが、浩之はそう聞いていた。それは、浩之に、少しなりとも不安があったから出た言葉だった。
実際に戦ってみた感触から言うと、チェーンソーは、浩之とは明らかに違う世界の人間だ。
ついこの間まで素人であった浩之が言ったところで、その怖さの半分もわかってもらえないだろうが、相手の実力を測るという点については、そんなに劣っていないと思っていた。
明らかに、あのとき相手は手加減していた。接触しただけほどしか戦っていないランが、大げさなほど怖がっていたので、口には出さなかったが、むしろ恐怖を感じていたのは、浩之の方だ。
エクストリームの予選では、勝てないと思う相手と戦って来たが、まだ手はあった。しかし、チェーンソー相手では、苦肉の策さえ思いつかない。
本気を出されていれば、おそらく、十秒ともたなかっただろう。もっと短かったかもしれない。それほどに、差が激しすぎたのだ。
「しかし、何でまた浩之が狙われたのかしら?」
「さあな。詳しいことは機会があったら本人にでも聞いてくれ」
それは、不思議なことではないと思った。綾香なら、おそらく他のマスカレイドの選手を全て倒して、チェーンソーまでたどり着くことは、可能というよりも、予測された未来のような気がした。
俺は、今はそこには手が届かないけれど……
それを口惜しいと思う自分を、浩之は飲み込んだ。
綾香に、葵に、チェーンソー。何故に、ここまで乗り越えなければいけない者が多いのだろうか、とも思う。
しかし、いつかはそこにたどり着いて。
いつかは、それを追い越すために、浩之は今、ここに立っているのだから。
続く