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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(131)

 

 私、田辺知花は、自分で言うのも何だが、脇役である。

 空手部に所属しているというのは、ちょっと変わっていると思うけど、その他はごく普通の女子高生である。

 そもそも、主役と言うのは、坂下先輩のような人間を指すべきで、どんな物語でもやっぱり私は脇役だろうと思う。

 ズガッ!!

 聞こえた音に、私は思わす耳をふさいでしまう。それほど痛そうな音だ。

 空手部に所属しているからと言って、全部ひっくるめで考えるのは止めて欲しい。空手部でも、ほとんどの人間は一般人だし、私も押しも押されぬ一般人なのだ。

 あんな痛そうなこと、私は絶対したくない。

 とか思いながら、私の目は自然にそっちに向いてしまう。怖いもの見たさとでも言うのだろうか、目が離れない。

 バシィッ!!

「……痛そ〜」

 相手には聞こえないように、私は小声でつぶやいた。と言っても、集中している沢地さんは、私が大声で呼んでも気付かないかもしれない。

 何故、高校にこんなものが? と誰しも疑問に感じる、藁をまかれた木の板に、沢地さんは脚を一心不乱に叩き付けていた。

 そう、それは蹴っているとは言わない、どう見たって叩き付けているようにしか見えないのだ。見ている方が痛い。

 彼女は沢地ラン。一応、私とは友人の関係の人間だ。

 ついこの間まで、ほとんど授業に出ておらず、ついでにちょっと無口なところがあるものの、別に悪い子ではない。むしろ授業中の態度は真面目なぐらいだ。

 ただ、一般人には分類できないと思う。というか一般の女子高生はお金をもらったってあんな痛そうなことはしない。

 一度あれを触ってみたことがあるけど、藁がまかれてても、あれは硬い。むしろ、その藁がヤスリのように肌を傷つけるぐらいだ。それを弱音を吐くでもなく、悪態をつくでもなく、真剣にやっているのだから、一般人に分類するのはむしろ失礼だ。

 彼女のような子が、物語で主人公になれるのだと思う。または、エクストリームの予選を突破したという、藤田先輩のような、顔も実力もそろっている人間が、やっぱりさまになるのだと思う。

 もちろん、脇役であることに不満がある訳ではない。

 主人公になるためには、空手部に入っている私はスポ根みたいなものをしなくてはいけないだろうから、そんなのお断りだった。

 というか最近腕の太さが気になりだしたのだ。鍛えている以上、ごつくなるのは避けられないということらしい。

 年頃の乙女はそれなりに悩むことがあるのだ。沢地さんとはレベルが違うとは言え、私だってそれなりの悩みをかかえている。

 まあ、その悩みが、今目の前、というか目線の下にいる訳だが。

 これがいなければ、沢地さんがどれだけ大きい声を出したら気付くのかためしていただろうけど、今は無理だった。

 こんな姿、沢地さんどころか、誰にも見せる訳にはいかない。

 女田辺知花15歳、まさかこんな格好を学校ですることになるとはまったく思わなかった。人生というのは驚きの連続であるとか哲学的なことを云々。

 とまあ、現実逃避しっぱなしと言う訳にもいかない。ついでに、これが初めてという訳でもないのだから、いい加減自分も落ち着けと思う。

 こんな格好とは、つまり、ひ、ひざ……膝枕だったりする。

 心の中で言うだけでも恥ずかしい。誰だこんな乙女チックなマジでやったら恥ずかしさのあまり一足早いプール開きをしたくなるようなことを考えた人間は。ぐっじょぶ。

 暴走してあっちに飛ぶ思考は置いておいて、そろそろ起こさなければなるまい。

 ……まあ、KOされている人間を揺り起こすというのは、けっこうどうかと思うのだが。

 ただしい作法としては、二人がかりぐらいで保健室に叩き込むのが正しいと思う。

「おい、健介、起きろ」

「……寝てねえよ」

 地の底から響くような、不機嫌そうな声だ。なかなかドスの聞いた声だとは思う。思わず、私は怖がるどころかムカッと来た。坂下先輩率いる空手部をなめないでもらいたい。と言っても私は下っ端だが。

「そうね、坂下先輩にKOされてのびてたんだし、寝てたとは言わないわね」

 つうか、いつから起きてたんだこいつ。気絶してるふりして私が四苦八苦しているのを楽しんでいたのか?

 ゴスッ!

 殺す。

「うおっ、てめえ、怪我人にはちっとは優しくしろってんだ」

「あら、殺意よりも先に手が出ちゃった。これも坂下先輩の指導のたまものかしら、オホホホホッ」

「つか何で殺意とか言葉が出んだよ!」

「はあ? だって、人の膝の上でのうのうと死んだふりしてたようなむっつりスケベに、どのように殺意を抱かないでおけと?」

 むぐっ、と健介が言いよどむのを感じて、私は余計に気を良くする。

 けっこう遊んできたタイプのようなのに、私に何か言われると、すぐに言い負かされるのが、何故か無性に楽しい。

 ま、遊んできたタイプというのは、私の偏見かもしれないし、そもそも、空手部の私には格好悪いところをこれでもかと見られているのだ。何を言い返せようか。

 沢地さんに聞くと、健介は、何でもけっこう強い人間らしい。ストリートでは、それなりに有名とか。ビレンなどという今日び小学生でも恥ずかしがるような名前をつけていきがってたらしいが、現在は空手部の底辺である。

 そりゃ、強いとは思うのだが。ちゃんと見れば、坂下先輩相手だからこそ相手にもなっていないが、うちの部の恥部、御木本先輩とタメをはれるのではと思う。

 でもまあ、まだしばらくはこうやって坂下先輩につっかかって、綺麗にKOされておいて欲しいと思うのだ。

 先輩にKOされたのを、看病したのがなれそめというのは、けっこう変わっていると思うのだけど、でもやっぱり、健介も脇役のような気がする。

 こんな格好悪い主人公はいないと思う。

 だから、さっさとあきらめて欲しいものである。

 私のもっかの悩みは、こいつだ。

 健介は、ガキ過ぎるのだ。勝てない相手がわかっていない。そして、強い相手に憧れるなんて、純粋な少年みたいだ。

 私の中では、健介は坂下先輩に憧れていることになっている。

 というか、そうとしか思えない。健介を注目してみればみるほど、そうとしか思えない。勝ちたいだけで、こんなにむきにつっかかっていったりできないと思う。

 勝てない相手に、それでも立ち向かう。一般人というのは、そんなにスポ根みたいなことはできないのだ。だから、それなりの理由が必要な訳で。

 結局、それは恋とか恋とか恋とか恋だと思う。それしかない。

 こんな格好悪い人間、好きになる子なんて、他にいないと思うのに、こいつは気付かない。ついでに、坂下先輩にはまったく相手にされていない、いい気味である。

 腹がたったので、私は沢地さんに目を向けながら、無防備なその頭に、もう一度げんこつを入れておいた。

「痛えって言ってるだろ!」

 ゴツン、と沢地さんがやってるよりは、よほど痛そうでない音がしたけれど、軟弱な健介は、それに不平をもらすのだ。

 だから、やっぱりこいつは主人公になれないのだと、私は再度思った。

 

続く

 

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