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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(145)

 

 ランは、身体を前に傾けた。ゾロリ、と周りの空気がねばつくように感じた。

 開始から、ずっとゆっくりとした動きを強要してきたランの身体が、急激なスピードの変化に驚いてるようだった。

 しかし、そんな違和感も、一瞬のことだった。すぐに、それは開放感に変化する。

 タイタンが、ランの動きを察知して、対応しようと身構える。

 バンッ!!

 ランは、それすら問題とせずに、地面を蹴った。急激に変化するまわりの風景。

 高速の世界に、ランは足を踏み入れた。

 タイタンの腕が、ランの前進を止めようと前に動く、が、ランはそれをあっさりとかいくぐり、横にまわっていた。

 ドカッ!!

 まったく手加減なしの、ランの右ミドルキックがタイタンの腹に入っていた。

 ランは、それ一撃では終わらない。タイタンの打たれ強さは経験済みであり、事実、胴体に一撃程度では揺るぎもしていない。

 右が地面につくよりも先に、ランはその場でジャンプして、タイタンの頭を狙ってハイキックを繰り出していた。

 ガシィッ!!

 が、これがあっさりとタイタンにガードされる。向こうも分かったものだ、防御力の高い胴体のガードなどやる必要などなく、ダメージを受ける可能性のある頭部や末端のガードにまわそうという作戦だろう。

 ガードを読んでいたランは、そのガードを足場にして、タイタンからの距離を取る。

 ブンッ、とランが今までいた場所を、タイタンの腕が振り抜かれるが、しかし、それはランの見たところ、本気の打撃ではない。

 観客から見れば小兵が大男を翻弄しているように見えるだろうから、非常に楽しいだろうが、そんな簡単なものだとはランは思っていない。

 タイタンの方も、スピードを抑えているのだ。確かに、スピードではランの方が断然有利だが、遅い攻撃の後に、速い攻撃を受けると、どうしても反応は少し遅れてしまう。身体が、一度遅いスピードに慣れてしまう所為で、ほんの少しではあるが、反応が遅れるのだ。反射で反応している以上、どうしようもないことだ。

 向こうも向こうで、簡単にはランを捉まえきれないと考えている証拠だ。しかし、この戦い方は、ランは前に一度経験して、さらにひっかかってはいない。

 それでも、タイタンの攻撃の効果が劣る訳ではない。ランは、もう一度反応の遅れを解決しなければならないのだ。

 やらせない方法は一つ、こちらから、手を出して相手に余裕を無くさせることだ。

 余裕が無くなれば、こちらの目が遅いスピードに慣れる前に、相手は速い攻撃に移るしかなくなる。スピードを落とすというのは、かなり意識的に行わなければ難しいのだ。

 がりっ、とランのブーツの裏が音をたてて、コンクリートの地面にかみつくと、横に飛んだ。後ろに下がったスピードそのままで、ランはタイタンの横に回り込む。

 当然、身体全体を動かさなければならないランと違い、タイタンは少し体を変えるだけでランを追える、はずであった。

 その瞬間、タイタンはランの姿を、見失った。

 横に動く、という動きから、一瞬でタイタンの視界から消える方法、それを考えたというよりも、今までの経験から、タイタンはとっさに、ローキックを放っていた。

 タイタンの死角は、ずばり下だ。背が高いタイタンにとってみれば、一番見れないのは、自分の身体が邪魔する自分の下なのだ。

 しかし、そのタイタンの動きは、わざと遅く動くことなどできない、反射の動きだった。まだ遅いスピードに慣れさされていないランには、普通に避けることのできる攻撃だった。

 いや、そういうことがなくとも、そう来ると読んでいたランには、そのローキックはまったく怖いものではなかった。

 それどころか、それは狙った通りの動き。

 ローキックを放った瞬間、タイタンの視界の中に、ランが再び入ったが、視界に入ったランの姿は、今日見る中で、一番近かった。

 身体全体を動かしているにも関わらず、下手をすれば目で追うのも難しいのでは、と思えるランの動きを、浩之はちゃんと見ていた。

 そして、見えたランの動きを、うまい、と評価した。

 スピードを上げたランは、相手の横に回り込むと同時に、タイタンの懐に飛び込んだ、そこまではタイタンも今までの経験から知っていたろう。

 姿は見えずとも、そこにいることがわかっているのなら、問題はない。タイタンのローキックは、ランを捉えるはずであった。

 だが、そうはならなかった。タイタンのローキックは、何もない空間を蹴った。

 近づいたランは、飛び込むだけではなく、さらにそこから上に向かって飛んだのだ。結果、下を攻撃したタイタンの脚は、飛んだランの下を通ることになる。

 そして、何より悪かったのは、ローキックを放った以上、タイタンはその場所に釘付けになり、ランの攻撃を避けることができなくなったことだった。

 巨体のタイタンを倒すのだって、そんなに他と違うことが必要な訳ではない。ようは、相手にダメージを与えていけばいいのだ。

 タイタンの場合、打たれ強さは並のものではないので、効果が薄いというだけだ。

 横から飛び込んで視界から逃れ、それを読んだタイタンがローキックを放って来たことにより、空いた上、タイタンの急所を打てるの空間に、ランは飛び込んだのだ。

 タイタンが、予想外の動きをされたにもかかわらず反応しようとするが、すで時遅し。

 ズバンッ!!

 ランの右飛びハイキックが、タイタンの左顔面に、直撃した。

 確かな手応えを感じ、ランは自分の攻撃が成功したことを自覚して、しかし、同時に伸びてきたタイタンの手を、払いのけた。

 いや、払うのは不可能。パワーが違い過ぎるのだ。顔面にクリーンヒットを受けたはずなのに、まったく動きを損なわないタイタンを止めるような腕力は、ランにはない。

 地面に脚がつくよりも早く、ランはタイタンのふとももに足をかけて、緊急可否を試みた。

 腕を取られそうになったその一瞬、ランはひやりとした。が、ランのとっさの回避方法で、タイタンの腕から逃れる。

 後ろにまったく後のことを考えずに飛び退くと、器用にバク転をしてランはタイタンから距離を取って体勢を整える。

 アクロバチックな動きに観客の受けはいいが、ランとしては必死の回避だった。捕まったが最後、ランに勝ち目はないのだ。

 逃げられたので、それに関してはもういいと思っていた。それよりも、問題は、クリーンヒットしたはずなのに、まったく動じた様子のない、タイタンの打たれ強さだ。

 それほど、タイタンが打たれ強い、いや、ランの攻撃が弱いというのか。

 ……ううん、そんなことはない。

 傷みと汗と、今まで経験したことのない充実感の結果が、ただ身体が大きいだけの男を倒せないのだとしたら、それこそ、何が正しいというのだろうか。

 だから、ランは信じた。自分の強さを。

 巨体を前にして、じっとにらみつけるランの前で異変が起こったのは、そのときだった。

 少し、タイタンの上体が揺れたように見えた。

 一瞬、何か仕掛けてくるのか、と思ったが、そうでないことは、一秒後に照明される。

 巨体がゆっくりと前に倒れかけ、そのまま、タイタンはその場に膝をついた。

 ランの一撃が、初めて、タイタンに膝をつけさせた瞬間だった。

 

続く

 

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