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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(147)

 

 悔しそうに、浩之は手を握りしめた。せっかくのチャンスをふいにしてしまったのだから、悔しくない訳がない。

 タイタンが膝をついたときに、手ならぬ脚をを出さなかったのは、わざとやらなかったように見えたが、だからと言ってそれを良しと言う気にはとてもなれない。

 ランも、葵ちゃんのように、俺を不安にさせる戦い方しそうだよな。

 意味もなくバカなことはしないとは思っているが、チャンスを逃せば、その分危険な目に遭うのだ。本人はもちろんのこと、見ている方もたまったものではない。

 浩之は、坂下を盗み見た。坂下は、しょうがないという顔で苦笑していた。手を出さなかったのは、どうも坂下の作戦でもなさそうだ。それはそうだ、手を出さない意味などない。

 いや、手を出さなかったのか、それとも出せなかったのか。

 どちらにしろ、すでに立ち上がってしまったタイタンには、隙はない。さっきの一撃がそれなりにダメージを与えているかもしれないが、外見からは判断できない。

 ダメージで動きが鈍っている間に、とも思うが、そんな浅はかな考え方では危ないのかもしれない。何せ、相手は打たれることを前提にした戦い方をする巨体を持ったタイタンだ。ダメージを期待して動くのは問題がある。

 だが、そんな浩之の不安を無視して、ランは素直に前に動いていた。

 不用意な前進と思った瞬間に、ランの身体はタイタンに肉迫していた。それは、浩之や観客よりも、タイタンの度肝を抜いた。

「ふっ!!」

 タイタンは気合いの声と共に、肘を振るうが、ランはそれをかいくぐり、腰を落として、ローキックをタイタンの右脚に入れる。

 ローを放った後も、まったくスピードを衰えさせることなく、ランはタイタンの横を駆け抜ける、と同時に、後ろ蹴りでタイタンの背中を蹴りつけた。

 タイタンの巨体は、そのどちらの攻撃でも揺れることはなかった。それどころか、後ろ蹴りは、体重の軽いランの方が大きく飛ばされる始末だ。

 が、今の後ろ蹴りは、明らかにダメージを狙ったものではなく、距離を取るために使ったものだ。それは問題ない。

 タイタンのリーチでも届かない距離に、タイタンの身体を踏み台にして、ランはあっさりと逃れる。

 効いているようには少しも見えないが、ローキックと、後ろ蹴りが決まった。それに対して、ランは一撃も受けていない。

 なるほど、スピードにはやはり大きく差がありそうだった。

 それに、ローキック一発で倒すというのは難しいだろうが、当てれば当てるほど、タイタンの動きをさらに鈍らせることができるだろう。

 スピードの差が、今でさえかなりあるのだ。これ以上その差が大きくなるようならば、ランが一方的に攻撃するようになるだろう。

 しかし、それでも怖いと思えるパワーが、タイタンにはある。

 ランはタイタンを捉えるだけのスピードがあり、タイタンにはないものの、それでもまぐれで一撃でも入れば、ランは終わりだ。

 見ごたえのあるようなものではない、正直、心臓に悪い戦いだ。こちらは何発入れればいいのかわからないのに、相手の攻撃は一撃で終わるのだ。

 ノーミスクリアができるほど、タイタンが甘い相手とも思えない。

 前にランから聞いたのと同じ状況になってしまったと言える。スピードで優るランが何度攻撃しても、タイタンはびくともしなかったと言うのだから、同じ状況というのは、まずい。

 ……ん?

 浩之は、そこで少し違和感を感じたが、それが何なのか、すぐには気付かなかった。

 浩之の心配を知ってか知らずか、ランはまたタイタンとの距離を詰める。今度は、タイタンも予測していたようで、鋭いジャブが前に出るランに向かって突き出された。

 が、ランはこれも華麗に避け、もう一度ローキックをタイタンの左脚に入れる。体勢の関係で先ほどと同じ方の脚に入れることができなかったようだった。

 同じく、タイタンは平然と、近づいたランに向かって拳を突き出す。

 バシイッ!!

 ランは、その拳を腕で受け流そうとして、その勢いを腕で殺しきれずに身体を大きく後ろに飛ばした。

 一瞬ひやりとした浩之だったが、腕で殺しきれない勢いを、身体で殺したのがすぐに理解できた。ランがダメージらしいダメージを受けた様子はない。

 しかし、本当にぎりぎりだ。今のも受けを失敗していれば、動きを阻害するだけのダメージを受けていたろう。そうなれば、もう勝負は決まる。

 しかも、タイタンはちゃんと考えて攻撃に身をまかせている。一撃で倒せないのなら、何発も同じ場所に打撃を入れなければならないのだが、タイタンはそれを避けている。

 左右にダメージを分散しておけば、簡単には倒れないってことか。考えてやがるよな。

 もし、浩之がタイタンを相手にすれば、そう難しい相手ではない。スピードは言うに及ばず、腕力では遅れを取るかもしれないが、すでに浩之の打撃は、タイタンを一撃で仕留めるだけの威力を秘めている。

 そうなれば、タイタンの戦い方も変わるのだろうが、正直負けるとは思わない。

 だが、ランの一撃は軽い。だからタイタンは攻撃を回数受けても、同じ場所にさえ受けなければいいと判断しているのだ。

 もっとも、攻撃を受けないのが一番いいのだろうが、ランの動きを捉えきれないからというどうしようもない問題もあるのだろう。

 反対にランは、それでも攻撃するしかない。時間がかかればかかるほど、ランの体力は落ちていく。スタミナが切れてしまえば、それでおしまいなのだ。

 坂下は、最初の一撃で勝負を決める作戦だった……訳じゃないみたいだな。

 スタミナに関して言えば、坂下はちゃんと考えていたようだった。何故なら、ランは浩之との練習の前に、いつもランニングをしていた。

 長期戦を考えていないのなら、スタミナを気にせずに、筋トレに時間を費やすべきだ。つまり、今の状況になることは、少なくとも坂下には読めていたことになる。

 なら、最初のランの一連の作戦は、何か意味があったのだろうか?

 どうせスタミナ勝負になることがわかっているのなら、最初からそうすればいいのだ。作戦で多少のダメージを与えたぐらいでは、勝負はつかないのだから、危険を増やすことなどない。

 ……いや、それは俺の考え間違いか。

 というよりも、そもそも、前提が間違っているのだ。先ほど感じた違和感は、それだと浩之は気付いた。

 前の戦いでは、タイタンを倒せなかったと言うのだ。ただ競り負けたというのならともかく、全部攻撃を受けきられて負けたというのは、ランにはプレッシャーになる。

 だから、自分が前とは違うことを、ランに自覚させねばならなかった。

 その点で、一撃でもいいから、クリーンヒットを入れる必要があったのだ。

 そう、ランの攻撃が効かないというのは、嘘だ。最初のクリーンヒットで、タイタンは膝をついたではないか。前のランとは違うのだ。

 作戦もなく、負けたときと同じ攻撃をしているようにも見えるかもしれないが、ランは、十分に勝てると思って戦うことができているはずだ。

 一度タイタンが膝をついたという事実が、ランの攻撃は、着実に、タイタンの身を削っているのを、結果として見なくとも、信じることができるのだから。

 再度、ランが前に出るのを、浩之は、さきほどよりは安心して、見ることができるようになった。

 それでも覆せないほどの差が、二人の体格には、あるのだが。

 少女の身体が、巨体に向かって、飛び込んだ。

 

続く

 

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