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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(149)

 

 息は、まだ上がっていない。短いながらも、きつい練習を続けたおかげだと思う。

 私は軽やかに身体を動かしながら、表情は消していたけれど、心の中では、憎々しげに顔をゆがめていた。

 そもそも、軽やかに身体を動かしているように見えても、動けば動くほど疲労はたまっていくのだ。まだ開始早々で、体力に余裕があるからこそ、自分でも軽く動かせているだけで、こんなもの長くは持たない。

 現状は、まわりから見られるほど楽観できるものではないのだ。

 休む暇を与えないように、私は前に出る、と見せかけて、一瞬動きを止め、それにタイタンの身体が反応して、さらにフェイントだと判断して、身体が止まるのを待って、さらに前に出る。

 すんなり、そう、驚くほどすんなりと、タイタンのリーチの中に、私は潜り込めた。

 連続してローキックを打った所為だろう、タイタンの身体が、微妙に前屈みになっている。それを見て取った瞬間に、私の脚は跳ね上がっていた。

 バシイッ!!

 ハイキックが、タイタンのガードの上を叩く。脚は遠くに逃し、頭はガードで固める。それでも、耐えられるとタイタンは思っているのだ。

 私は、そのままタイタンのガードを足場にするように素早く脚を引きながら、身体を反転させる。

 タイタンの腕が伸びてくるよりも先に、私はその場で回転して、後ろ回し蹴りでタイタンのガードの反対側を狙った。

 スパーーーンッ!!

 小気味良い音が響くが、これもガードの上。タイタンは、手を私に伸ばすのではなく、ガードの方に腕をまわしたのだ。

 耐えられると思える打撃の守りはいい加減にするが、致命傷と思える技には、ちゃんと対応してくる。大きいだけではなく、ちゃんと守りができている証拠だ。

 が、スピードでは私の方が優っている。それでもタイタンのガードが間に合うのは、攻撃をある程度あきらめているからだ。

 タイタンが、この後私を追撃するのは難しい。その隙に、私はすぐに距離を空けた。正直、広さが限定されているこの試合場の中で、逃げ切るというのは難しいのだが、今はタイタンが無理な攻撃をして来ないので、助かっているのだ。

 簡単な二連撃程度のコンビネーションでは、問題にならないようだった。

 しかし、これ以上コンビネーションの手数を増やす訳にはいかない。スピードは上げることができるが、それでは威力がついていかないのだ。

 スピードは、私の方が優っているけれども、それもいつまでの話か。疲れてくれば、どうしてもスピードが落ちるのは避けられない。

 そうでなくとも、一発受ければ終わりだという気持ちが、私の精神を削るのだ。体力の消費は、普通に練習しているときと一緒と考えるのは間違いだろう。

 せめて、一回目のクリーンヒットのダメージが残っているのなら、と思うのだけど、そんな希望が通るほど甘くはない。

 なるほど、タイタンは強い。一応、一方的に攻めているが、だからこそ切実にそれを感じる。

 リーチがあり、スピードも巨体のわりには遅くなく、打たれ強く守りもしっかりしており、しかも回復が早い。

 私が勝つには、今のうちにダメージを一気に当てておかないと駄目なのに、それをさせてもらえない。ガードと打たれ強さ、そして回復力が、私の攻撃をことごとく無効にする。

 私は、焦っていた。

 時間が経てば経つほど、私に不利になっていくのは当然わかっているとして。

 何より、私を焦らせるのは、私の打撃の威力の無さだ。

 タイタンを倒すためには、普通のキックでは駄目なのだ。遠くから勢いをつけた跳び蹴りでしか、一撃で倒す方法がない。

 近くで完璧なハイキックが決められる機会など、もうないだろう。いや、すでに一撃受けたタイタンにしてみれば、来ると分かっている打撃、耐えきれると考えるだろう。

 おそらく、それはタイタンの予想を超えることなく、耐えられるだろう。後に隙があって、捕まりでもしたら、それで終わり。

 だから、体力が切れる前、まだ素早く動ける間に、必殺の一撃を入れなければならないのだ。

 のだが。

 少しずつ、タイタンの隙がなくなっていくように感じる私がいる。精神的に余裕がなくなって来ているからだと思いたいのだが、そうではないのだろう。

 さっきの攻防も、タイタンに攻める気があったなら、どうなっていたかわからない。後ろ回し蹴りなら、それなりのダメージを与えることができたとしても、それで倒しきれるかと言えば、まったく別の話だ。

 おそらく、後二、三回もこんなことを繰り返していれば、タイタンは慣れて隙が無くなるだろう。

 私は、すぐに決心をつけた。次の攻防で決着をつけることにしたのだ。

 早急過ぎると言われるかもしれないが、しかし、相手のスタミナを削っていくという手が使えない以上、なるべく短い時間で勝負を賭けねばならないのは当然。

 決心が動きに見えないように気をつけながら、私は動いて飛び込む隙をうかがう。

 うかつと言うには厳選するが、それでも、私が飛び込むだけの隙が、まだタイタンにはある。それを、私は素早く拾って入り込む。

 一瞬、私の両足が地面を離れる。それを跳び蹴りの動きだと判断したタイタンは、頭部にガードをまわす。

 しかし、これはフェイント。私はそのまま地面に着地すると、タイタンの横を回転しながら通り過ぎ、後ろ回し蹴りの要領で、ローキックをタイタンの脚に入れる。

 威力は、たいしたことはない。それが目的の動きではないのだ。

 そのまま、タイタンの脚に私の脚をからめるようにして、私はくるりと体を入れ換え、タイタンの背後に回る。

 前進の勢いが殺しきれずに、私の身体はタイタンの背に顔を向けたまま、後ろに滑る。

 すべっていた足が地面をかんだ瞬間、私はコンクリートの地面を強く蹴った。

 タイタンの背中に向かって、私は飛んでいた。

 相手の横を通り抜けたと思った瞬間に襲ってくる、予測不可能の跳び蹴り。もし、足がそのままコンクリートの地面を捕まえきれなかったら、そのまま滑るのならともかく、ゆっくりとジャンプしてしまったかもしれない、賭けとも言える技。

 しかし、そのジャンプのスピードは十分だった。後は、体重とスピードを乗せた跳び蹴りを、タイタンの後頭部に入れるだけだった。

 タイタンどころか、誰にも見せたことのない技だ。これを予測するのは不可能。決まったことを、私は疑わなかった。

 しかし、勝利を確信した、その瞬間。

 宙を飛んでいた私は、とっさに、両腕を胸の前で交差させた。と同時に。

 ドウンッ!!

 激しい衝撃と共に、私の身体は、後ろにはね飛ばされた。

 

続く

 

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