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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(153)

 

 試合時間にすれば、大してかかっていないと思う。五分もかかっていないのではないだろうか?

 しかし、試合はすでに終わりに近づいている、とランは思った。

 勝敗の行方は、まだわからない。しかし、自分には残された余力はない。

 それだけならば、最後の勝負をかけるのも、あまり良いことではなかったろう。相手に余裕があるのなら、やぶれかぶれの攻撃が簡単に決まるとは思えない。

 しかし、攻撃を避けながら、タイタンにも、余裕がないことをランはちゃんと感じていた。

 自分が避ければ避けるほど、相手は焦っていくのがわかる。

 決められると思った打撃を避けられた後遺症は、タイタンにもあるのだ。それ自体は、平静に考えればまったく致命傷ではないのだが、それだけの余裕が、もとからタイタンにもなかったのだ。

 ここは、ランにとっては想像外の話だが、見た目はどうこそすれ、タイタンは最初から、いや、最初の方の一撃で膝をついてから、ずっと余裕がなかったのだ。

 警戒しすぎではないのかと思うほど警戒したのは、それだけランを恐れたから。

 正確には、前まで自分を倒すだけの力のなかったランが、自分に膝をつかせたことによる恐怖。

 スピードはあっても、倒すだけの一撃が打てなかった前のランは、ちくちくと痛いだけの羽虫だった。

 しかし、まだあれからそう時間が経っていないというのに、綺麗に入れば、自分に膝をつかせるほどに成長したランに、恐怖を感じるのは当然。

 お互いに恐怖を感じながら、それを隠すように、この二人は戦っていたのだ。

 先に仮面がはがれたのはランだったが、ここに来て、タイタンの仮面もはがれかかっていた。そして、先に仮面がはがれたランは、すでに落ち着きをかなり取り戻していたのだ。

 恐怖のためか、いや、正しい用心と言えよう、タイタンは、攻撃を続けながらも、決して頭部までの間を空けない。

 綺麗に頭部に入れられない限り、倒されないという自信というよりは、綺麗に頭部に打撃を入れられたら、倒れてしまうという恐怖が、タイタンを完全に攻撃に移らせないのだ。

 いかにリーチがあろうとも、手足の縮んだ攻撃では、そのリーチの効果も半減だ。

 そして何より、攻撃の連打は、タイタンにとっても辛い。ダメージは耐えられても、疲労は身体が大きい分、余計に来る。

 連打をするほど、タイタンの体格に合っていない攻撃はないのだ。それを、タイタンは恐怖にかられて、しかも中途半端な格好でやってしまった。

 ランは、タイタンの、意表を突くつもりであったのだろうローキックを飛んで避けると、そのまま右脚を振り下ろした。

 ビシィッ!!

 落下の勢いの乗った、たたき落とすような右ローキックが、タイタンの膝裏に命中する。

 がくんっ、と一瞬体勢を崩したタイタンだったが、ランに何とか攻撃の隙を与えないように腕を振り回しながら、体勢を整えた。

 しかし、ランはここで決める気はまったくなかった。それよりも、いかに全体重を乗せたとは言え、ローキック一発でタイタンの体勢が崩れたことに気が向いていた。

 簡単な話なのだ。ランの本気の一撃ならば、例えそれが末端であろうとも、完全に決まれば、タイタンにダメージを当てることが可能であるという証明だった。

 そして今のタイタンは、頭部だけを守る格好で攻撃を繰り返す。そんな中途半端な動きでは、手足の先まで守れる訳がないのだ。

 上から覆い被さるように繰り出されるタイタンの拳のスピードが、見て分かるほど衰える。腕のスピードが落ちたのではなく、踏み込みのスピードが落ちたのだ。

 バシィッ!!!!

 拳をかいくぐったランのローキックが、さきほどと同じ位置に入る。飛んで体重をかけた訳ではないが、それでもマスクの下のタイタンの顔が歪む。

 タイタンの攻撃が、再度ランの上から来る。が、もうそれはランにとっては何の障害にもならなかった。

 素早くそれを避け、さらにローを叩き込む。肉の奥に響くような音をたてて、ランのローキックはタイタンの脚に吸い込まれた。

「ぐっ!!」

 タイタンの苦痛にうめく声が、はっきりとランの耳に届いた。

 脚を止めずに、ランはさらにタイタンの横にまわりながら拳を避け、ローキックを集中的に叩き込んでいく。

 もう、全力を入れずとも、タイタンの脚はボロボロだった。一発一発が、段々とタイタンの無尽蔵に見えた体力を奪っているのが分かる。

 罠なのでは、とランは思っていた。あまりにも、そう、あまりにももろすぎる。自分が一度は敗れた相手が、こんなにもろいなんて、ランにはにわかに信じられなかった。

 ……ああ、そうか。

 ローが入り、今度こそ膝ががくんと落ちたタイタンを見ながら、ランは思った。

 マスカレイド二十位代というのは、それは当然物凄く強いのだろうけど。

 この人達は、違うのだ。ランはずっとマスカレイドを見てきた気でいたけれど、もう、ランの中で大きな位置を占めるものは変わっていて、だから気付かなかった。

 この人は、ヨシエさんや、浩之先輩とは、違うのだ。あんなに、凄い人ではないのだ。

 だから、倒されるときは、もろい。一回必殺と思われた攻撃を避けられるだけで、あせってスタイルを崩す。

 それを、口惜しいと思う自分がいることに、ランは少なからず驚いていた。もっと、強いと思っていたのに。結局、この人のレベルは、私とそう変わらないのだ、と。

 ランは、動きの止まったタイタンに向かって、最後の技を繰り出すべく滑り込む。

 そのとき、しかし、今までランを散々恐怖させたタイタンは、ただではやられる気など、まったくなかった。

 末端をひらひらと舞う蝶は捕まえられずとも、飛び込んできた子狐を捕まえるのなら、今のタイタンでも不可能ではない。その一瞬を狙っていたのだ。

 伸びた手が、身をひねって避けようとするランの首の後ろを、がしり、と掴んだ。

 観客が、タイタンがランを掴んだのを見て、息を呑む。

 万力のような力が、ランの服を掴んで、二度と離すまい、と力を入れる。捕まえてしまえば、タイタンの勝利は揺るがないものだ。

「ランッ!!」

 我慢しきれなくなったように、浩之がランの名前を叫んだ。それを聞いて、ランはそのときこう思った。

 知っています、これが、狙っていた状態ですから。

 とーん、とランはその場から飛んでいた。

 右の飛び膝蹴りが、ランを掴んでいた腕の肘に、叩き付けられる。関節をかけられたようになったタイタンの腕は、それでもランの服を放すまいと力を込めたままだったが、しかし、ランを引きずり落とすだけの力は、そこからは生まれなかった。

 手を放さないことだけに力を使ったタイタンは、今までかたくなに守っていた頭部への道を、開けてしまった。

 ランの左脚が、右脚が降りるよりも先に繰り出される。

 相手が掴んでくることを考慮に入れた、二段蹴りだった。ランは、身体を宙でひねり、そのニ撃目に威力を込める。

 開いたタイタンの頭部への道に、ランの脚が、吸い込まれ、タイタンの頭部を、蹴り飛ばした。

 

続く

 

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