タイタンの頭は、丁度巻き藁に似ていた。
硬く、そして重い。脚に来るしびれも、人間を蹴っているようには思えない。
巻き藁には、打ち抜くどころか、何度もはじかれた。まあ、当然と言えば当然なのだが、その感触が、ランの脚には残っている。
しかし、似てはいても、タイタンは、巻き藁と比べると、遙かに軽かった。
ランの渾身の一撃は、タイタンのその重い頭を、蹴り抜いた。
がくんっ、と揺れるタイタンの頭。
ランは、その結果を見ることもせずに、地面につくと、タイタンの腕を振り払った。力まかせではなく、ちゃんとテコの原理を応用すると、簡単にタイタンの手は放れ。
ランは、タイタンの横をすり抜け、後ろにまわっていた。
自分を一度は危ないところまで追い込んだ、後ろへまわってからの飛び蹴り。ランは、何も考えずに、それを狙っていた。
動きは同じ、足の指が地面をつかんだら、成功だ。
ギャリッ、と音をたてて、ランの身体が宙に飛ぶ。もし、ここでタイタンに迎撃されれば、さきほどの後ろ蹴りを受けたのと同じようになる、そういうタイミングだった。
ただ、違うとすれば、タイタンにはランの渾身の蹴りが入っていること。
タイタンが、緩慢な動きで後ろ蹴りを放とうとしているようにも見えたが、もう、ランはそれ以上の動きを見なかった。
「はっ!!」
気合いの声と共に、ランは脚を振った。
勢いのついた状態での、後頭部への跳び蹴り。
スパンッ!!
思うよりもかなり軽い音をたてて、タイタンの頭が揺れる。驚くほどあっけなく、ランの跳び蹴りが、タイタンの後頭部に入った。
ランはバランスを取りながら着地すると、タイタンに向き直る。
巨体が、天を突き抜けるように垂直に立っている。飛ばなければ、ランの脚では届かない。
その身体が、ぐらりっ、と揺れ。
スローモーションを見るかのようにゆっくりと、前のめりに、倒れた。
ズズーンッ、と重い音をたてて、タイタンは完全に地面に落ちた。
やっとランは、勝った、と思った。手応えは一撃目からあったが、それでも、倒れるまでは信じられないのだ。
自分の、威力の上がったキックを二発、頭部に直撃したのだ。もう動くことはできないだろう。
が、そのランの予測は、あっさりとその巨体に否定された。
ぐぐぐっ、とタイタンの身体が、手をついて、上体を起こそうとしたのだ。
マスカレイドに、審判のようなものはあるにはあるが、相手が動く限り、または身体に問題が起きない限り、試合が止まることはない。
勝つためには、相手をギブアップさせるか、行動不能に陥らせるか、危険だと思える怪我をさせるしかないのだ。
そして、倒れたとは言え、まだタイタンは動こうとしていた。マスカでは、この状態はまだ決着がついているとは言えない。
もっとも、こうなってしまえば、嫌でも決着はつく。倒れているのが演技でもない限り、後は上から蹴るなり殴るなりしてしまえば終わりだ。優しい選手ならば、絞め落としたりもする。
ランにしても、例え体格に大きく差のあるタイタンが相手でも、こうなれば問題ない。上から蹴りを落とせば、数発で止めを刺せるだろう。
残酷のようにも思えるが、それを求める観客も、そしてそれを良しとする選手も多い。試合ではないのだ。相手を完全に倒してこそ、決着と言えるのだ。
ランも、それに異を唱えるつもりは毛頭ない。
しかし、ランはもうタイタンから興味を無くしたように、観客の方に顔を向けていた。
止めを刺せと罵声を飛ばす観客の波に、ランはゆっくりと目を通す。
……いた。
探していた顔を見つけて、ランは一瞬嬉しそうな顔をしそうになって、慌てて顔を引き締めた。
が、緩みそうになる顔を、止められるものではない。隠しているつもりでも、浩之には嬉しそうにしているのがわかってしまうだろう。
ランは、金網に手をかけた。
背中で、何かがうごめく気配がする。歓声で煩いぐらいのこの中でも、感じられるほどの執念と言える。
まだ、試合は終わっていないのだ。振り返れば、もうタイタンは立ち上がってるかもしれない。
が、ランを見る浩之は慌ててはいなかったし、ランもまったく不安には思っていなかった。
もう、終わったのだ。勝負は、すでに決まっている。
ズズンッ、と、何かの倒れる振動が、ランには感じられた。
立ち上がろうとしても、無駄だ。ランの打撃は、タイタンをすでに倒していた。根性で立ち上がれるような、甘いものではない。
ランが背を向けたのは、勝負が決しているというのに、追い打ちをかける気がなかったこと。それだけ、自分の打撃を信じられたからだ。
「conclusion(決着)!!」
すでにかかることが分かっていた声が聞こえたところで、ランは金網を駆け上り、試合場から抜け出した。
軽やかに飛び降り、驚いた観客達が場所を空けるのを横目に、浩之に目を向ける。
正直に言えば、このまま抱きついてしまいたかった。
歓びで、一瞬吹き出しそうになった感情を、ランは何とか飛び降りたところで押しとどめた。
恥ずかしい、という気持ちも大きいし、何より、いきなり抱きつきなどしたら、浩之が困るのでは、と思ったからだ。
ランの正体は、チームを持っている以上観客達にもそれなりに知られているが、浩之は今のところ注目はされていない。
いきなり、自分が抱きついてしまったら、注目されるのが目に見えていた。どう見ても、迷惑な話だ。
……それに、私に抱きつかれるのだって、迷惑だろうし。
浩之がそんな冷たい人間ではないのはランも分かってはいる。だから、自分の勇気のなさを、ただ言い換えただけなのも。
まだ吹き出しそうな感情を、もう一度飲み込んで、ランは浩之から視線をそらし、チームと坂下の待つ方に向かおうとして。
「やったな、ランッ!」
まったくまわりのことを気にした様子のない浩之の言葉に、思わず振り返った。
まるで自分のことのように喜ぶ浩之の顔に、ランは表情が崩れそうになって、正直に言えば一瞬涙ぐんだが、それを何とか隠す。
そうやって、数秒感情を落ち着かせるのに使うと、浩之に頭を下げて、また視線をそらして、今度こそ坂下の方に向かった。
これ以上近くにいたら、我慢できないだろうから。
続く