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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(155)

 

 身体が、重い。

 タイタンに勝てた試合の翌日、私は家で一人、力無く寝ころんでいた。

 ケンカをした後は、だいたいこんなものだ。一発も受けずに楽勝したならともかく、乱戦になれば私だって無傷とはいかないし、そもそもダメージを受けなくても、十分に身体には悪いことをしているのだろう、疲労は溜まってくる。

 マスカの初戦ほどではないものの、今回も十分過ぎるほどにダメージを受けてしまった。身体が重いのは当然だろう。

 久しぶりに、何もする気が起きなかった。まずいとは思うのだけれど、自分ではどうしようもないのだから仕方ない。

 勝って気が抜けている、と言われても言い返せない。

 ここ最近、タイタンに勝つことだけを目指して苦しい練習に耐えて来たのだ。ヨシエさんが行っていたが、下手をすれば身体を痛めたかもしれないらしい。

 もちろん、このまま私はヨシエさんの指導を受けるつもりだが、ここ最近の練習に比べれば、かなり楽にするそうだ。

 ヨシエさんからは、二、三日はゆっくり休むように言われている。だから気が抜けているのも、それなりに許されるとは思うのだが。

 本当なら、今はマスカとは違うところに力を入れておかねばならないのだ。

 私は部屋を見渡す。そもそも外でたむろしていることの多かった私の部屋には、物があまりない。テレビも見ないし、パソコンもいじらない、電化製品と言えば、エアコン、申し訳程度に置いてあるラジカセ、そしてずっと離れて蛍光灯ぐらいだ。

 姉のレイカの趣味のバイクの雑誌と、スポーツ関係の本がいくらか。ぬいぐるみなどというものは私の部屋にはない。

 かわいいものが嫌いな訳ではないのだが、そこまで欲しいものだとは思わなかった結果、そういうものはだいたい姉の部屋にある。たまに味気ないからと言って部屋に持って来るものも、部屋を片付けるついでに姉の部屋に返しに行くので、たまったためしがない。

 そんな自分に何も疑問を思わなかったし、今でもこの部屋を模様替えしようなどとは思わない。部屋など、汚くなければ問題ない。

 が、今日ばかりは、自分の趣味のなさを多少問題があると思った日はなかった。いや、多少などというものではない。非常に私は困っていた。

 珍しく、私の部屋は散乱している。これでも、綺麗好きな私は、一週間に一度は部屋の掃除をしている。ついでに姉の部屋もしておく。部屋にいる時間が極端に少ないことを考えれば、これは非常に多い回数だと思う。

 もとから部屋に散乱するものがほとんどないのだ。汚くなりようがない。だから、今散乱しているものは、私にとっては精一杯と言っていい。いや、それ以上だ。

 服が、部屋の中に並べられている。もちろん、いつものジャージのような動き易さだけを考えたような服ではない。

 フリルがついたのもあれば、ミニスカートもあるし、膝の破れたジーンズもある。よくぞここまで無作為に服を集められたものだと思う。

 これは、全て姉のもの。体格自体は姉とそんなに変わりがない私たちは、同じ服を着てもそんなに違和感はない。

 多少、姉の方が胸が大きい……いや、認めよう、姉の方が明らかに胸が大きいが、ごまかせる服も多い。

 普通なら、姉に相談して決めてもらえばいいのだが、今日は自分で決めねばならない。理由を聞かれたら、恥ずかしくて答えられないから。

 姉も、自分の服は勝手に着ていいと言っている。それは別におかしいことではない。少なくない小遣いを、私は半分以上姉に渡しているのだ。どうせ私は自分で服を選んだりしない。だったら、姉にまかせる方が楽だ。

 姉はあれでも服を集めるのが趣味で、特攻服に木刀という出で立ちに負けないほどの奇抜なものもたまにあるが、色々と集めてくる。

 その所為で、姉の部屋は服でいっぱいだ。私の部屋のクローゼットの中も、姉が買って来た服の置き場と化している。

 そうやって集めた服を、姉はほとんど着ないのだから、余計に質が悪い。

 だいたい、この、避暑地に旅行に着たお嬢様が着るようなイメージの、薄手の白いワンピースとか、姉はどこで着るつもりで買ってきたのだろうか? 決して安いものには見えないのだが。

 姉がこれを着たところを想像してみる。ついでに麦わら帽子とか非現実的なパーツまでつけてみる。

 ……黙って視線でも落としていれば、それなりに似合うかもしれない。何せ姉は美人だし、胸もある。しゃべってしまうと正体がばれるかもしれないが、すれ違う分には問題ないだろう。

 一応、いや、本当に一応だが、私は自分がこれを着たところを想像した。

 ……いや、駄目だ。

 そもそも、同じ体格が近いと言っても、胸だけの問題ではなく、私と姉では身体の作りが違い過ぎる。

 この際顔を置いておくとしても、上品なワンピースから伸びる手足が筋肉質ではもともこもない。イメージが壊れる。

 しかし、そもそも、私に似合う服というのは何なのだろうか?

 姉は姉の基準で、多分かなりいいかげんなものなのだと服の量を考えると感じるものの、自分に似合う似合わないを考えて買っているのだろうが。

 私は、自分で服を買いに行った記憶がない。小さいころに母親と一緒に行ったきりだ。姉も、別に興味のない私でなくとも、チームのそういうのに興味ある人間と行けばいいのだから、無理に私を連れて行くこともなかった。

 面倒であるし、私も服を買いに行く姉について行こうなどと思わなかった。

 しかし、そのツケが、ここに来て、どっと来たと言っていいだろう。せめて、ついて行って目をやしなっておけば、多少なりとも参考になったかもしれないのに。

 決戦は、明日に迫っていた。

 やる気がないなどというのは、まったくの嘘だ。やる気なら空回りするほどあり、そして空回りしているからこそ、嫌になって現実逃避していたのだ。

 浩之先輩との、デート。と言っていいものだろうか?

 デートというと、一対一で行くもののように感じるし、素直に遊びに行くと言った方が正しいだろうか。浩之先輩だけでなく、初鹿さんもいるのだし。

 そう、数人で遊びに行くだけ、そう思えば、少しは気も楽になる。

 しかし、そうやって自分をごまかそうとしても、胸の高鳴りが収まる訳でもなく。

 少なくとも、ここに持って来ている服の全てが、似合うとは思えなかった。ではどんな服がに買うかと言われると、それも困る。

 せめて、姉に意見を聞ければ……と思うけれど、いつも服に無頓着なのに、いきなりそんなことを聞いたら、何かあるとすぐにわかってしまう。

 とは言え、私がそういうことを頼めるのは、姉を含めたチームの仲間か、最近仲良くなった同級生か。

 いっそ、まだあまり長い付き合いではない同級生に聞いてみるかとも思う。

 ……そう言えば、もう一人、付き合いも短く、意見を聞いても問題ない人間を思い出した。

 初鹿さんだ。ただ、初鹿さんは見たところお嬢様、私のような、一般庶民に合うセンスで選んでくれるかどうかはわからない。

 ただ、何も説明をしなくてもいいのは助かる。

 私は、少しだけ悩んでから、携帯を手にした。

 

続く

 

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