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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(157)

 

「色々な服を持っているんですね。少し意外です」

 聞き方次第ではけっこう失礼なセリフだが、それにランは文句をつけなかった。確かに、自分のイメージから言えば、ここまで服を沢山持っているのはおかしいとさえ思う。

「姉のです」

「ああ、お姉さんのなんですね。どうりで胸が……あ、ごめんなさい」

「……別にいいです」

 素で言っているだけで、別にランをけなしているつもりはないのだろうが、服の趣味のことを言われるのは気にならないが、胸についてはさすがに少しカチンと来るものがある。

 が、ここで初鹿に腹をたてても仕方ないのは確かである。

 まだ寝る時間には早いものの、頼まれて来るには遅い時間なのに、初鹿は二つ返事で来てくれたのだ。ランは、感謝すべきなのだ。

「それで……」

「あ、ごめんなさい。明日来ていく服を選ぶんですね。ふふ、気合い入ってますね」

 柔らかく笑われて、心の奥を見透かされたようで、ランは顔を赤くした。

 言葉には出さないものの、それはデートのようなものだ。もっとも、男一人女二人なのだから、ダブルデートどころか、グループで遊びに行くとしか言えないものだが、ランにしてみれば、初めての体験なのだ。

 そう、考えてみると、ランは今まで男の子と遊びに行ったことがない。女ばかりのレディースにいて、しかもランのいるチームは、男のチームとはつるんでいなかったので、仕方ない話ではある。

 まあ、普通なら個人で皆男の子と遊んでいるのだろうが、ランはそれこそ本当にケンカにうつつを抜かしていたのだ。

「男と遊びに行くことなんて、今までありませんでしたから」

 それを口にするか、少しだけ迷ったものの、浩之のことを意識していると思われるのも嫌だったので、その事実を口にする。

 しかし、今まで彼氏がいなかったということなのだから、考えてみるとけっこうなさけない話である。言ってから、ランはそれを思った。

 案の定、クスクスと初鹿に笑われ、ランは憮然とした顔になる。

「まあ、かく言う私も、けっこう緊張していますよ?」

「……初鹿さんがですか?」

 まったくいつも通りに、むしろ余裕あるように微笑む初鹿が、緊張しているなどとは信じられない。

 おとなしそうには見えるが、ランと違って人見知りしない性格や、その外見から判断するに、男にはもてるだろうし、ランをからかうその性格から見て、男を手玉に取るぐらいわけないようにしか思えないのだが。

「これでも、お嬢様学校の寺女ですから。もちろん、友人達はそれなりに外で男の人と遊んでいたりしますけど、私はさっぱり」

「でも、浩之先輩とは知り合いでしたよね?」

 実はそこが一番気になるところだったので、ランはすぐにつっこむ。

「浩之さんには、ナンパされているところを助けていただいたんですよ」

「……それって、やっぱり浩之先輩がナンパしているのと何か変わりがあるんですか?」

 ランの見る限り、浩之の女友達は多い。学校でたまに見かけるときは、だいたい違う女の子が横にいるぐらいだ。

 やる気のなさそうな表情とは裏腹に、面倒見の良いところがあるのは、ランも経験済みで知っているが、つまりそれは女の子に対して気易いということであり、ナンパなども普通にするのだろうかと思ったのだ。

「外見だけでナンパされるのとでは、私の感謝の気持ちが違いますよ?」

 もっともな意見だった。初鹿は、自分の外見が男に与える印象を自覚していないわけではないようなのだ。ナンパされることも、けっこうあるのだろう。だからこそか、ナンパではない、ただのおせっかいの浩之に親しくしようとしているのは。

「浩之さんの場合、そのおせっかいな性格が、非常に好感が持てた、というのが本当のところですけどね。感謝されようと思って助けてくれる方は沢山いましたが、ただ助けてくれただけという方は、他にいませんでしたし」

「何となく、わかります」

「そうね。ランちゃんは、浩之さんのそういうところに惚れたのかしら?」

「……惚れてません。色々とお世話にはなっていますが」

 ランは我ながら素早く切り返したと思っているが、完璧な返答というには、後ろにおかしなものがひっついている。

 いや、ランにしてみれば、本当に、惚れている訳ではないのだ。自分が、一度尊敬した相手にはずっと敬意を払うのは、自覚があるのだから。

 それでも、男子と初めて一緒に遊びに行くのだから、緊張するのは当然のことだ、とランは思っていた。

 しかし、ランの考えをわかっているのか、まったく分かっていないのか、初鹿はまたクスクスと笑う。

「あんまり言及するとランちゃんがかわいそうだから、服を選びましょうか」

「つっこみが必要ですか?」

 今度は瞬間につっこめた。それに、初鹿はニコリと答えると、服を手に取って、ランの身体につけてみたりする。

「それで、ランちゃんは何か好きな服装ありますか?」

「動き易ければ、それで。後、破れてもいいものを」

 相手が武器を持っていたりすると、あっさりと破れたりもするので、ランはなるべく動き易くて安い服を選んでいる。そういう意味では、制服が一番ランの目的とする服装とかけ離れているのかもしれない。

「動き易い服装、ですか。明日は、街の中をまわるだけですよね?」

「そう聞いています」

 具体的な場所は、完璧に浩之にまかせているランだった。どうせ、ランが考えたところで、気の利いたデートコースなど出て来ないのだから、軟派な浩之にまかせるのが適材適所なのだ。

 もっとも、浩之は浩之で、友達と遊ぶならともかく、デートスポットなどチェックはしていないのだが、志保などの情報源があるので、ランよりはましだろう。

「だったら、運動なんてほとんどしないと思いますから、思い切って多少動き難くても、オシャレをした方がいいのでは?」

 もちろん、ランだってそうしたい。

「……と言われても、流行の服とか、わかりません」

 したいが、知識の関係上出来ないのだ。だから、流行はともかく、趣味は良いだろう初鹿に応援を頼んだのだから。

「なら、全部私にまかせてくれますか?」

 少しテンションの上がった声を出した初鹿に、ランは少し不安になった。言うなれば、天敵を目の前にした草食動物のような気分だった。

「……あまり、無茶じゃないものなら」

 しかし、結局ランは、自分の感性を信じることが出来ずに、初鹿に全面的に頼むことにした。

 まさか、あまりに酷いことはしないだろう、という楽観的な気持ちもあったのだ。

「ふふ、ちょっと、楽しい気持ちになって来ました。かわいい子をコーディネイトするというのは、何歳になっても楽しいものですから」

 多少文脈的におかしいことを言いながら、初鹿はランに詰め寄る。

 ランと服を見比べながら、初鹿の目が怪しく光ったように、ランは錯覚した。錯覚であって欲しいと、願うばかりだった。

 ランはこの後の戦いに、タイタンと戦った以上に、疲労を感じることになったのだった。

 

続く

 

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