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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(158)

 

 浩之は、ぼけっとしながら、駅前に立っていた。

 一応、珍しく約束の時間よりも早く集合場所についているのだが、そもそも、その格好を見て、今から女の子と遊ぶとは誰も思うまい。

 おかしな格好をしているわけではないが、ストライブのTシャツにジーンズという、オシャレもへったくれもない、面白みのない姿だ。

 しかも、顔の作りはともかく、いつも通りのやる気の感じられない表情。友人に嫌々付き合う予定と言われれば、皆納得しただろう。

 まあ、それも仕方ない話。

 気合いを入れているであろうランと違い、浩之はあくまで、一緒に遊びに行くことを大して気にしていない。

 そもそも、悪友と遊びに出るのならともかく、女の子を誘うような気の利いた場所を、浩之が知る訳がないのだ。それを気にしない辺りも、浩之らしいのだが。

 ま、とりあえずどっかでウィンドウショッピングでもして、昼をどこかで食べて、その後はノリでカラオケなりボーリングなり、ゲーセンでも映画館とかでもいいだろ。

 完全に、あかりや志保と遊ぶときのコースだ。もちろん、昼はヤック。ついでに、浩之の方がおごるなどという気は、多少はあるが、向こうは二人なので、できることなら遠慮して欲しいとさえ思っている。

 ……うーん、早く来ちまったなあ。まだ後十分以上あるしなあ。

 待ち合わせの場所に、時間よりも先に行っておこうなどという殊勝な考えは浩之にはなく、ただ早めに、もちろん休みにしてはだが、起きたので、そのまま来ただけなのだ。

 しっかし、ランと初鹿さんだろ? 何か趣味全然違いそうだよなあ。

 そこだけは、多少気にしていた。遊ぶにしても、趣味が合わないとなると、なかなか難しいものだ。そういう意味では、カラオケなどは除外されるかもしれない。

 まあ、困ったら何もせずにしゃべるだけでもいいだろう、などと無茶苦茶なことを思っていたりもする。

「浩之さん、おはようございます。お早いですね」

 いきなり、浩之がぼけっとまわりに気を配っていなかったところに、初鹿の声がかかる。

「女の子を待たせないというのは、さすがですね」

 浩之がそちらを見ると、にこにこと、いつも通り柔らかそうに笑う初鹿がいた。

 淡いベージュのノースリーブのツーピース。フレアスカートは、彼女らしく、膝まであるが、むしろ制服よりも短いぐらいだろうか。

 初鹿の、どこかお嬢様のような雰囲気に、良く似合う服だった。ノースリーブからちらりと見える白い肩などには、清楚な魅力が感じられた。

 10時でもけっこうな日差しだが、それで汗をかく様子もなく、そこだけ温度が違うのかと思うほど涼しそうな出で立ちだ。

「んー、たまたま早く起きただけだけどな」

「さすが、慣れていますねえ。私など、昨日からどきどきして、なかなか寝付けなかったんですよ?」

 それについては、話半分に聞いておくことにした。男と遊び慣れているとは思わないが、浩之が口先でどうこうできるような相手ではないのは、短い付き合いでもそれなりにわかっているつもりだ。綾香とはまた違ったタイプで、強敵なのだ。

「まだ早いしな。ランの方はゆっくり寝てるんじゃないのか?」

「ふふふふ、そんなことありませんよ。ランちゃんは、私よりも緊張して、もしかしたら昨日は一睡もできなかったかもしれませんよ」

 それもさすがにまさか、と思う。ランが男と遊び慣れているというのはイメージにまったく合わないけれど、だからと言って遊びに行くのにそこまで緊張するような性格をしているとは思えない。

「もしかしたら、緊張で逃げ出すかもしれませんよ」

「そんなバカなことはねえって」

 初鹿の冗談に、浩之は小さく笑った。ゆっくり眠って、普通に寝坊して、今頃走っている姿の方が簡単に思い浮かぶ。

「心配して、私、今日ランちゃんを家まで迎えに行ったんですよ?」

「へ?」

 ついっ、と初鹿が目線を向ける方に、浩之もつられて目を向ける。

 電柱の影に、誰かいた。浩之と目が合ったのに気付くと、慌てて電柱の影に隠れる。

 ……今の、ランだよな?

 どういう趣味で電柱に隠れているのか知らないが、数秒すると、そっと電柱から顔を半分出して、まだ浩之がこちらを見ているのに気付いて、すぐに引っ込む。

「ふふふふふふっ」

 初鹿が、いかにも我慢できませんでした、と言わんばかりにおかしそうに笑い出す。

「あー、あれ、ランだよな?」

「ええ、多分そうだと思いますよ。私がここまで引きずって来ましたから」

 何故引きずる必要が? とも思ったが、とりあえず流して、浩之は電柱に近づく。もちろん、普通にだ。ランは何故か隠れているが、浩之には隠れる理由がない。

 てか、ランのやつどうかしたのか?

 新手の遊びというよりは、何かやむにやまれぬ事情があると考えた方が腑に落ちる。そう思うと、とりあえずランに聞いてみようと考えるのが浩之だ。

 何か困っていることがあるにしろ、近づかないことにはどうしようもない。だから、浩之としては、善意100%のつもりだった。

 浩之が近づいてくるのに気付かないのか、浩之がすぐに電柱に届くという距離で、そーっと、ランが顔を出そうとしていた。

「おい、ラン。どうかしたのか?」

「!!!!!」

 声にならない悲鳴というものは、こういうものかと思いながら、浩之はランに近づく。

 浩之が近づいて来るとは思っていなかったのだろうか、ランは完全に硬直しているようだった。

「大丈夫か、何か事情があるならまた延期……」

 ひょい、と電柱の後ろをのぞき込んだ浩之は、そこで絶句した。言葉を止めただけではなく、完全な、絶句、というやつだ。

「あっ……」

 顔を真っ赤にして、ランの方も口をパクパクしている。

「あらあら、そうやって隠れていた方が、余計に恥ずかしくなると私も言いましたのに」

 楽しそうな初鹿の声だけが、凍り付いた二人の間に流れる。

 肩から首どころか、胸元まで見えてしまいそうな、桃と白のキャミソール。同じ色の、本当にギリギリとしか言い様のないミニスカート。

 そして、そこから伸びる長い脚を覆う、黒いストッキング。

 いつもは、日の上がっていないころに活動することが多かった所為か、ランの肌は、初鹿よりも白いほどだった。その肌の白さと、服の明るさ、そして、どこかアンバランスとさえ感じる、黒いストッキングというのは、浩之の思考を止めるには十分だった。

 脚もそうだが、そのスカートの短さが非常に気になるのだろう。ランは、真っ赤になって手でスカートの前後を押さえていた。

 浩之に見られていると自覚しただけなのだろうが、それだけで、今までもこれ以上ないぐらい真っ赤だった顔が、恥ずかしさでもっと真っ赤になっていく。

「う……」

 少しはオシャレをしてくるかとも思っていたが、その想像を遙かに超える格好を見て、完全に止まった浩之の思考。しかし、悲しいかな、男の本能は、ランの下半身に視線を向けたまま、ぴくりともしなかった。

「駄目ですよ、浩之さん。ランちゃんをそんな獣のような目で見ては」

 その言葉で、ランの方が、はっと我に返り、そして、浩之の視線がどこに向かっているのか気付いて、反射的に、手を振り上げた。

「浩之先輩の、スケベっ!!」

 今どき、スケベはないよなあ、と固まった思考で思いながら、浩之は思いきりランの平手打ちを、ほほに受けることになった。

 

続く

 

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