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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(159)

 

「ランちゃんも、さすがスポーツマンですね」

 ランのビンタの迫力に、何故か初鹿ははしゃいでいる。確かに、こうも綺麗にビンタが入るのを見ることなど、まずないのだから当然なのかもしれない。少しは受けた浩之の心配があっても良さそうなものだったが。

 実力的には、十分に回避できるはずだったのだが、浩之はランのビンタを真正面から受けるしかなかった。わざと逃げなかった訳ではないのだが、ランが手を使って攻撃して来るのに驚かされたのもあるのだろうが、ランの姿に意識のほとんどを取られていた、というのが真の理由だろう。

「でも、スケベな顔でランちゃんを見ていたことを考えると、仕方ありませんよね?」

 何故か浩之をぶったランではなく、横で見ているだけの初鹿の方がそう話を締めるが、浩之に反論の余地などあろうはずがない。確かに、スケベ心を出していなかったとは言えないのだから。

「いや、すまん。まさか、そんな格好で来るとは思ってなかったから度肝を抜かれたというか……」

 ランは、相変わらずスカートを押さえたまま、そっぽを向いているが、耳まで真っ赤なのを見ても、怒っているというより恥ずかしさが先行しているのは間違いないだろう。

 浩之以上にファッションにこだわらなさそうなランだからこそ、おしゃれをすると見違えるものがある。もともと、素材は悪くないのだ。

 とくに、その黒いストッキングは反則だと浩之は思った。イメージとまったく正反対だからこそ、ぐっと来るものがある。

「……やっぱり、こんなの着て来るんじゃなかった」

 ぼそりっ、とランのつぶやきが聞こえる。浩之がスケベな目で見るのも、悪い意味ではないのだが、浩之の言い方もまずかったのだろう、自分には似合わないと誤解しているようにすら見える。

「いや、驚いたけど、それは悪い意味じゃなくてさ……似合ってるよ、ほんと」

「取ってつけたように言わないで下さい」

 上目遣いで、すねるように言うランは、確かにいつものイメージからはかけ離れているが、人目をひくだけのかわいさがあった。

「いや、ほんとだって。かわいいよ」

「ランちゃんだけ誉めるというのは、私がないがしろにされているみたいですけど」

「いや、初鹿さんはおしゃれとか普通にしてそうだけど、いつもしないランがするからくるものがあると言うか……」

 とりあえず、何か良いいい訳を考えようとした浩之だったが、言えば言うほどどつぼにはまっていくような気がした。しかし、だからと言って黙る訳にもいかず、下手ないい訳を続けるしかないのだが。

「いや、似合ってるし、いい趣味してると思うぜ」

「……どうせ、私はおしゃれなんてしませんよ。これも、初鹿さんに選んでもらったものですし」

 必死で考えた言葉も、思い切り逆効果だった。

「それに……このストッキングだって、脚のあざを隠すためのものだし」

「……」

 それには、浩之は返す言葉もなかった。

 青あざすら短い時間で回復する非常識な綾香や、あまりそういうことを気にしない葵がいるから忘れそうになるが、女の子にとっては、あざだらけの脚を見せるというのは、抵抗があって当たり前なのだ。

 まして、ランはキックのみで戦うスタイル。脚のあざは、普通のスポーツマンなど比較にならないほどできているはずだ。まだ試合が終わって一日程度しか間を空けていないのだ。それぐらいで治っている訳がない。

 ランが自分で選らんだとは言え……やっぱ、女の子だよな。

 恥ずかしさよりも、悲しさの方が際だってきたランの肩に、浩之はやさしく手をかけた。

 いきなりの浩之の行動に、ランは一瞬我を忘れる。

「ひ、浩之先輩……」

「ラン、すまん、俺が悪かった。本当に、その格好似合ってるぜ。だいたい、人が見とれたのに、どうして似合ってないなんて思ってるのか?」

「う……」

 そう、考えてみれば、ランがかわいかったからこそ、浩之は見とれて、ランにはたかれたのだ。言葉こそ色々と問題があったかもしれないが、浩之がランのことをかわいいと思ったのは、本当のことなのだ。

「だから、自信持てよ」

「は、はい……分かりましたから、あの、手……」

「あ、ああ、ごめんな」

 浩之は、自分がランの肩を掴んで、真っ正面から見つめ合っていることに今更気付いて、慌てて手を放して、距離を取った。

 さきほどとは違う理由で、ランの顔が真っ赤になっていた。スカートを押さえるよりも、手がどこを押さえていいのかわからずに、さ迷っている。

 浩之も、「はは」と少しごまかすように笑いながら、ほほをかく。

「……完全に私はかやの外のようです。お邪魔虫でしたかしら?」

 二人が我に返ったのは、初鹿の、少しだけすねたような言葉でだった。

「あ、いや、もちろん初鹿さんをないがしろにしようって訳では……初鹿さんはいつも通り綺麗だし」

「まさに取って付けたおせじですね」

 ふふふふ、と柔らかく笑う初鹿だが、多少とげがあるようにも聞こえた。

「せっかく私も、男の人と遊びに行くというので、気合いを入れていたのですが、一人相撲というのは、滑稽ですよね?」

「……ごめんなさい、初鹿さん」

 浩之の言葉では、収拾がつかないと思ったのか、それとも本当に申し訳ないと思ったのか、ランが初鹿に頭を下げる。

「せっかく初鹿さんに選んでもらった服なのに、着たくないとか言ってしまって」

 ランだって、夜に何の文句も言わずに、家に来てくれて服を選んでくれた初鹿に感謝しているのだ。さっきまでは、自分のことで手いっぱいだったのだが、少なくとも、初鹿のことを気にするぐらいは、冷静さを取り戻していた。

 しゅんとしてしまったランと、かなりあせっている浩之を見比べて、こんどは何のとげもなく、初鹿は柔らかく笑った。

「ふふふふ、いいんですよ。三人で仲良く、楽しく遊べるのが、今日の目的ですから。私の機嫌を損ねるのを気にするのなら、仲良くいきましょう?」

 ランとしても、浩之としても返す言葉もない。やはり、初鹿の方が、二人よりもいくらか上手のようだった。

「それに、ランちゃん?」

「は、はい」

「浩之さんに仕返しをする方法なんて、いくらでもありますから、期待していて下さいね」

 いえ、別に浩之先輩に怨みはないんですが……という言葉を飲み込ませるほど、初鹿は楽しそうに、柔らかく笑った。

 浩之の背中に走る悪寒は、浩之が慣れ親しんでいる、綾香を相手しているときのものと、同等だった。

 

続く

 

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