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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(160)

 

「ほら、ランちゃん。こっちなんかどうですか?」

「どうですかと言われても……というか、さすがにちょっと」

 確かに、今日の服を選んでくれたのは初鹿さんで、恥ずかしかったものの、浩之先輩の反応はまずまず、と言っていいものだったのは、感謝している。

 けれど、今初鹿さんが薦めるものは、了承しかねた。

「これ……意味あるんですか?」

 布面積を考えると、これはあまりにも非経済過ぎる。いや、割高なのを問題にしているんじゃないけれども。

 さまに、意味があるのか、と聞きたくなるほどの面積の小さい布きれ。普通の下着の方が、まだ面積が広いだろう。

 しかも、色は白。今時は濡れた程度で透ける布は使ってないだろうというのはわかっているが、そうだとしても、それを着て泳ぎに行く勇気はない。

 セパレートタイプの、面積の少ない水着。はっきり言うと、ビキニだ。

 それを、嬉しそうに初鹿さんは私の身体に当てては、私に尋ねて来る。

 昨日も思ったのだが、初鹿さんは、どうも人に服を着せるのが楽しくて仕方ないようだった。自分が十分に綺麗なのだから、自分でおしゃれをすればいいのに、と思うのだけれど、もちろん初鹿さんも綺麗におしゃれしているので、こちらから言うこともない。

 この服も、薦められたときはたいがいだと思ったものだ。黒いストッキングで、地肌は一応隠れているとは言え、透けているし、何より身体にフィットしているのでは、隠しているのかどうかすら怪しいものだ。

 しかし、このビキニはさすがにやりすぎだと思う。

 ここまで来ると、恥ずかしくて着た自分の姿を想像することだって躊躇してしまう。

「なら、こちらの赤いのはどうかしら?」

「……これ以上ないぐらい派手ですよ。そもそも、ワンピースでいいじゃないですか」

 ワンピースの水着だって、十分露出度は高いと思うのだが。

「ワンピースならこちらのとか……」

「嫌です」

 初鹿さんが手に取ろうとしたのは、布面積は増えたが、あくまでそれはお腹の部分のみで、むしろ胸や脚の付け根辺りの面積は減ったのではないか、と思われるほどのハイレグ。

 にべもなく断るのは当然だ。こんなものを着たのを浩之先輩にでも見られたら、それこそ生きていられない。

「初鹿さん、上品な顔して、えぐいの選びますね」

 もう少し言い方もあるのだろうが、私はついきつい口調になった。初鹿さんに悪気はないのはわかっているが、遊ばれているのは間違いなかったからだ。

「そんなことありませんよ。私には似合いそうもないので、他の方に着て欲しかっただけなんですよ」

「そっちの下品なハイレグが私に似合うって言うんですか?」

「あら、これはもちろん冗談ですよ」

 初鹿さんは、私の言葉に気分を害した風もなく、そうやって柔らかく笑って、また危険な布きれを手に取る。

 そっちの下品なハイレグならともかく、こっちの面積の小さい白ビキニなら、十分に着こなせそうな気もするのだが。

 見たところ、胸だって十分に私を超えているし、手足も細いと言っていい。ひ弱なところは見あたらず、バランスが非常に良く見えるのだから、もし薄着をしたら、かなり栄えるだろう。

 反面、私は脚が太すぎるので、脚が見えるような服装は似合わない。今日のミニスカートだって、かなり無理があると思うのだが。

 おしゃれが必要ないとは言わないけれど、やはり服よりは、着ている人の綺麗さやかわいさに引きずられる方が大きいと思う。その点は、初鹿さんに私はかなり見劣りする。

 だから、からかわれているのは間違いないのだ。色々な意味で。

「いじめるのは、正直浩之先輩だけにして欲しいんですが」

「……いや、できることなら、俺も助けてくれよ」

 近くから、物凄い密やかに浩之先輩はつぶやく。まるで見つかるのを恐れる脱走犯ほど、びくびくとしており、いつものどこか余裕のある表情は見えない。

 まあ、仕方ないかなとも、さすがの私でも思う。私が同じ立場だったら、絶対に逃げるだろうと思う。

 いかに独立した店舗ではないとは言え、女性の水着売り場に、男が混じってるのは、非常に勇気のいることだと思う。

 遠目に、クスクスと浩之先輩を見て笑っている他のお客がいるのは多少腹が立つところだが、少しだけ、楽しいのも偽らざる気持ちだ。

「……なあ、あっちで待ってていいか?」

 そっと、浩之先輩は私と初鹿さんに伺いをたてる。

「駄目です」

「……そういうことで、我慢して下さい」

 まずは初鹿さんの、柔らかなのに有無を言わさない言葉、続いて、私の少し申し訳なさそうな言葉。

「いや、本気で俺が悪かったからさ。ここを知り合いにでも見つかったら……」

「ご友人に会ったら、女の子を二人つているのを自慢したらいいと思いますよ」

「いや、そうじゃなくてだな……」

「何か?」

「……いや、いいです」

 これ以上言い合いをしても、自分の主張が通らないのを自覚したのか、浩之先輩は、こそこそと引き下がった。見た目物凄く情けない。

 初鹿さんは、表情が変わらないので何を考えているのか読めないところがあるが、絶対これは浩之先輩への嫌がらせだと思う。

 もっとも、それを少し楽しいと感じてしまっている自分も、同罪なのだろうけど。

「それよりも、浩之さん。どうです、これなんかランちゃんに似合うと思いませんか?」

 さきほどの、面積の小さい白ビキニを、私の身体に押しつけながら、初鹿さんはにこやかに浩之先輩に聞く。

「あ、いや、まあ、似合うとは思うけどさ……」

 浩之先輩の視線が、あちらこちらに飛びそうになったが、何せまわりは全て女性物の水着、結局、視線は私のところに戻ってくる。

 ……ちょっと赤くなっている浩之先輩。何を考えたのか、聞くまでもなかった。

「……浩之先輩の、スケベ」

「いや、想像した訳じゃないぞ? ただ、似合うかと言われたからそりゃ着ているところを考えないとわからないわけで……」

 言えば言うほど墓穴を掘っていく浩之先輩。

 私は、怒った風を装いながら、浩之先輩から顔をそむける。そのまま前を向いていたら、おそらく熱さから言って真っ赤になっている顔に気付かれると思ったからだ。

 浩之先輩が、これほどスケベだとは思っていなかったけれど……いや、普通の高校生としては普通なのだろうか?

 しかし、それすらも、別に嫌ではない自分に、私は、少なからず自分で驚いていた。

 

続く

 

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