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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(162)

 

 浩之先輩に、親しそうに話しかけたと思うと、何の躊躇もなく、浩之先輩の横に座った少女は、何のことはない、普通の格好をしていた。

 私のように、ちゃんとおしゃれをしているという感じではない。スカートこそ短いけれど、私よりももっとカジュアルな感じだ。

 しかし、だからと言って、私に劣る訳ではない。

 というより、私など、その少女と比べると、何ともみすぼらしく見える。比べるまでもない、とさえ言われてもおかしくない。

 顔が、まず違い過ぎる。芸能人にだって、こんなに綺麗な少女はいないのでは、と思うほどの美少女。

 そして、完璧過ぎるスタイル。手足は細くて長く、肌は真っ白で、胸も大きいのにバランスがいい。

「あ、綾香。奇遇だな」

 あはははは、と浩之先輩が、渇いた声でその名前を呼んで、私はやっと、少女が誰であり、何故浩之先輩に親しく、もっと言えば、浮気を見つけた彼女のような態度を取っているのかわかった。

 話には、一応聞いていたのだ。ヨシエさんからも、浩之先輩からも、その名前は何度も聞いていた。試合も、映像ではあるが何度も見た。マスカでも、エクストリームでもだ。しかし、目の前で見るのは、これが初めてだった。

 エクストリームチャンプ、来栖川綾香。

 そうであるとわかって、最初に思ったのは、その外見だった。

 何度も映像で見たことがあったが、本物の方が、何倍も綺麗だった。同じ人間なのか、と疑いたくなるぐらいだ。

 まわりのお客も、ちらちらとこちらを、というか来栖川綾香を見ている。初鹿さんも綺麗な方だが、来栖川綾香は、はっきり言って次元が違う。

 来栖川綾香は、そこが自分の位置だと言わんばかりに浩之先輩の横の席で、トレイに乗っていたジュースを一口含んでから、ふうっ、と一息ついて、浩之先輩の方を再度向く。

「で、最近浩之がんばっているようだから、休みの日は休みたいだろうと思って、遠慮してたってのに、知らない子と遊びに出ているってのはどういうこと?」

「あ、いや、それはだな……」

 来栖川綾香は、こちらを見ようともしない。いや、というよりも、こちらなど眼中にないのではと思える態度だった。

 いい訳も何も、ただ一緒に買い物をしただけなのだから、何もやましいことはないのに、浩之先輩は自分が悪いような顔をしている。

 浩之先輩と来栖川綾香の関係を、詳しく聞いている訳ではないが、来栖川綾香は、ヨシエさんや葵さんとかなり親しいらしく、その延長上で、浩之先輩と親しいのだろうと、今までは考えていたのだ。

 だが、今の二人を見れば間違えようがない。おそらく、この二人は付き合っているのだろう。でなければ、これほど浩之先輩がうろたえるとは思えない。

 私の心の奥に、何か重いものがのしかかってきたような気がした。

 何か言わなければ、少なくとも、浩之先輩を責めるのは筋違いだと言わなければ、と思うのだが、言葉が出ない。

 そして、二人の会話を止めたのは、私ではなかった。

「ランちゃんが試合に勝ったらしいので、それのお祝いを三人でしていただけですよ」

 来栖川綾香は、そこで初めて人がそこにいたのだと気付いたと言わんばかりに、こちらに目を向けて来た。

 ただ目を向けられた、しかも、私に向けられた訳でもないのに、私の背中に悪寒が走る。それは、前にチェーンソーを前にしたときと同じか、それ以上だった。

 そんな来栖川綾香の目を、初鹿さんは、柔らかい笑顔で、正面から受け止めた。

「後輩ががんばったのですから、そのお祝いをするのは、おかしいことですか、来栖川さん?」

 責めるような口調ではなかったが、来栖川綾香がいぶかしげな顔をする。私も、他のことに気を取られて、すぐには気付かなかったが、何故初鹿さんは来栖川綾香のことを知っているのだろうか?

「……ごめん、あなた、会った記憶はないんだけど?」

「初めまして、私は初鹿と申します。寺女の三年です。来栖川さんは有名ですから、私でも顔ぐらいは知っていますよ」

 エクストリームチャンプであり、それでなくとも、それだけの外見で、なおかつ来栖川グループ会長の孫、となれば、有名人でない訳がない。考えてみれば、知っていて当然だ。

「先輩になるんですね 。すみません、ぶしつけになってしまって」

 相手が学校の先輩と知ったからなのか、来栖川綾香は殊勝にも頭を下げた。さっきまでの、背筋も凍るような目をした人間と同一人物であることが信じられないぐらいだ。

「で、こっちの子が、ラン? 話は何度か聞いてたけど」

 こちらに向けられた目は、もう普通のものだった。驚くほど綺麗ではあるけれど、ちゃんと、人間のものだと思う。

「綾香、会ったことなかったのか?」

「好恵から何度か話は聞いてたけどね。会うのは初めてかな。はじめまして、来栖川綾香よ」

 にこやかに笑いかけられても、私は警戒を緩める気にはならなかった。

「初めまして、ランです」

 軽く頭を下げる程度で、私はそれ以上会話をしようとは思わなかった。浩之先輩も、私の愛想のなさに苦笑しているようだったが、こればっかりはどうしようもない。

「好恵に聞いてた通り、無愛想な子ね」

 くすくすと笑う来栖川綾香だが、その言葉には何故か悪意は感じなかった。浩之先輩に対するさっきの一連の行動はともかく、そんなに悪い人間には見えない。

「ふーん、この子の勝ったお祝いね。でも、だったら私にも言ってよ。ま、面識はなかったから呼び難いってのはあるだろうけど」

 その言葉に、浩之先輩がほっとしているのに私は気付いた。それほど、来栖川綾香の反応が気になるというのだろうか?

「でも、だったら変な話ね」

 来栖川綾香は、腕を組んで、人差し指でほほを叩きながら言う。

「好恵は呼ばれてないみたいだけど?」

 言われて見て、不覚ながら、私は初めてそれに気付いた。初鹿さんが来たことによって、浩之先輩と二人きりではなくなった時点で、ヨシエさんを呼ぶべきだったことに、今更気付いたのだ。

「たまたま一緒にいた私が入ってしまったので、呼びにくかったんだと思いますよ。私は、坂下さんという方と面識がありませんから」

 初鹿さんが、フォローなのか、そう言う。確かに、それもあった。

 考えてみれば、微妙な組み合わせである。浩之先輩と、ヨシエさんと、私と、初鹿さんと、来栖川綾香。完全に面識があるのは、浩之先輩一人であり、後は一人ずつ知らないのだ。

 反対に言うと、浩之先輩は全員と知り合いな訳である。しかも、全員女の子と。そう言えば、浩之先輩が男友達と一緒にいたところを見たことがない。練習をしている途中が多かったので、仕方ない話なのかもしれないが。

 ……そう言えば、前に教室でうわさ話をしていたときに、学校中の美人と浩之先輩がよく一緒にいると聞いていたが、それも、あながち嘘とは言い切れない気がしてきた。

 浩之先輩には、女の子の知り合いが多く、おそらく、私もその中の、何の変哲もない一人だと思うと、余計に気が沈む。

「そういうことなら、せっかくだから、私も一緒に遊ばせてもらおうかな」

「ああ、いいんじゃないか? なあ、ラン?」

 浩之先輩の、その無神経さに、私は一瞬、グッ、と言いたい言葉を飲み込まなければならなかった。

「……どうぞ」

 何とか、そう答えることしか、私にはできなかった。

 

続く

 

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