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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(172)

 

「来たね、ヨシエ」

 レイカ達が坂下を、当然のように迎え入れる。坂下も、レディースの中に慣れた様子で入っていく。

 いつものファミレスに、坂下はレイカ達に会いに来たのだ。

 まわりと一通り挨拶をかわすと、坂下はまわりに目を向ける。

「ランは来てないみたいだね」

「ヨシエに言われたから、ちゃんと家で休んでると思うよ。あれでも、ちゃんと素直に言うことは聞くから」

 二人は知らない。ランが、家を出て、浩之に会っていたことを。たまたま言う機会がなかったの、あえて口にはしなかったのか、それすら事情を知らない二人にはわからない。

「ま、ランは無茶したし、しばらくは安静にしておいてもらいたいね」

 ゼロは、肩をすくめながらそう言った。確かに、誰の目にもランは無茶をしすぎに見える。もっとも、それを止めるなど考えもしないのだが。

「で、今日は別にランの話じゃないんだろ?」

 坂下は自分が呼ばれた理由を、薄々分かっていた。まあ、最近は何もなくても単に遊ぶために呼ばれることもあるのだが、今日は様子が違った。

「それがね……」

 がしっと、いきなりレイカは坂下の手を握った。

「ありがと、ヨシエ!!」

「は?」

 いきなり目をきらきらさせて喜ぶレイカ。まわりを見渡すと、ゼロ以外は同じような顔をしいている。ゼロだけが、しょうがないヤツらだ、と肩をすくめていた。

「それがね、赤目から、今度のカリュウ対ギザギザのチケットが五枚も送られて来たんだよ! 五枚だよ? 普通なら、一枚だって手に入るかどうかわからないのに!」

 レイカはかなり興奮ぎみだったが、坂下は他のところに意識が向いていた。

「カリュウの試合……」

 相手は、自分ではない。知っていたことだが、正直腹が立つ。カリュウと戦えるのを条件でマスカレイドで戦ったと言うのに、それを破るとは、赤目は本気で坂下を怒らせたいらしい。

 不機嫌というよりも、殺気立つ坂下を見ても、レイカは笑って言う。

「ヨシエには悪いけど、約束をすぐに守れなかったおわびらしいんだ。そりゃ、ヨシエは嬉しくないかもしれないけど、あたし達には嬉しい話だよ」

 レディースの仲間達も、うんうんと頷く。唯一、ゼロだけが我関せずというよりも、あきれた顔をしていた。

「てことは、ギザギザってのが……」

「そう、今度のカリュウの相手。マスカレイド三位、ギザギザ。トンファー使いさ」

 トンファー。適度に短い棒に、握りになるよう垂直に短い棒が付けられている、日本では、どちらかと言うとイメージの先行している武器だ。

 映画や漫画で使われることも多い武器だが、実際に使いこなせる人間が使えば、攻防一体の凶悪な武器だ。例え刃物が相手でも、そう遅れを取ったりはしない。

 いや、そもそも、トンファーは刀を相手にすることを考慮されて考え出されたと言われているほど、刃物相手には優れた武器だ。遠心力を有効に使った威力や、両腕に持ち、刃物も簡単に受け流したりガードできたりするそれは、もしかすれば、鈍器という部類なら最強なのではないかとすら思える。

 少なくとも、武器という点に関して言えば、マスカレイドでは最強だろう。使いこなせれば、という枕詞はあるが、マスカレイドのルールで、一番良い武器を選べと言われれば、トンファーにたどり着く可能性は高い。

 長くなく、刃物がなく、両腕に装備して、しかも動きを妨げない。遠心力によって生み出される威力は人間を容易く破壊できるだろう。

 そこまで考えてその得物を選んでいると考えれば、おそらくは防具も固めて来ているだろう。そうなれば、死角はない。

 条件だけ言えば、坂下ですら遠慮したい相手だ。それほど武器持ちと素手との差は大きいのだ。

 今のところ、カリュウが武器を使うというのは聞いたことがない。もちろんカリュウに同情するつもりはないが、やっかいな者を相手にするものだと思う。

 しかし、レイカの考え方は違うようだった。

「ふざけた名前だけど、強いよ、本気で。あのバリスタを破っての三位だからね。まあ、それでも勝つのはカリュウの方だろうけどね」

 言い切っていいものなのか、坂下は疑問に思った。今まで見たマスカの上位の人間の実力を見る限り、カリュウが自分が見立ててているよりも強くとも、そう簡単に勝敗は決さないと思うのだが。

 まあ、レイカが冷静な判断で予想していないことぐらいはわかる。かなりひいきが入っているのは間違いなかった。

「レイカ、そんなにカリュウのファンなのかい?」

 坂下にそうはっきり言われて、レイカは顔を赤くして、少し怒った口調で言う。

「い、いいじゃないか。ミーハーとか言いたいのかよ」

「いや、そこまでは言わないけどさ」

 心の中では思っているのは黙っておく。まあ、ゼロなどはその考えが顔にはっきりと出ているようにすら見えるのだが。

「こっちはヨシエと違って、彼氏の一人もいない寂しい身さ。少しぐらいマスカの選手でさわいでもいいじゃないか」

「はあ?」

 坂下は、レイカの突然の言葉に、首をかしげた。

「あんまり残念とは思わないけど、私も彼氏なんかいないんだけど」

「藤田浩之がいるだろ。けっこう仲良さそうだったじゃないか」

「藤田? いや、あれは彼氏じゃまったくないし、その予定も今後一切ないよ」

 別に悪い気にはならなかったものの、レイカの言葉はまったく的を外した内容だった。だから、坂下はまったく慌てることなく言い返していた。

「それを言うんだったら、最近、ランが藤田に色々世話になってるみたいだよ。気をつけた方がいいと思うんだけど。藤田は悪い人間じゃないが、どうしようもないぐらい女ったらしだからね。純真そうなランなんか、イチコロだと思うよ」

 それをできの悪いまったくの冗談と思ったのだろう、レイカだけでなく、レディースの仲間達みんなが笑った。

 唯一、ゼロが苦笑しているように見えたのが印象的だった。

「ランが? ないない、あの子に限って、あんなちゃらちゃらしてそうなヤツになびくなんて思えないよ。そもそも、色恋よりも、あの子はケンカの方が好きなんだしね」

 レイカは、正真正銘ランの姉で、さらに言えば、仲の良い姉妹であり、ランのことを何でも知っていると思っているのだろう。

 今までのランを考えれば、それが笑い話になるのも、間違っていないのかもしれない。が、坂下のあまりあてにならない目で見ると、笑い話どころか、本気の話なのだ。

 まあ、私がとやかく口を出す問題でもないのかもしれないしね。

 ゼロだけは、それを冗談ではないのかも、と思っているふしはあったが、坂下もそれをそのまま冗談で終わらせることにした。

 実際に、ランが浩之に熱を上げるようになったら、レイカも黙っていないのでは、という思いが少しあったからだし。

 何より、うまくいくにせよ、失敗するにせよ、できる限り、ランの邪魔にはならないようにしてやろう、と坂下は考えているのだ。

 それで、ランがつぶれてしまえばそれまでのこと、なのだ。

 そうならないように祈るのが、面倒を見ている先輩としての唯一できることなのだ。

 坂下は、気持ちを切り替える。

 ランにかまっている暇など、すぐに無くなる。ランも大事だが、自分には自分のやらなければならないことがあるのだ。

 まずは、カリュウの試合。見に行かない訳にはいくまい。それで、もしカリュウが負けるようなら、その後のことはそのときになって考えればいいのだ。

 そして、もしカリュウが勝てば、そのときこと。

 坂下は、そのときを、自分でも驚くほど、待ちこがれているのだ。

 

続く

 

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