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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(173)

 

「ランちゃんは、浩之さんのことが、先輩としてではなく、男性として、好きなんですよ」

 初鹿さんの思わせぶりな態度に戸惑う私に、初鹿さんは、いきなりそんなことを言って来た。

 それを聞いた私の第一感想は、仕方ないなあ、というものだった。

 最近、そう誤解されることが多くて仕方がない。まあ、私達の年齢で、男と女が一緒にいればそういう話題になるのは、学校の友達だけでなく、部活でもけっこうそうなので、しょうがないことなのかもしれない。

 ちなみに、最近の話題は田辺さんのいないところでは、田辺さんとビレンの進展があったかなかったか、という部分に特化している。私はけっこう色々見て知っているが、それをあえて口にするような無粋なことはしない。

 初鹿さんが、私と浩之先輩を恋愛で結びつけてしまうのは仕方ないことなのかもしれない。少なくとも、私は一方的に浩之先輩を慕っているのは本当のことであるし。

 しかし、それはヨシエさんに対しても同じである。初鹿さんは、私とヨシエさんが一緒にいることを見たことがないから、そんなことを思うのだ。

 浩之先輩と組み手をするようになってから、そういう誤解を受けることは多かったし、何より私だってその可能性もあるかもと思ったこともあるのだ。

 だが、結局、私のそれは、強い相手に憧れる気持ちであることを、自分で理解している。他の人には、こういうものが少ないから分からないのあkもしれない。

 だから、私は苦笑して、初鹿さんにそれを告げればいいだけだった。

 しかし、声は、出なかった。

「落ち着いて、下さい、ランちゃん」

「   」

 私の喉からは、何も言葉が出て来ない。その形で口は固まったままだった。外から見れば、バカみたいに口を半開きにしているように見えるだろう。

 嗚咽にも悲鳴にも、ましてや言葉になど、まったくならない。

 ……そうだ、全力で走って喉が渇いていたから、声が出ないんだ。

 あれ? さっき初鹿さんが出してくれたジュースを飲んだような。

 ああ、まだ一口しか飲んでいないから、喉の渇きが潤せていないのか。

 二口目のジュースを飲むために、私はコップを口に近づけようとした。

 カタカタカタ

 ?

 不可思議な音が、急に聞こえて来た。いや、前から鳴っていたのかもしれないけれど、私は初めて気付いた。

 コップが、口に近づかない。その変わり、コップに目を向けると、何故かコップの中のジュースが波立っていた。

 よく見ると、コップが震えているようだった。それが、こんな音をたてているのか。

 すっ、と初鹿さんの手が伸びてきたかと思うと、私の手から、コップを取ろうとして、固まった。喉の渇きは気になったけれども、別に渡さない理由もないので、初鹿さんにコップを渡そうとする。

 が、何故か手が動かなかった。まるで上から見えない万力で締められているように、指一つコップから離れない。

 私は、初鹿さん目を合わせた。初鹿さんは、いつものように柔らかい笑顔を浮かべると、私の手に指をかけた。

 ゆっくりと、しかし、ギリギリと音がしそうな動きで、初鹿さんの指は力まかせに私の手からコップをはぎ取った。

 コトリ、とさっきとはうって変わって優しい動きで、初鹿さんはコップを置いた。

「こぼすと困るので、置いておきますね」

 こぼす?

 私は、自分の手を見た。さっきからまったく動かない手は、よく見ると小さく震えているように見えた。

 カタカタカタカタカタ

 すでに、コップは置いているのに、どこからともかく、音が聞こえる。

 そこで、やっと私は気付いた。私の手が、いや、身体が、震えているのだ。この音は、私の震える音。

 そんな私の手を、暖かな初鹿さんの手が包む。

「ごめんなさい、ランちゃん」

 何を、初鹿さんは謝っているのだろうか。

 聞こうと思うのに、声が出ない。喉の渇きなどではない。喉が麻痺したように動こうとしないのだ。

「私が言うべきでは、なかったのかもしれません。こんなこと、人に言われてわかるものじゃありませんよね」

 いや、言われなくてもそう見られているのは知っている。だから、そう思われるのにはもう慣れているのだ。

 だいたい、浩之先輩は、確かに私のことを気にかけてくれているが、男として見たときにどうかと、微妙なところだ。

 顔は、多少やる気なさそうな表情がいただけなが、いい。

 運動神経は、それはエクストリームで本戦に出られるぐらいだし、私よりもよほど強いのだから、いいに決まっている。

 頭の方はよく知らないけれど、バカということはないように思える。

 性格は……そう、浩之先輩には何度も助けてもらっている。私からケンカを売ったのに、それをまったく気にせずに、私のことを考えて色々してくれる。あんなに私のことを考えてくれる人が他にいるだろうか?

 でも。

 浩之先輩は、間違いなく女ったらしだ。

 今考えると、一番最初のとき、私が浩之先輩を、名前をあげるために倒そうとしたとき、一緒にいたのは、凄くかわいい人で、しかも浩之先輩と、まるで兄妹のように親しそうにしていた。

 その前に、私の試合を見に来たときには、松原さんと一緒にいたそうだ。彼女も、まっすぐな瞳が印象的なかわいい子だ。

 さらに、絶世の美少女である来栖川綾香とは、まるで恋人のようにすら見えた。

 学校でもけっこうな有名人で、うわさを聞けば聞くほど、まわりにはいつも女性の姿のある、まさに女ったらし。

 好きになったとしても、泣かされるのがオチだ。いかにかっこいいからと言っても、手を出せば痛いのは自分。まわりで眺めているだけで十分ではないか。

 そんな人だと分かっていて、好きになる人がいるだろうか?

 そんな人を……そんな人を、ヨシエさんは。

 浮かんだのは、浩之先輩に、幸せそうに膝枕をするヨシエさんの姿。忘れたくても、目の裏に焼き込まれたように、消えない。

 ヨシエさんは、浩之先輩のことが、好きなの?

「あ……」

 声が、やっと口からもれた。でも、それに意志はなくて。

「あ、ああ、ああああ……」

 そんな人を、私は。

 ああ、なんてバカげた話だろう。あそこまで女の子に人気のある人を、さしてかわいくもない私では、到底無理だとわかっているのに。何故、人の心は、こうもままならないものなのだろう。

「あああああああああ!!」

 頭の中は、何とか取り乱さないようにと心がけているが、滑稽なぐらいに、私は叫んでいたし、何より、心は引きちぎれそうだった。

 認めなくなかったのに。

 そんなこと、あってはならなかったのに!!

 私は、浩之先輩のことが!!

 

 好き

 

続く

 

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