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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(175)

 

 ランが、儚くも幸福な時間を送っているその頃、坂下は、レイカ達と一緒に街を歩いていた。

 特攻服で身を固めた人間と、どう見ても真面目な女子高生である坂下が一緒に歩いていると、そのギャップの所為か、多くの人間が坂下達に目を向けるが、さすがにレディースの一団をじっと見る勇気はないのか、すぐに目をそらす。

 坂下だって多少は視線が気にならないでもなかったが、とりあえずレイカ達が公共の規則に違反している訳でもないので、何も言わなかった。何せ単車も降りて歩いているのだ。改造は少し気になるが、騒音が出るわけでもないので、問題ない。

 一癖も二癖もあると言うより、社会的にははみ出ている人間達なのだろうが、坂下はレイカ達をそんなに悪い人間とは思えない。むしろ、今時珍しいぐらい純粋なのでは、とすら思うのだ。

 普通なら、レイカ達はまだファミレスでたむろしている時間だが、坂下が帰るというので、それに何人かついて来たのだ。

「わざわざ送らなくてもいいよ、子供じゃあるまいし」

 ここに男がいれば、まあ少しは顔をたててやろうかという気持ちも生まれるだろうが、女が女を送るというのは、あまり意味のないように思えた。

 しかし、それにはゼロが反論したのだ。

「ヨシエの場合、まず問題ないと思うけど、降りかかる火の粉は少ない方がいいだろ?」

 少しだけ降りかかってくれた方が楽しそうなのだが、と坂下は思いもしたが、自分がかなり危険な人間と取られるのも嫌なので、それは口には出さなかった。

 そのかわりに、やはり必要ないだろうと坂下は答えたのだ。

 確かに、坂下はマスカレイドでは外様だ。まずマスクをつけていない。綾香の前例があるとは言え、心象はあまりマスカレイドの人間には良くないだろう。

 しかも、9位のアリゲーターを倒しているので、実質現在の順位は9位となる。

 さらに、綾香と違って、ネームバリューがない。綾香のようにプロでない以上、他の素人との差など、普通の人は知らないのだ。

 これだけの条件がそろった、名をあげるために狙うのなら、丁度良い人間なのだ。

 ゼロが言うのも、少しはわかる。

 だが、それでも狙われないだろう、と坂下は考えていた。

 まず、坂下の勝ち方だ。ナックルをつけた人間の拳を打ち抜いての勝ちだ。素人目には一体何が起こったのかわからない勝ち方だったが、ゼロに聞くと、後からネットで解説が出るらしいので、皆知っているはずだ。

 鉄の拳を打ち抜く拳を、怖いと思わない人間はいまい。坂下は素手でも武器を持つと同じなのだ。

 まあ、しかしそれはあまり問題ではない。坂下にケンカを売るぐらいなら、単なるバカかかなりの実力を持ったものだろうから、相手が強いということは問題にすまい。

 しかし、もう一つの根拠としてあげる理由が、一番大きい。

 坂下を、試合後に怨んで狙おうとしたアリゲーターが、マスカの上位の人間に制裁を受けたことだ。

 口ではやると言っていたが、まだアリゲーターは未遂だった。それでも、何の躊躇もなく制裁は加えられたのだ。

 しかも、あのカリュウの容赦のない攻撃。見ている者に顔をしかめさせるような、容赦のない、残忍な制裁だった。

 同じことをやられるかどうかはわからないにしても、あれを見て坂下にケンカを売ろうと思う人間はいないだろう。

 坂下としては、あの制裁は大きなお世話だとも思う。しかし、部活の後輩達のことを考えれば、少しは感謝しているのだ。

 まあ、同級の池田なら、勝てないまでも、そう簡単には遅れを取ったりしないだろうし、そもそも池田は勝てないと思えば、ちゃんと助けを呼ぶ。その前に、危険な場所になどそもそも出向かないのが池田の頭の良いところだ。

 ついでに、御木本は下手をすればアリゲーターに勝てるかもしれない。それは実力どうこうというよりも、相性の問題だ。坂下的にはあまり嬉しいことではないが、坂下と組んで不良を倒した経験もあり、ケンカの経験も豊富だ。特に、大人数から逃げるというのが御木本は大の得意だから、まったく心配する必要はないだろう。

「それでも、警戒しとくに越したことはないさ。何せ、あのアリゲーターはかなりしつこいので有名だからね」

 ゼロの言うことももっともなのだろうが、今の坂下にとってみれば、アリゲータークラスの人間と戦いたいというのが本音だ。それがないとわかっているからこそ、不満なのだが。

 そんなわけで、合わせて五人ばかりで夜の街を歩いているのだ。ここなら人通りが多いのでまず問題ない。むしろレイカ達が目立っていることの方が問題だ。

 ここから、住宅街に入るにしたがって人通りはすくなくなっていく。余計にこのメンツでは目立つように思うのだが、レイカ達は一人で帰してくれそうになかった。

「そこでカリュウはひるまずに懐に入って、タックル一発さ」

 レイカが、もう隠す必要はなくなったと思ったのか、共通の話題が出来たとでも思っているのか、お気に入りのカリュウの試合について、熱く語っている。

「ふーん」

 一応、戦う相手なので、何を得意とするのかぐらいはわかっておこうと思って、耳は傾けているのだが、返事は適当なものだった。

「体格差をものともせずに、あっさりとテークダウン取ってマウントだよ? 仕留めるときも、冷静に掌打で三発、クールじゃないか」

 坂下が話を適当にしか聞いていないのに、気を悪くした様子もなく、レイカは話続ける。レイカ達のチームはほとんどはカリュウのファンらしく、残りの二人も話に入っていた。

 ただ、坂下はカリュウの話題で盛り上がる気など最初からなく、そうでなくとも、集中はできなかっただろう。

 中では唯一ゼロが何かに気付いているのか、浮かない顔をしている。

 まさか、気配でわかる訳ではないだろう。おそらくは、坂下の様子から想像してのことだろう。やはり、レディースにしておくには惜しいほど、目端が利くようだ。

 さっきから、後ろを誰かにつけられているのに、坂下は気付いていた。というよりも、相手が見つけてくれと言わんばかりに気配を放っているのだ。

 ゼロに平気だ、と言った矢先にこれだった。まさか人が増えるのを待ってた訳ではないだろうが、神社からレイカ達に会いに行く途中には、まったく気付かなかったのだ。

 しかし、この状況に、坂下は胸がどきどきしているのを自覚していた。一度は浩之に相手してもらったことで治まっていた病気が、また首をもたげる。

 ただ、相手の姿は見えない。こちらからケンカを売る訳にはいかず、坂下は仕方なく普通に家に向かって歩いていた。

 レイカ達がいなくなれば、と思うが、正直、どう説得したものかわからないし、本当のところを言ったところで、ゼロは坂下の意見を却下するだろう。

 しかし、まさかアリゲーターではあるまい。

 ついこの間あそこまでやられたのだ。仕返ししようにも、身体が言うことを聞かないだろう。

 ま、もしアリゲーターだったときは。

 今度は、二度と仕返しなど考えないぐらいに、その身に恐怖を叩き込むだけなのだが。

 今の坂下はそんな気分で、もちろん普通でもそうするが、今日はいつもよりも少しばかり酷くやるだろう。

 もっとも、それも相手から仕掛けてくれば、であるが。

 まあ、せめて人気の少ない公園でも通ろう。

 そんなことを考えながら、坂下は歩を進めるのだった。

 

続く

 

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