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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(181)

 

 浩之の家に遊びに来たランだが、家についてすぐに、自分の家に帰ることになった。もし、浩之が送ってくれなければ、駄々でもこねたい場面だった。

 しかし、仕方ない。坂下がチェーンソーに襲われたというのは、確かに遊んでいる状況ではなかった。

 すでにチェーンソーは坂下から逃げ、今どこにいるのかわからない。浩之は狙われたことがあるのだから、ランが狙われない理由もない。

 まあ、その点で言えば、浩之や坂下と一緒にいない限り、自分が襲われることはないとランは思っていた。

 それは、浩之や坂下は自分が狙われる可能性を捨てられないと思うが、ランのようなザコを、チェーンソーが気にする可能性はない。情けない話だが、ランは自分がどれだけ注目されていないのか、わかっているのだ。

 しかし、それを口にする必要はない。何も言わなければ、浩之が家まで送ってくれるのだ。その点で言えば、チェーンソーに感謝したいぐらいだ。

 ……いや、あんまり感謝はできないかも。

 いつものやる気ないような顔をしながらも、浩之はいつもと違って、辺りを警戒しているのがわかる。

 緊張感のある浩之も嫌いではないが、やる気がないが、しかしどこか優しい顔の浩之の方が、ランは好きだった。

 そんな浩之の姿を見て、自分が悪くない、とはランは言えない。

 限界まで身体を酷使した練習の後に、ランの相手をしているのだ。会っただけでランが満足していれば、やっと身体を休めることができたのに、ランがわがままを言ったばっかりに、浩之は余計な苦労をしている。

「で、ランの家ってこっちでいいのか?」

「はい」

 自分が悪いという自覚はあるので、どうしても口数は少なくなるが、送ってもらうこと、一緒にいられること自体は嬉しいと感じてしまう。

「しかし、俺達のときもそうだったけどさ、チェーンソーも、何で逃げるんだろうなあ」

「……何か?」

 坂下相手はどうかわからないし、浩之とランが一緒に相手したときも、ランは冷静ではいられなかったので、あまり記憶がないが、単純に何か不利、例えば二人を相手しなければならない、という状況では、いかに強くとも逃げてもおかしくない。

「いや、何のつもりか知らないけど、多分、強い相手と戦いたいとか、マスカレイドでうろちょろされると目障りだとか思われたってことだろ?」

 坂下はともかく、浩之はマスカレイドに積極的に関わっている訳ではないので、その理由には当てはまらないと思うのだが。

「そうですね」

「じゃあ、何で坂下から逃げるんだ? 俺と戦ったときは、多分戦うまででもないと思った可能性もあるけどさ、坂下はそういうことはないだろ?」

「そんなことはないです」

 浩之が戦うまででもない人間だなどとは、ランは認めたくないし、そんなことは絶対にないと言い切れる。

 自分がむきになっているのはわかっていたが、止められるものではない。

「浩之先輩は、強いです」

「お、そんなにはっきり誉めてくれるってのは、珍しいな」

 そう言われて、カーッ、とランの頬が赤くなる。

「ぜ、前言撤回します。浩之先輩なんてヨシエさんにボコボコにされればいいんです」

「いや、今日やられたし」

 欲求不満の坂下に付き合わされて見事KOされた浩之。もし、送っていくランがいなければ、チェーンソーに逃げられて、またフラストレーションのたまった坂下に、言葉通りボコボコにされていたことだろう。

 そういう意味では、ランは浩之の身の安全を守ったことになるかもしれない。

 ランを怒らせた、実際のところはランが恥ずかしくなって怒ってごまかしたのだが、ので、話が途中で切れたが、やはり浩之には、チェーンソーの動きが読めない。

 だから、浩之はランを送っているのだ。浩之が戦うまでもない相手と思われたというのは捨てきれないし、ランが襲われる理由はあまりないと思う。

 しかし、相手を読み切れない以上、浩之は心配しない訳にはいかない。浩之とランの二人がかりでも、ギリギリだったのだ。もし、ラン一人で会ってしまったら、大した抵抗はできないだろう。

「まあ、チェーンソー相手だと、俺なんてあんまり役にたたないと思うけどな」

 自虐的ではなく、単なる事実として、浩之はそれを口にする。

「……そんなことありません」

 浩之から目をそらして、顔を赤くしたまま、ランがぼそりとつぶやく。聞こえるか聞こえないかのその声を聞いて、浩之はランに気付かれないように微笑んだ。

 ランが、自分を慕っているのはわかっているし、それは心地よい。自分の強さを、過大評価しているのも、その延長上にあるものだとわかっているので、不快ではない。

 しかし、チェーンソー相手に、浩之は何が出来るだろうか。

 正直、ランを逃がす時間を稼ぐのが精一杯だろう。しかし、ランが素直に逃げてくれるとはとても思えない。

 頼むから、一日に二回人を襲うなんて非常識、やめてくれよ。

 祈るような気持ちで、浩之はランと歩いている。

 一日に一回なら襲っても非常識ではないのかとか、そんなつっこみはなしだ。そういう世界に、今坂下は足をつっこんでいるし、ランはそんな世界につかりきっている。浩之は関係ないつもりだが、関係してしまっているのは否定できない。

 あの、怖ろしく速く、そして生き物のように動く鎖を、浩之は何回避けることができるだろう?

 いや、鎖がなくとも、あの体術は、浩之よりもよほど上の世界にある。

 戦いたい、とは浩之も思う。浩之も、坂下ではないのだが、格闘バカの血がさわがない訳ではないのだ。一度は戦ってみたいと思うほどの強さを、チェーンソーは見せるのだから。

 しかし、それにランを巻き込みたくはないと思う。

 反対に、ランはランで、絶対にその場にはいよう、少しでも、浩之の役にたとう、と思っているのだから、うまくいかないものである。

「浩之先輩」

「ん?」

「……すみませんでした」

 何のことをあやまっているのか、浩之はよくわからなかったが、ランが少し沈んでいるように思えた。

「気にするな」

 少なくとも、浩之は何も不満はない。だから、それも嘘ではないのだ。ただ、それでランの気が晴れたようには、まったく見えなかった。

 浩之の不安を他所に、ランの家まで、二人は何かに襲われる、ということはなかった。

 

続く

 

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