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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(182)

 

 浩之は、今日最後の仕事とばかりに、暗い夜道を走っていた。

 ランを家に送って行った後、ランの誘いも断って、家に帰る途中。

 まあ、少し練習が長引いたと思えばいいか。

 もうけっこうどころか、最近の浩之ならすでに寝ていてもおかしくない時間になって来たが、健全な高校生なら、まだまだ寝るには早い十時過ぎ。

 しかし、親ってのはどこもあんなもんか。

 浩之が家に来たときの驚き様と言ったらなかった。しかも、ラン以上に浩之にお茶でも飲んでいくように勧めて来たのだ。

 ランに多少邪険に扱われていたようにも見えるが、冷静に考えると、自分も親をけっこう邪険に扱っているような気がするので、人のことは言えない。

 ……あれは、確実に彼氏に見られたよなあ。

 これも、葵が家に来たときに、母親が勝手に彼女として扱っていたので、よくある話なのだろう。ランの性格から言って、男友達を頻繁に家にあげているようには、見えないのだから。

 ま、今日みたいなことがない限りは、行くこともないと思うが。

 浩之だって、友人の家には、あかりと雅史の家以外にはほとんど行ったことがないのだ。考えてみれば、女の子を送って行ったこともない。

 今までなかったということは、もう当分ない、ということだ。

 自分に、女友達が少ないとは、さすがの浩之も思っていない。縁で言えば、けっこうあるほうかな、ぐらいには浩之は思っていた。

 しかし、遊びに出ることは極端に少なくなった。学校で少し話すぐらいだ。

 自分の時間、最近はほとんどないしなあ。

 それに後悔はない。仕方ないのだ。そうでもして、時間を練習に向けないと、今ある差を縮めることなどできない。

 事実、浩之はエクストリーム予選三位で、単純に考えれば、予選で後二人自分よりも強い相手がいて、本戦に行けば、もっといるはずなのだ。

 次にあの格闘バカと戦って、また負ける気なんてねえし。

 あの敗戦は、いい経験にはなったが、今までの負けの中で、一番重い。この間たまたま寺町に、空手部で会ったが、正直、どう接していいのかわからないぐらいだった。まあ、その点をまったく気にしていない寺町相手には必要のない気持ちだったようだが。

 しかし、そんな寺町も、ただ単に、通過点にしか過ぎない。

 ……俺は、綾香に近づけているのか?

 結局、どんなに葵が、ランが、その他の女の子達が、浩之のことを思っても、浩之が一番考える女の子は、ただ一人。

 それが、健全な、また不健全でも、普通の男が女を考えるようなもの、ではないことに関しては、多少問題があるのかもしれないけれど。

「はっはっ、はっ」

 思うだけで、胸の奥が締め付けられるような気持ちになって、浩之は息を乱す。

 まだだ、まだ足りない。綾香には全然だ。少なくとも、チェーンソー相手ぐらいなら、対等に渡り合えるようにならないと、綾香の世界にはたどり着けない。

 ランといるときはは襲われたら困るが、今なら問題ない。コンディション? どうせ、今の俺では、コンディションなんて関係なく、相手にならないだろう。

 それでも、と浩之は思う。

 今なら、全身全霊をかけて、チェーンソーと相対峙するだろう。少しでも、綾香に近づいていることを証明するために。

 そんな、浩之の願いが、意地の悪い神様に通じたのか。

 浩之は、自分の家の前まで来て、その殺気に気付いた。

 ……誰かが、玄関に待ってるみたいだな。

 辺りには、獣の気配さえしない。まあ、普通の住宅街に獣はいないだろうが、比喩というものだ。肉食獣がいても、身の危険を察知して逃げ出しているだろう、と言いたいのだ。

 それほど、鋭い殺気が、夜とは言え、住宅街の真ん中で放たれているという非日常は、正直浩之もどうかと思うが、最近それが普通になりだした浩之は、慣れというものの恐ろしさを知った。

 ……つうか、普通に逃げ出したいんだが。

 さっき決意を固めた浩之だが、もともとどちらかと言うと軽いタイプの浩之は、自分が軽いタイプと言われるだけでここから逃げ出せるのなら、逃げ出したと思っていた。

 家までばれたのか? まあ、考えてみれば、街の中で探し出すよりも簡単な気がするが。

 色々と危ない人間もいそうなので、親がいないのは幸い、と言えた。後は、しばらく家には来るなとあかりに言うだけだった。もっとも、それに関しては、あかりは言うことを聞くかどうか怪しいのだが。

 朝練を早くに切り上げて、あかりの家に向かえに行くしかないか。

 あかりを一人で学校に行かせるのと、自分が一緒に行くの、どちらが安全かと考え、浩之は後者を選んだ。まあ、朝に限って言えば、襲ってくるような人間は寝ているような気もするが。

 一分ほど、息が整うのを待ってから、浩之は、自分の家へと、近づく。

 そこで待ちかまえていた人物を見て、浩之は己の判断のうかつさを呪った。

「……遅い」

 そして、浩之は恐怖で固まった。固まろうと言うものだ。

「あ、綾香」

「こんな時間まで、何やってるのよ浩之。家に電話しても出ないし、また一人で楽しいことでもやってたの?」

 そこには、その美貌の顔の、眉間にしわを寄せて、不機嫌そうに浩之を睨み付ける綾香の姿があったのだ。

 綾香は、不機嫌も不機嫌、風船を針でつつく方がまだましと言えよう。

 浩之のターン、浩之はいいわけをした。

「何か坂下が路上で狙われたらしくってさ、危ないから、ランを家まで送って行ったんだけど」

「……ふーん」

 ミス! 浩之は墓穴を掘った。

 と、テロップが出るぐらいの失敗だ。それに気付けない浩之の鈍感さに乾杯するしかないだろう。しかも、浩之は殺気こそ理解できるが、綾香が何故怒っているのか、その理由が待たせたからぐらいにしか思っていないという、致命的な状況だ。

「人が、電話しても出ないから、何かあったのかなーと思って家まで来てみれば、当の本人はかわいい後輩と仲良くしてて、こんな暑い夜にか弱い女の子を、一人で外に待たせるんだ」

 浩之の観点から見ると、まったく事実と違うことを言う綾香。

「全部つっこみたいが、とりあえずか弱い部分ぐらいは自分で修正しとけ」

 浩之は、だいたいいつもそうだが、事実だがTPO(時間、場所、場合にあった方法で、つまり空気を読めということ)を考えるべきだろう。

「浩之……死にたい?」

 にこやかに尋ねる綾香。つまり、もう浩之に選択肢はない。

 まだ聞いてくるだけ、綾香も丸くなったのかもしれない。

 そんなことを考えながら、浩之は回避、および防御行動を取るのだった。完全に手遅れとはわかっていながらも。

 

続く

 

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