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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(183)

 

 浩之はお風呂に入ると、まず髪から最初に洗う。まあ、男の身体を洗う順番など誰も知りたいとは思わないだろうから、いらない知識だが。

 いらない知識ついでに言えば、最近は夜にお風呂を沸かすのが日課になっている。疲労のたまった身体を癒すのに、シャワーでは味気ないからだ。

 というわけで、浩之はがしがしと頭を洗う。

 いつもなら、苦しい鍛錬が終わって、やっと一息つける時間のはずなのだが、今の浩之はどちらかと言うと緊張が解けていない。

 女の子じゃねえが、やっぱり、アレだよなあ。

 実は、居間に綾香を待たせてあるのだ。

 誤解をまねくかもしれないが、まあどこまでが誤解なのか怪しいものだが、色気のある話ではない。綾香は当然普段着のまま、お風呂も入っていない。

 こんな時間に綾香が来ることも珍しい。とりあえず何か用事があるらしかったが、浩之が汗くさいと言って、無理矢理お風呂を勧めて来たのだ。

 確かに、浩之もさっぱりはしたいが、綾香がいる状態で、落ち着いて入れる訳がないし、浩之も男だ、ほんの少しだけ、期待しないでもないのだ。

 まあ、期待するだけバカだと理解している部分は、かなり冷静と言えるだろうが。

 いや、それでも期待はある。ああ、でも期待するだけバカなんだよなあ、でも、やはり捨てるにはおしい期待だし……

 浩之が頭を洗いながら悩んだところでどうなるものでもないのだが、そこは健全な?青少年だ。いたしかたないだろう。

 しかし、現実の話をすれば、起こることは決してない。だからこそ、脱衣所から聞こえて来た声に、浩之は一瞬思考が止まった。

「浩之〜、入ってる〜?」

「って、綾香っ、ててっ!?」

 聞き間違えることはない。脱衣所から聞こえる声は、明らかに綾香だった。振り返ろうとして、シャンプーが目に入って悶絶する浩之。

 慌ててお湯を被ると、浩之は振り向く。

 すりガラス越しに見えるのは、白い服を着た綾香。浩之の記憶では、綾香は今日は青っぽい服を着ていたはずだ。

 まさか……いやいや、騙されるな藤田浩之。絶対に綾香の罠だ。きっとさっき待たせたことを根に持っているんだ、そうに違いない。

 そう思っても、目がそちらに行くのは止められるものではない。

「背中、流してあげようか?」

 あっけらかんとした綾香の声。一瞬意識と一緒に理性も飛ばしそうになった浩之だったが、すぐに我に帰る。

「ち、ちょっと待て!」

 相手の格好もさることながら、自分の格好に気付いたのだ。

 まさに一糸まとわぬ姿。まあだから誰も想像したくなどないだろうが、とにかく、浩之は裸だ。綾香相手でなくても、分が悪すぎる。

「ま、待て綾香」

「何よ?」

 ガラス越しの不機嫌な声。

「ここは風呂なわけだ。で、俺には服を着て風呂に入る趣味はないわけで」

「私にだってないわよ」

「いや、だから、つまりあんまり人様に見せられるような格好をしていない訳で……」

「なるほどね、浩之の言いたいことはわかったわ」

 浩之は、ほっと胸をなでおろす。後から考えてみれば、何故綾香が納得してくれたなどと思ったのか、浩之本人も理解に苦しむほどの甘い考えだった。

「浩之が裸だからこそ嫌がらせになるんじゃない」

 綾香は、一言でそう切って捨てると、扉に手をかけた。

 やっぱり嫌がらせかよ!

 浩之は状況を把握、これしかないと、素早く湯船にダイブ。逃げ場がないことは頭ではわかっていたが、他に逃れる道もなし。

 と同時に入って来た綾香は、バスタオルを身体に巻いている状態。すりガラス越しに見えた白い服の正体は、このバスタオルだったのだ。

 ……。

 思わず、浩之は言葉を失ってしまった。

「……何、浩之。そんなエロい目でこっちじっと見て」

「あ、いや、わ、悪い」

 全然恥ずかしがっている様子もない綾香に、浩之はあやまって、慌てて目をそらす。

 知ってはいたが大きな胸を隠すのは、白いタオル一枚で、思い切り押し上げられている。バスタオルの長さが足りないのか、大事なところ、どこかは秘密、が今にも見えそうだ。

 しかるに、こちらは一応確保しておいたタオルが一枚。綾香のつけるバスタオルよりも心許ない。

 いや、確かにこちらは防御できないが、考えてみれば、あちらも今は防御できない態勢。

 言わば、真っ正面からの殴り合いだ。

 見られると痛いが、しかし、こちらも見てしまえばフィフティーフィフティー、どころかこちらが一方的に嬉しいのでは、と考えていると、余計に防御不可能な形態に一部分が変形している、いや、さすがにまずい。

 硬直と挙動不審を言ったり来たりしている浩之を、綾香はにんまりと、獲物を捕らえた獣のような目で見ているが、今の浩之はそれすら気付けない。

「なーに、浩之。もしかして、バスタオルの中、見たいの?」

「!?!?」

 完璧にからかわれているのは、まわりから冷静な目で見ていれば気付くと思うのだが、悲しいかな、その状況に陥った男に、その冷静さを求めるのは、酷と言うものだ。

 だが、それにもまして我らが浩之は、鈍感ではあるが、意気地なしでは、あんまり、ない。とりあえずエロさに関して言えば、意気地のなさを越す、と思いたい。

「あ、いや……そりゃ、見たい……かな」

 勇者にブラボーな瞬間だった。

「ふーん、見たいんだ。まあ、そう言われたら、見せても、いいかな」

 あろうことか、そう言うと綾香は、バスタオルに手をかける。

 え、まじですか綾香さん、もしかして、フラグ立った? というか童貞おさらば?

 綾香は、一度目を伏せ、そのまま浩之から顔をそむけたまま、バスタオルを、落とした。

 健康的で、病弱などという言葉は思いつかないが、しかし、驚くほど白い肌。白い肌。そして白い布地。

 大事なところを申し訳程度とは言え、完璧にガードする白い布地。というか、これで下着ならまだ救いもあっただろうが。いや、誰が救われたかと言われると困るが。

「……て、何で水着なんだよ」

 あまりのことに、酷く冷静につっこむ浩之。

「そりゃ、夏休みに海やプールに行くのに水着は必要じゃない。ちなみに、これは友達と遊びに行くようで、本命じゃないわよ」

「じゃなくて、何で今水着なんて持ってるんだよ」

「友達と買い物に行ったからに決まってるでしょ。誰かさんが付き合ってくれないから」

「ていうか、俺の純情は?!」

「エロい想像して純情言うな!!」

 綾香の水着姿で少しだけサービスの効いたキックは、嘆く浩之を一蹴、湯船の中に沈めた。スカートとどっちがサービス精神に溢れているのかは、趣味によるだろう。

 沈む浩之を、弄んだのは綾香であり、今日の浩之は、自業自得とは言えない、と思う。

 

続く

 

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