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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(185)

 

 思わぬ人物の登場に、路地裏はざわついた。

 浩之は、ほほをぽりぽりとかきながら、まあそうだよなあ、と呑気というよりも達観してまわりからの視線を受けた。

 普通なら、こんな路地裏にこんなに人が集まることなどない。しかし、それはマスカレイドの試合があるからなので、不思議ではない。

 そりゃ、綾香が観客として来れば、驚くのは当たり前だよなあ。

 度胸があるとか、そういうレベルを超越しているように浩之には思えた。多分、観客の方も、来栖川綾香が平然と試合を見に来るなどとは予想していなかったと思われる。

 ついでに……

「あの横の男何?」

「護衛か何かじゃないの? 頼りなさそうだけど」

 うるせえ。

 まわりから聞こえるつぶやきに、浩之は、心の中で悪態をついた。

 考えてみれば当然の話で、危険もさることながら、綾香と行動を共にするのは、非常に目立つのだ。

 身の危険はともかく、せめて彼氏と考えてくれないものか。

 頼りなさそうと感じるのは、この際仕方ないとしても、普通、若い男女のペアなら、カップルと考えるのが普通じゃないのだろうか?

 それは回りから、綾香と浩之の関係を見たときに、どう見ても浩之が綾香に付き従っているようにしか見えなかった所為だと思うのだが。

 綾香はそんな浩之の考えなど知らないという風に、ついでにまわりの観客の目もまったく気にならないのだろう、ずかずかと歩を進める。

 綾香の進行方向の人間が、モーゼのように分け開き、そこを堂々と綾香は浩之を連れて歩く。その様は、外様の選手とは思えない。

 しかし、時折敵対の視線は受けるものの、ちょっかいを出されるということもなく、その点だけは、浩之が安心できる材料となった。

 不安材料が減ったので、浩之は少し安心して、まわりに目を向ける余裕ができた。

 それにしても……俺の気の所為じゃないよな?

 視線は感じるが、それでもあからさまに見る人間はいなかったので、浩之はまわりを見渡したのだが、そこで気付いたことが一つあった。

 今日の観客は、圧倒的に女性の方が多いことに。

 女性8:男性2ぐらいの割合だろうか。いつもはむしろ男の方が多くいたはずなので、驚くほどの逆転現象だ。

 それだけ、今日の試合の選手が、女性に人気があるってことなんだろうが。

 確かに、カリュウが出たときは、かなりの黄色い声があがっていた。しかし、おそらくは、今日のカリュウの相手も、女性に人気のある選手なのだろう。

 というか、横断幕まで用意されているようで、マスカレイドの試合としては、ちょっと異様にすら思える。

 確か、ギザギザ、とか書いてあったか。

 まったくうけるネーミングセンスではないように感じるのだが、まあ、マスカレイドの選手の名前に関しては、そうひねったものもなく、むしろこのギザギザなどはひねっている方なのかもしれない。

 とにかく、今日のマスカレイドの観客層は明らかにいつもと違う。当然、いつもなら横断幕もない。今の状況は、まるで美形アイドルのコンサートのようだ。

 この雰囲気に、観客の男達は多少居心地が悪そうである。かく言う浩之も、正直あまり居心地がいいとは思えなかった。

 いや、何かむしろ男達から敵意の目で見られた方が楽なんじゃないのか?

 明快な敵意ならどうとでもなるが、女性に囲まれた居心地の悪さというのは、どうしようもないものだ。マスカレイドではヒールである綾香よりも、むしろ男である自分が睨まれているような気すらする。

 せめて、もうちょっと知り合いがいればここまで居心地が悪いとは思わないんだろうけどなあ。

 浩之が、そんなことを考えたときだった。

 明らかに浩之達と違う方向から、ザワッ、と人のざわめきが起きた。つられて、浩之はそちらを向いて、丁度こちらを見ていた相手と目が合った。

「あ」

 向こうも同じ声を出したのだろうことは、口の形でわかった。

 浩之が何かに気付いたのを感じて、綾香もそちらの方を向く。

 そして、近づいてきたその人物に、綾香は声をかけた。

「何、好恵もこの試合見に来たの?」

「そう言う綾香も来てたんだね。見る方にはあんまり興味ないかと思ったんだけど」

「デートよデート。こうでもしないと、最近の浩之付き合いが悪くってね」

 綾香はまったく動じることなくそう言い切ったが、正直、まわりの人間に聞かれているのでは、と思って、浩之は内心びくびくしていた。

 坂下相手なら今更だが、マスカレイドで、綾香の彼氏と判断されるのは、正直あまり得策ではないような気がする。情けない話だが、下手をすれば、自分が人質になりかねない。もちろん、綾香に対するだ。

 まあ、それにしても、堂々とした二人だった。アイドルのコンサートのような雰囲気になっているこの場所で、明らかにこの二人だけ違うというのに、自分達が正しい、と素で思っているのだろう。

 一応、敵地のはずなんだけどなあ。

 そんな心遣いをこの二人に期待する浩之の方が、この場合愚かなのだろうか?

「そういう好恵はどうしたのよ?」

 その質問に、坂下は不快感をあらわにする。というか愚痴をこぼすと言った方が正しい。

「どうしたもこうしたも。本当なら、今回のカリュウの相手は私のはずなのに、前哨戦とかあるんだからね。しかも、私にじゃなくて、相手にだよ?」

 坂下の気持ちもわからないでもない。浩之はマスカレイドに関わった坂下を見ていたが、坂下はカリュウと戦うことに、かなりこだわっていた。それを邪魔されたとなれば、不機嫌にもなろうというものだ。

「これでカリュウが負けるようなら、暴れるつもりで今日は来てるだよ」

 いや、暴れるなよ、危ないから。

 素でつっこみたい気分だった。坂下が暴れ出したら、止められる者など、この場所にはせいぜい綾香しかおるまい。マスカレイド上位だって役にたつかどうか。

「いいわね、そのときは一緒に暴れようかな」

「いや、まじで止めてくれ」

 今度は心だけでなく、ちゃんと口にして止める。二人が暴れたら、それこそ怪獣が通った後のようになりかねない。死人が出ない方がおかしい。

 坂下は、肩をすくめた。

「冗談だって、私は綾香みたいな非常識じゃないよ」

「別に私だって非常識じゃないわよ」

 いや、どっちも非常識だと俺は思うんだが、それは心の中に止めておくけど、多分綾香には殴られるんだろうなあ。

 浩之の心を読んだ綾香によって殴られそうになる浩之は、素早く回避行動を取ろうとしたのだが、その二人の動きを、横からの声によって止められた。

「ちょと、ヨシエ。どうした……て、うわっ、来栖川綾香」

 言わずもがな、レイカ達ご一行だ。当然、そこにはランもいる。

 送られて来た五枚のチケットは、坂下とラン以外は、公平にジャンケンで選ばれ、はかったように、レイカとゼロは三人の中の二人に入っていた。もう一人とレイカは、頭にはちまきまでつけている。カリュウラブとか書かれたそれは、どう見てもレディースには見えない。

「凄い、ヨシエ。ほんとに来栖川綾香と知り合いだったんだね」

「ほんとにって、信じて無かったの?」

 坂下は苦笑した。まあ、綾香は芸能人と同じレベルの人間だろうから、そう思われるのも仕方ないのだろう。

 レイカの脇を通って、もう浩之は見慣れた姿、ランは、浩之の前に立つ。

 相変わらず不機嫌そうだが、それでも、ちゃんと浩之の方に顔をやって、頭を下げた。綾香の方には、ちらりと目をやる程度だった。

「どうも、浩之先輩、来栖川さん」

 それを見て、ランが嬉しそう、とは誰も思うまい。浩之は嬉しそうとも思わなかったが、不機嫌そうとも思わなかった。

 そんなランを見て、坂下が多少心配そうな顔をしたが、それに気付く者は、この中にはいなかった。

 

続く

 

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