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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(186)

 

 早く試合始まらないものか。

 浩之は、女の子達に囲まれて居心地悪そうにしながら、そんなことを考えていた。

 まず、綾香や坂下はマスカレイドではヒールであり、居心地がいいわけがない。しかも男の比率が少ないし、さらにまわりは女の子に囲まれている。

 注目度は、女の子に集まった時点で落ちたようにも感じるが、まわりが女の子だらけになったので、居心地の悪さは倍増だ。

 試合が始まれば、意識もそちらに集中できて、居心地の悪さは感じなくなるのでは、と思うのだが。

 鈍感な浩之は、もっと居心地の悪くなる状況であるのに、まったく気付いていない。ランも報われない話だ。

 ちらちらと浩之の方を、ランが気にしているのに気付いているのは、坂下と、もしかすると、綾香も気付いているのかもしれないが、まったく気配は見せない。

 まあ、そんな浩之の気持ちが通じたのか、ざわつきが、金網に囲まれた試合場に人が出て来たのを見て、一気に静まる。

 赤いサングラス。言うまでもない、赤目だ。

 マイクが無くても、響く赤目の声が、観客席の端から端まで届く。

「さあ、お嬢様方お待たせいたしました!!」

 観客に女性が多いのはちゃんと理解しているのだろう。赤目の挨拶はそれから始まった。

「お嬢様方には夢か悪夢か、今日はマスカレイドが誇る二人のアイドルの戦いです!!」

 ワー、と言うよりも、キャー、と表現した方が良いだろう声が、観客からもれる。

「まずは、マスカレイド創世記からマスカを支えて来た勇、バリスタを退けて登り上がった頂上の端、今さら下の相手などしたくないでしょう!!」

 ぐんっ、と大げさに、赤目が入り口の方を手で指す。

「マスカレイド三位、ギザ、ギザっ!!」

 キャーーーーーーッ!!!!

 悲鳴にも似た、というか明らかに悲鳴にしか聞こえない歓声が沸き起こる。

 派手なパフォーマンスなどはなく、その歓声の中、金網で囲まれた道を、その男は歩いてくる。

「……て、マスク被ってない?」

 ギザギザは、素顔をまったく隠していなかった。なるほど、確かにかなりの美形に、そして長身で、女の子受けがいいのはわかるが、しかし、マスカレイドでマスクを被らないのは、綾香と坂下だけで、どちらもヒールのような扱いになっている。

 いや、まあマスクを被らない方がそりゃ人気は出るだろうけどさ。

 ここまで女の子に人気があれば、それは嫉妬の一つぐらいは受けるだろうし、下手をすれば女の子に狙われる可能性も考慮しなければならないと思うのだが、その中で素顔をさらすというのは、よほどの自信の現れか。

 しかし、それにしたって許されるのか? と浩之が疑問に思っていたら、女の子達に愛想良く手を振るギザギザの手に、あるものを見つけた。

 ……ヘルメット?

 マスクはない。しかし、その手には、持ち武器であるトンファーの他に、頭を完全に覆いそうなヘルメットがあった。

 それは、あの恐怖すら覚える相手、チェーンソーのことを思い出した。

 武器を持ち、防具を固め、格闘技のスタイルで戦う。綾香が予測する、マスカレイドでの効率の良い戦い方。

 トンファーの戦い方は、詳しくは知らないが、武器だけでなく、打撃も使うし、関節技も使うはずだ。ギザギザが必ずそう、とは言えないが、もしそうならば、まさに完璧、効率の良い戦い方、ということだ。

 にこやかに愛想を振りまいていたギザギザだったが、試合場に入るやいなや、いきなり表情が変化する。

 今までは穏やかというかどこか軽そうだった表情が、見ただけで切れるのでは、と思うほどに鋭くなる。

 もう、そこにいるのはアイドルではなかった。一匹の、戦いに身を置く獣の姿。

 まわりを見ると、ギザギザのファンらしい女の子達は、その姿を見てゾクゾクとしているようだった。格好いいだけでない、その危なさが、ギザギザの人気の秘密なのだ。

 ギザギザは、声を出す変わりに身を震わせる女の子達にはもう一瞥も向けることなく、マスク、ではなくヘルメットをつける。

 口は出ているが、目まで覆うヘルメットに、顔が隠れるが、その鋭さはいささかも衰えない。

 ヘルメットに描かれた、ギザギザの模様。しかし、おそらくは、その名前の由来はその模様ではなく、彼のそのギザギザにも感じられる、荒い鋭さ。

 ギザギザは、トンファーを逆手に持つと、軽くそれを回し出す。ヒュンヒュンと風を切ってまわりだしたそれを、ギザギザはおもむろに振る。

 腕のしなやかな振りと、遠心力によるスピードとパワーの増加。

 雰囲気だけならば、浩之もそんなに気にならなかっただろうが、そのトンファーのスピードにはぞくりとするものがあった。

 トンファーの先端ともなれば、かなり速い。おそらく本気で振り回してはいないのに、浩之でもやっと目で追るほどだ。チェーンソーもそうだが、武器というリーチを手に入れたとき、先端のスピードは素手のそれを上回る。

「へえ」

「ふうん」

 横の綾香と坂下の二人が、それぞれに感心したのか、声を出す。

 二人が感心するほど、と言えば、そのレベルが伺い知れるというものだ。もっとも、二人とも自分が負けるとは思っていないだろうが。

 さっきまで浩之に気を取られていたランも、さすがにギザギザの動きを目の前で見て、言葉もないようだった。

 外見だけではない、どころじゃないな。俺なら、勝てるかなあ?

 正直、浩之は、不安に思う以上に、無理かなと思った。前に綾香と戦った、四位のリヴァイアサンも倒せるかわからなかったのだから、三位の選手に勝てる道理もないのだ。

 ギザギザは器用にトンファーを身体のまわりで回転させながら振る。一見、大道芸にも見える動きだ。

 二本のトンファーを自在に操りながら、軽いステップを踏む。当然だが、素人が武器を持っているのとは違う、洗練された動きだった。

 これに対抗するのに、相手は素手か。

 カリュウの試合はそんなに見ていないが、武器を使うことは見たことがない。今まで武器を持っていなかったから、武器を持ってはいけないという理由はないだろうが、付け焼き刃でどうにかできるとは到底思えなかった。

「対するはっ!!」

 ギザギザがその動きを、一通り観客に見せたのを見たのか、待っていた赤目が、声を張り上げる。

「同じく、マスカのアイドルとも言える人気と実力、創世記からとは言わないまでも、長い間マスカと共に歩んできた、孤高の戦士!!」

 そういえば、同じようなことをレイカが言ってたなあ、と坂下は考えていた。そういうあまり必要のない情報も、ファン達は心得ているのだろう。

「ついに、ここまでたどり着いた、後は、これに勝って、外敵を倒せば、本当に頂上に立てるかもしれない!!」

 外敵、というのは、綾香や坂下のことだろう。赤目の視線は、浩之の横にいる二人に向けられていた。

 観客達も、綾香と坂下に目を向けるが、しかし、二人はまったく動じた様子はなかったし、反対ににらみ返しさえしなかった。

 ただ、超然とそこに立つ。その男らしさ、失礼、女傑らしさは、浩之が惚れそうだ。

「マスカレイド五位、カリュウッ!!」

 赤目のコールと同時に沸き起こった黄色い歓声の中に、カリュウは、現れた。

 

続く

 

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