作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(187)

 

「マスカレイド五位、カリュウッ!!」

 赤目のコールで現れたそれは、ギザギザのように、観客に愛想を振りまいたりはしなかった。それどころか、一瞥すらしない。愛想の良い者が多いとは言えないマスカレイドでも、かなり愛想のない方ではないだろうか。

 殺気立っている感じではない。ストイック、と言うよりも、痛々しいほどに張りつめているように、浩之には感じられた。

 まるで、今から苦行に向かう修検者のようだった。

 人物が特定できなくなるほどに、その顔は赤いマスクで隠されている。そのマスクには、『華』の一文字。

 まさか、マスカレイドの上位の人間にわかってケンカを売る者はいないと思うが、それでも、危険性は皆無とは言えない。話によると、マスカレイドの上位の人間で、アリゲーターのように、どこかのチームに属していることは少ないそうだ。一人である以上、正体を知られないのは、最低限の防衛と言える。まあ、相手のギザギザのように、平気で素顔をさらしている者もいるはいるようだが。

 しかし、顔が見えないのに、どこで女の子達に人気を取っているのか、浩之は不思議だったのだ。

 浩之は改めてカリュウを観察することになったが、カリュウが何故顔を隠してもこれだけの人気を得ているのか、よくわかった。

 顔は、おそらく美形だろうと判断できるぐらいしかわからないが、顔が見えずとも、まず身体が凄い。

 筋肉質の人間は、マスカレイドには多いが、カリュウのそれは、むしろ細身とすら表現できるだろう。つまり、ありえないぐらいに引き締められているということだ。

 打撃を受けたときに、ダメージを逃がすために、少しは贅肉をつけておいた方がいいのだが、その贅肉すらない。

 浩之本人は気付かなかったが、綾香などは、その身体は、むしろ浩之のそれに近しいもの、と認識していた。

 そして、先ほど修検者、と表現したが、そう感じるほどに、ストイックさが伝わって来るのだ。おそらく、それが女の子に受けた一番の要因だろう。

 ここまで女の子達に騒がれても、まったく相手にする様子がない。無関心を通り越して、騒ぐ女の子達が嫌いなのではとすら思える態度だ。

 金網に囲まれた道を歩いてくるカリュウの、おそらく普通とは違う格好に、浩之はすぐに気付いた。

 防具らしきもので、腕を覆っていたのだ。

 坂下などはどう思うか知らないが、武器を持っている相手に相対峙する一番正しく、かつ簡単は方法は、同じく武装することなのだ。

 もっとも、こんな試合形式では、いかに実戦に近いとは言っても、武器を使い慣れている方が断然有利。トンファーの使い手相手に、トンファーで対抗するなど愚の骨頂。

 使い慣れない武器は、むしろ自分の首を締める。

 だから、カリュウは防具を選んだのだ。防具なら、動きを妨げないようなレベルなら、動きには何の支障もない。

 ようは、動きに支障がなく、相手の武器による攻撃を受け流せるものがあればいいのだ。単純に、腕にタオルをまいたっていい。

 防御さえできれば、武器相手にだって遅れを取ることはない。その自信が見える、最小の装備だ。

「カリュウ〜!!」

「がんばって〜!!!」

 女の子達は、レイカ達も含めて、試合もまだ始まっていないというのに、声を張り上げて声援を送っている。

 カリュウのファンとギザギザのファンはかぶらないのか、先ほどまで声援を送っていた女の子達は、反対に静かになった。

「ほんとに、アイドルのコンサートみたいだね。行ったことないけど」

 坂下は、まわりのあまりの熱狂ぶりに、辟易しているようだった。まあ、男達はまわりの雰囲気に気押されて騒いでいないようではあるが。

「格闘技の試合、見に来たつもりなんだけどね」

 綾香も、肩をすくめた。正確に言えばケンカだと思うのだが、綾香の中ではそんなに大きな差はないのかもしれない。

 そんな二人を見ながら、そう言えば、ランはどうしているのかと思って、浩之がランを観察すると、何故かランと視線が合う。

 ランは慌てて視線をそらしたが、浩之の方を見ていた理由は定かではないが、とりあえず、あまりこの試合には興味がないようだった。

 つっても、下手すりゃ二人とも俺より強いんじゃないのか?

 最低、見ごたえのある試合になるだろう。アイドル的な意味では興味はなくても問題はないが、試合自体には興味を持った方がいいんじゃないのか、と鈍感な浩之は思った。

 浩之の見立てはともかく、カリュウは、試合場に足を踏み入れる。すでにそこは、獣と化したギザギザの、ギザギザな殺気で覆われていた。

 その中に、恐れることなく、カリュウは悠然と入って来る。

 相手は、お前ではない、自分自身だ、とでも言わんばかりに、ギザギザのことを、まるでそこにいないかのように扱って。

 試合場にカリュウが入って、初めて気付いたが、カリュウは脚にも、脛から脚を守る防具をつけていた。

 しかし、それとは反対に、急所と思われる部分は、手足の先以外は、防具をつけていない。本気で防具に身を固めるつもりならば、最低、頭と胴体ぐらいは防具をつけておくべきだろう。

 つまり、カリュウは、トンファーの使い手であろうギザギザに、最低限の防具だけで、つまり素手で戦うつもりなのだ。

 熱狂する女の子達が、何人そのことに気付いただろうか?

 少なくとも、対峙しているギザギザは、それに気付いて、目の鋭さが増したのだけは間違いなかった。

 武器も持たずに、防具も固めずに、俺に勝てると思っているのか?

 なめられたものだ、とギザギザの目が言っている。そして、なめられたことを、彼はまったく許す気がないことも。

 その殺気を、カリュウは受け流す。アリゲーターに殺気むき出しで仕置きをしたときとは、まるで別人のようだった。

 歓声に囲まれた、静かなにらみ合いは、数秒だった。

 そんなにらみ合いよりも、お互いに、殴り合え、と言わんばかりに、赤目はタイミングを計って、声を張り上げる。

「さあ、マスカレイドの歴史に残る一戦、とくとごらんあれ!! 三位、ギザギザ、VS、五位、カリュウ!!」

 悲鳴が、さらに大きくなる。

「Here is a ballroom(ここが舞踏場)!!」

「「「「「「「「「「ballroom!!!!」」」」」」」」」」

 いつもとは違う、高い女の子達の声で、それは合唱された。

 両方同時に、戦いを前にして、素早く構えを取る。

「Masquerade……Dance(踊れ)!!」

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む