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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(188)

 

「Masquerade……Dance(踊れ)!!」

 試合開始の合図に、対峙した二人は、いきなりつっかかっていったりはしなかった。

 広い間合い、それこそトンファーでも届かないだろう距離を保ち、円を描くようにまわる。お互い、奇襲の通用する相手だとは思っていないのだろう。

 三位と五位ともなれば、お互いに手の内は晒しているだろう。直接戦ったことがなくとも、調べようと思えば、簡単に調べられるはずだ。

 むしろ、お互いに相手が来るのを警戒して、カウンターを狙っていたようにすら思えた。浩之の予測は、あながち間違っていない。

 カウンターのみを狙うというのはないかもしれないが、出だしは当然動き慣れたもので来るだろうし、来るとわかっているときのカウンターは、非常に有効なのだ。

 焦って攻めても勝てる相手ではないが、待つ分には、押し切られる可能性は引くい。それよりは、もし先制を狙って来たなら、捉えられる。二人してそう思った結果だ。

 カリュウの方は、左腕を意識的に前に出した左半身。打撃、しかも防御を優先した構えだ。

 対するギザギザの方は、同じく左半身の構えながら、かなり腕が胸に引き付けられている。しかし、普通の打撃と比べれば、拳の位置が胸に遠い。

 トンファーで距離をかせげるギザギザにとってみれば、防御を考える必要があまりないということだろう。仕掛けられれば、どうやってもギザギザのトンファーの方が先に届く。

 いや、ギザギザの方から仕掛けても、それは同じ。

 ランがタイタンと戦ったときにも見た、絶対的なリーチの差。これをどう攻略するかが、カリュウが勝つための一番重要なことだろう。

 ランの場合は、この状況よりはまだましだった。スピードが、明らかにランの方が上回っていたから、そこから突破口を開くのも不可能ではなかった。

 トンファーがふられるのを見て、浩之はすでにギザギザのスピードに驚嘆しているのだ。最低、カリュウの方が一方的に速い、ということはないだろう。

 絶対的有利を見て取ったのか、まず仕掛けたのは、ギザギザだった。

 フヒュッ!

 表現するなら、ギザギザの一撃は、風、だった。

 目視するには苦しいスピードの一撃が、気付いたときには、カリュウの鼻先をかすめていた。

 しかし、カリュウもそれに合わせて、ぎりぎりのところで半歩ほど後ろに下がっていた。

 もし、少しでも遅れれば、上から振り下ろされたトンファーの一撃で、鼻の骨が折れていたであろう。

 しかし、そんな鼻先をかすめる一撃を避けても、カリュウは回避のために下がった距離しか後ろに下がらなかった。浩之ならば、危険と判断して、もっと距離を開けていただろう。

 たった一合、勝負を決めるなどほど遠い攻防だったが、ため息にも似た歓声が、観客席に静かに広がる。

 無駄ない必殺の一合を放つギザギザに、何事もなかったかのように立つカリュウ。

 ぶるりっ、と浩之は震えた。

 これが、マスカレイドの三位と五位。

 リヴァイアサンのときも思ったが、これだけの人間が、日の当たらないマスカレイドに集結する異様さを、ひしひしと感じる。

 その点に関しては、綾香も坂下もあまり疑問には思っていないようなのだが。

 しかし、綾香あたりに聞けば、明確な、しかし理由にもなっていない説明が返って来ただろう。

 強きは、強きを求める。

 誰が最初だったのかはわからないが、強い者は強い相手を求め、その結果が、これなのだ。

 もっとも、その中でも、綾香と坂下は、やはり異彩を放っているように、浩之には思えるのだが。

 間合いを開けないカリュウを、挑発と取ったのか、ギザギザが、動く。

 ただでさえ高いレベルで体術を習得しているように見えるのに、そこに遠心力のスピードとパワーが合わさるのだ。目で追うのがやっとだ。

 放たれたのは、わずかに三撃。しかし、途方もない三発だ。

 上から振り下ろされる一撃を横に避け、それを見越して横に振り切られた二発目をしゃがみ、さらに下から来る三つ目を後ろに飛ぶように避ける。

 後ろに飛んで避けるために距離を開けねばならなかったカリュウは、仕方ない、とでも言うように今度はその大きく間の開いた位置で止まった。

 そこで、ぴたりと申し合わせたかのように、動きを止める二人。

「ギザギザ余裕〜!!」

「やっちゃえー、カリュウーー!!」

 見栄を切るかのような二人に、女の子達から、惜しみない歓声が沸く。

 が、当の二人には、そんな歓声も、耳には届いていないようだった。

「逃げてるばかりじゃ、俺には勝てないぜ?」

 突然、ギザギザの方が、口を開いた。女の子達が、いきなりざわつき出す。浩之は知らなかったが、カリュウほどではないにしろ、愛想はともかく、ギザギザもかなり無口なのだ。

 普通ヒーローインタビューがあるわけでもないマスカレイドでは、むしろよくしゃべる方が珍しいのだ。しかし、試合中に、相手を挑発して冷静さを失わせようとか、ただ口が悪いとかもあるので、しゃべる者はしゃべる。

 ギザギザは、試合開始までは愛想をふりまくが、しかし、積極的にしゃべる方ではなく、ましてや、相手を挑発するタイプでもなかった。

「……」

 対するカリュウは、マスカレイドの中でも、さらに無口な方だった。ついこの前のアリゲーターの一件での一言が、初めてなのでは、と言われているぐらいだ。いかにインタビューなどないマスカレイドでも、カリュウのマスカレイドでの活躍を見れば、何もしゃべらない、というのは、さすがに驚きだ。

 このときも、ギザギザの珍しい言葉に、カリュウは答えなかった。しかし、反応はあり、多少いぶかしげにしているようだった。

 ギザギザが、腕を下げる。攻撃の体勢を解いたのだ。それは挑発ではなく、カリュウに何かを話すつもりなのだろう、と誰もが思った。

 カリュウも、そう思っただろう。少なくとも、挑発や、油断させてどうこうしてくる、とは思わなかったに違いなかった。

「そもそも……」

 戦闘態勢を解き、話し始めるギザギザ。

 しかし、裏を返せば、それは、カリュウにとっての、最大のチャンスだった。

 相手の思惑や、気持ちなど、まったく無視し、カリュウは、動いていた。

「っ!?」

 それでも、ギザギザは完全に油断していたわけではなかったのだろう、一瞬で距離をつめてくるカリュウに向かって、トンファーを横に振り抜く。

 それを、カリュウはしゃがみながら避けると、さらに前に出る。

 しかし、ギザギザも一流だった。迫り来るカリュウの射程範囲内に入る前に、右のトンファーがカリュウの頭めがけて、振り下ろされ。

 ヒュッ!!

 それすら、空を切った。

 

続く

 

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