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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(189)

 

 ギザギザのトンファーが、またも空を切っていた。

 横に振られた一撃を、カリュウはかいくぐるどころか、地面に倒れるようにして、回避する。いや、そのまま、地面に膝がついて、ギャギャッ、と防具がコンクリートの地面をこする。

 しかし、膝をついたカリュウの前進は、止まらなかった。

 そのままギザギザの横をすり抜けるようにして、ギザギザの脚に腕をからませる。

 倒せば、いかにギザギザが武器を持っていようとも、関係ない。トンファーも、鈍器である以上、振り回さなければ威力は上がらないのだ。

 ギザギザの組み技のうまさはこの際問題ではない。倒されてしまえば、せっかく武器という最大の利点を殺してしまうことになるのだ。

 脚を完全にカリュウが掴んだ。

 と、同時に、カリュウは何もせずに、ギザギザの後ろに飛んで離れる。

 ヒュパッ!!

 のぞけるように避けるカリュウの顎先ぎりぎりを、ギザギザの後ろ向きのまま、下から振り上げたトンファーが切る。

 一撃離脱と言わんばかりに、カリュウはギザギザから距離を取った。

 あのまま倒していれば、と誰もが思ったが、カリュウが逃げたのも、当然だとも思った。

 近づいてしまえば、トンファーを振り回すことは難しい。しかも、それが下にならなおさらだ。トンファーは振り回すものであって、突くものではない。しかも、途中で止めるというのには、あまり適していない。

 つまり、トンファーの可動域は、腕を中心にした円なのだ。普通の武器だって、拳だってそうなのだが、トンファーの場合、必ず回転が入る以上、どんなに腕を下に落としたところで、地面に水平に打撃を繰り出すことは不可能なのだ。

 いや、トンファーの持ち手をひねって、地面と水平にすることは可能だが、あくまで、腕からの伸びた直線上になり、線で向かってくる相手に、点でもって相対することになって、非常に効率が悪い。実際、さきほどは少しの隙を突かれて、不用意に手を出してしまった所為で、下への追撃ができなかった。

 しかし、少なくとも、ギザギザはトンファーを地面に叩き付けるという非効率的なことはしなかった。トンファーの強みは、あくまでその遠心力で生まれる威力。地面に叩き付けるようなことをすれば、手がしびれるかもしれないし、何より、その回転を止めてしまう。

 そんな中、組み付かれたギザギザの取った行動は、回転を、止める行為だった。

 トンファーと腕が同じ位置になるように止めると、それを回転させずに、そのまま脚にへばりつくカリュウの脳天の上にたたき落としたのだ。

 脚の横にへばりついた人間を拳で殴っても、ろくなダメージを与えられるとは思わない。しかし、武器があれば話は別だ。

 単純に、拳と堅い木ならば、威力は段違い。さらに、普通なら腕の可動域ではないぎりぎりのラインにいたカリュウは、トンファー分、振り回さなくてもギザギザのリーチが、普通では考えられない方向に伸びることを失念していたのだろう。

 そこに、ギザギザが狙った頭のてっぺん、つまり脳天は頭蓋骨の隙間の集まる、命にもかかわる急所だ。一撃受けても我慢すれば、などと言える状況ではない。

 もし、当たることをいいことに、ギザギザがトンファーを振り回したままカリュウを殴っていれば、おそらくカリュウはそれに耐え、ギザギザを引き倒していただろう。そのための防具だ。

 狙われたのが急所でなければ、寝技に引き込まれたギザギザはあっさり負けていたかもしれない。

 こう考えると、ギザギザの取った手段は、カリュウの手から逃れる唯一の方法と言っていいだろう。それをあの一瞬で思いつき実行するのだ。勝負勘は怖いほどだ。そしてそのギリギリの線を見極め、危険だと判断すれば、せっかく組み付くまでいったのに、それをあっさりと捨てることのできるカリュウの決断力も凄い。

 自分の話しているのを中断された所為か、ちっ、とギザギザは舌打ちした。しかし、その顔はむしろ楽しそうだ。不吉な笑み、と言ってもいいだろう。よく、どこかのバカとか、綾香や坂下が浮かべるような笑みだ。

「さすがはカリュウ、人の話聞かねえな。おかげで、少し本気だしちまったよ」

 トンファーを投げ捨てて、手を叩いて喜びかねないほど、ギザギザは嬉しそうだった。

「……」

 カリュウからは、まったく反応がない。それどころか、少しでも隙を見せれば、また狙って来るのは明らかだった。

「卑怯よーっ!!」

「試合中に油断する方が悪いのよ!!」

 ファンの女の子達が言い合いをするのを聞いて、ギザギザはどちらかと言うとうざったいという顔をしたが、視線は、まったくカリュウから離れない。

「ゆっくりしゃべらせろよ。まったく、余裕がないんだからな。まあ」

 にやり、とギザギザは笑った。

「そんなあんたに憧れて、俺はマスカレイドに入ったんだがな」

 両方のファンの女の子達が、そのセリフにざわめく。

 カリュウとギザギザは、お互いにマスカレイドでは女性ファンを二分する、言わばアイドル。しかし、その二人の性格があまりにも似ていないことは有名だし、接点があるという話も今まで聞いたことがなかった。

「まだあんたが上位にたどり着く前、下であがいてた時期に、俺はあんたを見て、憧れたんだよ。そして、自分もマスカレイドに入った」

 カリュウはそんな話に興味などないのか、聞いているのかさえ怪しかったが、ギザギザは別に気にしなかった。むしろ、嬉しそうですらある。

「そう、そのあんたの試合にかけるストイックさが、俺の憧れてたあんただ。赤目のクソ野郎が、あんたとの対戦を組まなかった所為で、俺の方が順位は上になっちまったが……それでも、俺の目標はあんただ」

 話している間、まったくギザギザは油断などしていない。だから、カリュウは手を出して来ないのだ。喋り終えるまで待ってくれているわけでは、決してない。

「しかし……俺を倒すつもりなら、あのとき金的でも狙えば良かったのにねえ。俺をなめてるなら、そりゃ油断ってもんだぜ?」

 カリュウは、しばらく黙っていたが、しかし、小さく鼻で笑うようにして、それに答えた。それを楽しそうに見るギザギザ。

 それに何の意味があったのか、カリュウとギザギザの間でしか通じない。ただ、見ている浩之にも、予想ならつく。

 おそらく、ギザギザは金的も防具で守っている。男の急所だ。あそこまで防具を固めた人間が、そこだけ開けておく意味など、まったくない。

 それに気付いていたから、カリュウは金的を狙わなかったのだ。貴重なチャンスを不意にすることなどしたくなかったのだろう。

「それでこそ、倒し甲斐があるってもんだ」

 改めて、ギザギザは構えを取る。今度は、小手調べではない、本気でカリュウを打ち砕く為に。

 

続く

 

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