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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(191)

 

 正直、私はカリュウとギザギザの試合になど興味はなかった。

 いや、それは、マスカの三位と五位の試合を見れるのは運がいいとは思う。私にはまだまだ遠い世界の戦いで参考にはならないけれど、それでも見たい、と素直に思う。

 しかし、私は他の、例えば姉のレイカやチームの仲間達と違って、マスカのアイドルであるカリュウとギザギザに用はなかった。

 そもそも、姉には悪いが、私はカリュウを好きになれないのだ。ギザギザにしてもそうだ、武器を使う、という点ですでにあまり好きでないというのに、その顔をさらして人気を獲得するなど、私の美的感覚からは大きく逸脱している。

 が、まあ当然というか、試合は緊迫している。顔がいいだけ、人気があるだけでマスカで上位に食い込むことはできない。その点に関して言えば、私はカリュウもギザギザも凄いと思っているのだ。

 凄い、強い。

 距離をつめたカリュウに向かって、ギザギザがまたトンファーを繰り出す。

 それの先端は、目視不可能のスピードを持つのに、それをカリュウはどこか悠々と避けてみせる。

 スピードに関して言えば、理解できる部分もある。回転が加わる以上、支点があり、その支点を動かすためには、身体の他の部位を動かさなければならない。他の部位は、トンファーの先端ほど素早くはないのだ。

 観の目、というやつだ。攻撃部位そのものではなく、攻撃部位を動かすために必要な、他の部位の動きを見て、攻撃を予測するのだ。肩だけのフェイントなどは、これを逆に利用している。私だって多少なりとも参考にしている。

 間合いに関しても、一応説明はつけれる。トンファーという武器は、手元に戻るとは言っても、その姿をさらしているし、腕の長さで距離が掴みやすい武器だ。

 しかし、こんな短時間で、間合いをつかんでしまうカリュウの目の良さというものは、何なのだろうか?

 直に対峙している訳ではないので、正確なことは言えないけれど、感覚的には、すでにカリュウのいる位置は、私にとってはアウトだ。次の瞬間には、ギザギザに身体中強打されて終わっている距離。

 そこから、カリュウは一歩前に出た。ギザギザは、その一歩を許してしまった。

 攻撃しているのはギザギザだが、今のところ、カリュウの方が優勢に見える。私とカリュウの技量の差を考えても、十分アウトな距離に、カリュウは身を置いて、まだ倒されていないのだから。

 それが、単に私の未熟な所為、という可能性も否定できないのだけれど。

 私には無理でも、ヨシエさんなら、あの距離に身を置いても、まだ平気な顔をしているかもしれない。それどころか、攻撃すらできるのかもしれない。

 無傷で、というのはさすがにヨシエさんでも無理だろうか? それでも、ギザギザを倒す姿が、十分に想像できる。

 または……浩之先輩だったら。

 ちらり、と私は浩之先輩に目を向ける。試合に集中できない、本当の一番の理由かもしれない先輩は、いつもの穏やかな顔で試合を見ている。

 相手との間合いを測るのは、やはり大事なのは、その間に相手につかまらないだけのフットワークと、目だ。

 浩之先輩のスピードは言うに及ばず。細身の浩之先輩は、パワータイプではなく、むしろスピードタイプなのは言うまでもない。

 そして、相手の打撃を打撃で受け流すそれには、尋常ではない目の良さと、相手の技を見切る勘が必要のはず。

 もし、カリュウ、またはギザギザの相手が浩之先輩であったなら、私は胸が押しつぶされるような気持ちになりながらも、必死で、それこそカリュウとギザギザを応援している女の子達など相手にならないぐらい必死に、応援していたと思う。

 もっとも、浩之先輩がマスカに参戦するというのは、正直想像できない。正確には、マスクをつけている姿など、本気で思い浮かばない。

 ということは、参戦するにしても、ヨシエさんや来栖川綾香のように、外様として、素顔で参戦することになるのだろう。

 浩之先輩の顔は、女の子達が十分に騒ぐだけのものであると思う。私のひいき目ではないのは、クラスの友達が噂していたのを考えて、間違っていないと思う。

 そうなれば、カリュウやギザギザと肩をならべる人気になるだろうことは、容易に想像できる。

 完全にマスカでは外様で、ヒール役と言ってもいいヨシエさんや来栖川綾香にしても、密かにファンは沢山ついているのだ。

 強さだけではない、来栖川綾香の美貌に、ヨシエさんの涼やかな魅力に、そういうケンカ以外のものでファンになる人間は、思いの外多い。

 だったら、浩之先輩が、しかも素顔で戦えば、グルーピーの一つや二つ出来ても、まったく不思議ではない。

 クールに、しかし勇ましく、マスカの上位と戦う浩之先輩の姿が、私の脳裏に描かれる。

 同時に、女の子達から、黄色い声援をかけられる浩之先輩を想像して、私はカチンと来た。

 自分の妄想に腹をたてているのだから、世話はない。

 しかし、来栖川綾香ですら十分に嫌なのに、他の女の子達に騒がれると思うと、正直我慢できないのだ。クラスの友達は、実際のところ浩之先輩に声をかけるわけでもないので、そんなに気にならないのだが。

 オオッ、と沸き上がった歓声に、私は我に返る。

 見たところ、二人の間に攻防はない。相変わらず、距離を開けて対峙しているだけだ。

 しかし、よく見れば、さきほどとの差異にも気付く。というか、カリュウの位置に自分がいることを想像すれば、違いに気付くのは簡単だ。

 また、カリュウは一歩つめている。

 ギリッ、と、今度こそギザギザの歯ぎしりの音が歓声の中でもはっきりと聞こえた。ここまでコケにされたことは、ギザギザがマスカで戦ってきて初めてなのだろう。

 完全に射程圏内どころか、そこからどうやって避けるのだ、と思うほどに、カリュウは近づいているのだ。一歩が生死を分ける中で、二歩も前に進める度胸と、頭のおかしさ。

「……さすが、だな」

 悔しそうに、しかし、楽しそうに、ギザギザがつぶやく。つぶやく暇があれば、手を出せばいいのに、と私は思った。

 しかし、それができないほど、ギザギザは、カリュウに押されている?

 距離をつめられるのは、リーチの長い人間の方がプラスマイナスを考えると、マイナスになる。距離が開いている限り、リーチの短い相手に勝機は生まれないのだから。

 ギザギザのやるべきことは、カリュウを引き離すことだ、と私は思うのだ。そして、その程度のこと、三位のギザギザが言われないとわからないとはとても思えない。

 ここまで距離を縮められると、ギザギザの攻撃をどうにかすれば、カリュウの手が届くのではないだろうか?

 一歩動いただけ、なのに、酷く緊迫した戦いに、私はつばをごくりと飲み込んだ。

 正直、私は、カリュウやギザギザには興味はないのだ。

 誰に興味があるのか、というのは言う必要はないとして。

 それでも、私は試合に飲み込まれていた。

 

続く

 

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