カリュウが押している、というのは、観客にも雰囲気は伝わっていた。
しかし、そこからどう攻めるのか、という話になると、文字通り話が違ってくる。
先ほどからカリュウが手を出せていないの見れば一目瞭然。距離につめるのには成功しているが、攻撃らしい攻撃は、最初の不意を突いたタックル以外、見せていない。
今でこそ、間合いを少しずつ詰めることでギザギザにプレッシャーをかけているが、それも手が出ないとなると、プレッシャーとは成り得ない。
つまり、ギザギザが我に返るよりも先に、何かしら違う手で、攻撃できることを示さなければ、ギザギザは余裕を持ってカリュウを追いつめていくだろう。
つってもなあ、武器持ってる相手にこちらから攻めるってのは難しいよなあ。
それが見ている浩之の素直な感想だ。
ただの凶器を持った相手ならば、ここまで来るとそう簡単には遅れを取ったりはしない。何せ、基本的には何でもありのケンカの世界で戦って来た者が、最終的にここにいるのだ。武器持ちの一つも経験していない、などというのは、むしろメルヘンだ。
しかし、ギザギザのように、凶器ではなく、武器として練られた者の技は、それとは次元が違う。
武器を振るうと出来る隙がないしな、そりゃお手上げだろ。
相手に武器を使わせて、そこで出来る隙を狙っての反撃、というのが、武器相手ならば妥当、かつ可能な範囲だろう。
しかし、その隙がなかったら? あったとしても、極端に小さかったら?
ギザギザはそうであり、かつ、両手にトンファーは装備されており、防御も追撃も思いのままだ。
二本目のトンファーは、とにかくやっかいだ。懐に入るためには、一本だけでなく、二本目もどうにかしなければならない。
二本目をかいくぐるにしても、受けるにしても。
せっかく避けた一本目が戻ってくる時間を与えることになるし、そもそも、二本目は相手の反応を見て、自在に放てるのだ。いや、コンビネーションのように、最初からどこに撃つか決めていたとしても、受ける側にはそんなことは関係ない。何せ、懐に入ろうと近づけば、放っておいても、二本目の射程に入るからだ。
しかも、相手は防具を装備している。近づいて急所に一発入れるしか手がないのに、防具がそれを不可能にしている。
おそらく、誰でも考えつく、トンファーの弱点。そこも、防具で固められていた。
つまり拳だ。
トンファーは、その構成上、一番最初に拳が先に出て、それを追うようにトンファー自身が伸びる。遠心力を利用している以上、これは仕方のないことだ。
だから、まず最初に出る拳を狙う。誰でも考えつくことだが、当然、それはギザギザにとっても同じ。
急所を防具で守る。つまり、拳もナックルガードで守ってしまえばいいだけなのだ。
形はウレタンナックルに近いものが、ギザギザの手にははめられている。指は自由に動かせ押すだが、しかし、防具は厚そうだった。
あの拳を、何か硬いもの、例えば坂下の拳、硬いものの例で使われるのもどうかと思うが、で殴れば、多少はダメージを与えられるだろう。
しかし、致命傷にはならないだろう。試合中にトンファーが使えないほどにダメージを与えることは、現実的に見て不可能だ。
距離が近ければ、まだ可能なのだろうが、残念ながら、ギザギザはトンファー分距離を開けることが出来る。
防具の話もあるが、何よりも、出てくる拳に何かを当てるまで近づくことすら、かなり難しいのだ。
ギザギザの防具は、見れば見るほど、よく出来ていると思える。
急所となる部分を守り、そして、怪我のしやすい肘や膝を覆い、しかし、トンファー自身で守られている腕などには、防具をつけない。
防具は重さもあるし、動きを阻害するものだから、少ないに越したことはない。だから、必要最低限の防具をつけ、後は生身でいい、と判断したのだ。
どうせ、ギザギザのトンファーをかいくぐることすら、普通の人間には不可能。出来たとしても、そう何度も出来ることではない。消耗戦の心配をする必要は、まったくない。
結局、ギザギザが恐れなければならないのは、同じ防具を固め、武器を使う人間なのだ。それに対して対応しておけば、そのおまけで、素手など相手に出来る。
その、思考の面ではおまけのような、素手のカリュウが、ぴくり、と動く。距離をゆっくり詰めるときと明らかに違う動きに、ギザギザは反射的に反応していた。
前に構えられた左手のトンファーが、一番近いカリュウの手に向かって放たれた。
構えていた腕を下ろして、カリュウはそれを避けながらも、ギザギザが重心移動だけで、まったく前に出て来ようとはしなかったので、後ろに下がらない。
手を出したついでのように、ギザギザは追い打ちの右を放つ。そのために、右脚を前に一歩踏みだし、カリュウのあごを狙う。
ひゅっ、と、何度目か、ギザギザのトンファーは空を切る。
さっきから、避けられてばかりだが、しかし、カリュウも必死なのだ。避けることに関して、全力を注いでいてもおかしくない。
武器の一撃を受ければ、我慢とかする暇もなく倒れるだろう。カリュウが避けるのは当たり前、当たれば、一撃なのだから。
ギザギザは、その点を心得ているのだろうか?
他人から見ると、ギザギザは多少気負い過ぎているようにも見える。避けられたことに、あからさまに不機嫌な表情を浮かべていた。
攻撃を放ったのはギザギザかもしれないが、そのきっかけを作ったのは、カリュウのぴくりと動いたフェイントだ。当然、カリュウは最初から対応するつもりでいた。当たらないのは当然と思わなければならない場面で、ギザギザは明らかに苛立っている。
手は出していない。しかし、カリュウは、ちゃんと攻撃している。
間合いを詰めるだけではない。
相手の攻撃を誘って、それを華麗に捌いてみせることによって、相手の冷静さを、攻撃しているのだ。
手を届かせる方法は、確かに今のところない。しかし、相手を精神的に攻める方法は、あるのだ。
カリュウは、ギザギザの攻撃に身をさらせることにより、倒されるリスクを背負っているのかもしれない。
しかし、反対に言えば、ギザギザは、精神的ダメージをリスクに、カリュウを危険にさらせているのだ。
ここで大事なのは、どちらに、自覚があるか、ということだった。
ギザギザには、攻撃にさらされているという自覚がない。しかし、カリュウには、それがある。むしろ、それを演出してみせている。
誰が見ても不利で、到底手に負えない状態でも、それを何とかする手段を講ずる経験と、危険を飲み込み、チャンスに変える度胸が、カリュウにはあるのだ。
これは……カリュウのやつ、勝つぞ。
どちらにもダメージがない。見た目はカリュウの方が不利。
それでも、浩之がそう思ってしまうものを、カリュウは演出しているのだ。
続く