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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(192)

 

 カリュウが押している、というのは、観客にも雰囲気は伝わっていた。

 しかし、そこからどう攻めるのか、という話になると、文字通り話が違ってくる。

 先ほどからカリュウが手を出せていないの見れば一目瞭然。距離につめるのには成功しているが、攻撃らしい攻撃は、最初の不意を突いたタックル以外、見せていない。

 今でこそ、間合いを少しずつ詰めることでギザギザにプレッシャーをかけているが、それも手が出ないとなると、プレッシャーとは成り得ない。

 つまり、ギザギザが我に返るよりも先に、何かしら違う手で、攻撃できることを示さなければ、ギザギザは余裕を持ってカリュウを追いつめていくだろう。

 つってもなあ、武器持ってる相手にこちらから攻めるってのは難しいよなあ。

 それが見ている浩之の素直な感想だ。

 ただの凶器を持った相手ならば、ここまで来るとそう簡単には遅れを取ったりはしない。何せ、基本的には何でもありのケンカの世界で戦って来た者が、最終的にここにいるのだ。武器持ちの一つも経験していない、などというのは、むしろメルヘンだ。

 しかし、ギザギザのように、凶器ではなく、武器として練られた者の技は、それとは次元が違う。

 武器を振るうと出来る隙がないしな、そりゃお手上げだろ。

 相手に武器を使わせて、そこで出来る隙を狙っての反撃、というのが、武器相手ならば妥当、かつ可能な範囲だろう。

 しかし、その隙がなかったら? あったとしても、極端に小さかったら?

 ギザギザはそうであり、かつ、両手にトンファーは装備されており、防御も追撃も思いのままだ。

 二本目のトンファーは、とにかくやっかいだ。懐に入るためには、一本だけでなく、二本目もどうにかしなければならない。

 二本目をかいくぐるにしても、受けるにしても。

 せっかく避けた一本目が戻ってくる時間を与えることになるし、そもそも、二本目は相手の反応を見て、自在に放てるのだ。いや、コンビネーションのように、最初からどこに撃つか決めていたとしても、受ける側にはそんなことは関係ない。何せ、懐に入ろうと近づけば、放っておいても、二本目の射程に入るからだ。

 しかも、相手は防具を装備している。近づいて急所に一発入れるしか手がないのに、防具がそれを不可能にしている。

 おそらく、誰でも考えつく、トンファーの弱点。そこも、防具で固められていた。

 つまり拳だ。

 トンファーは、その構成上、一番最初に拳が先に出て、それを追うようにトンファー自身が伸びる。遠心力を利用している以上、これは仕方のないことだ。

 だから、まず最初に出る拳を狙う。誰でも考えつくことだが、当然、それはギザギザにとっても同じ。

 急所を防具で守る。つまり、拳もナックルガードで守ってしまえばいいだけなのだ。

 形はウレタンナックルに近いものが、ギザギザの手にははめられている。指は自由に動かせ押すだが、しかし、防具は厚そうだった。

 あの拳を、何か硬いもの、例えば坂下の拳、硬いものの例で使われるのもどうかと思うが、で殴れば、多少はダメージを与えられるだろう。

 しかし、致命傷にはならないだろう。試合中にトンファーが使えないほどにダメージを与えることは、現実的に見て不可能だ。

 距離が近ければ、まだ可能なのだろうが、残念ながら、ギザギザはトンファー分距離を開けることが出来る。

 防具の話もあるが、何よりも、出てくる拳に何かを当てるまで近づくことすら、かなり難しいのだ。

 ギザギザの防具は、見れば見るほど、よく出来ていると思える。

 急所となる部分を守り、そして、怪我のしやすい肘や膝を覆い、しかし、トンファー自身で守られている腕などには、防具をつけない。

 防具は重さもあるし、動きを阻害するものだから、少ないに越したことはない。だから、必要最低限の防具をつけ、後は生身でいい、と判断したのだ。

 どうせ、ギザギザのトンファーをかいくぐることすら、普通の人間には不可能。出来たとしても、そう何度も出来ることではない。消耗戦の心配をする必要は、まったくない。

 結局、ギザギザが恐れなければならないのは、同じ防具を固め、武器を使う人間なのだ。それに対して対応しておけば、そのおまけで、素手など相手に出来る。

 その、思考の面ではおまけのような、素手のカリュウが、ぴくり、と動く。距離をゆっくり詰めるときと明らかに違う動きに、ギザギザは反射的に反応していた。

 前に構えられた左手のトンファーが、一番近いカリュウの手に向かって放たれた。

 構えていた腕を下ろして、カリュウはそれを避けながらも、ギザギザが重心移動だけで、まったく前に出て来ようとはしなかったので、後ろに下がらない。

 手を出したついでのように、ギザギザは追い打ちの右を放つ。そのために、右脚を前に一歩踏みだし、カリュウのあごを狙う。

 ひゅっ、と、何度目か、ギザギザのトンファーは空を切る。

 さっきから、避けられてばかりだが、しかし、カリュウも必死なのだ。避けることに関して、全力を注いでいてもおかしくない。

 武器の一撃を受ければ、我慢とかする暇もなく倒れるだろう。カリュウが避けるのは当たり前、当たれば、一撃なのだから。

 ギザギザは、その点を心得ているのだろうか?

 他人から見ると、ギザギザは多少気負い過ぎているようにも見える。避けられたことに、あからさまに不機嫌な表情を浮かべていた。

 攻撃を放ったのはギザギザかもしれないが、そのきっかけを作ったのは、カリュウのぴくりと動いたフェイントだ。当然、カリュウは最初から対応するつもりでいた。当たらないのは当然と思わなければならない場面で、ギザギザは明らかに苛立っている。

 手は出していない。しかし、カリュウは、ちゃんと攻撃している。

 間合いを詰めるだけではない。

 相手の攻撃を誘って、それを華麗に捌いてみせることによって、相手の冷静さを、攻撃しているのだ。

 手を届かせる方法は、確かに今のところない。しかし、相手を精神的に攻める方法は、あるのだ。

 カリュウは、ギザギザの攻撃に身をさらせることにより、倒されるリスクを背負っているのかもしれない。

 しかし、反対に言えば、ギザギザは、精神的ダメージをリスクに、カリュウを危険にさらせているのだ。

 ここで大事なのは、どちらに、自覚があるか、ということだった。

 ギザギザには、攻撃にさらされているという自覚がない。しかし、カリュウには、それがある。むしろ、それを演出してみせている。

 誰が見ても不利で、到底手に負えない状態でも、それを何とかする手段を講ずる経験と、危険を飲み込み、チャンスに変える度胸が、カリュウにはあるのだ。

 これは……カリュウのやつ、勝つぞ。

 どちらにもダメージがない。見た目はカリュウの方が不利。

 それでも、浩之がそう思ってしまうものを、カリュウは演出しているのだ。

 

続く

 

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