高速の撃ち合い、ということにはまったくなっていない試合だった。ギザギザが高速で攻め、カリュウが高速で避ける、そんな展開だ。
ギザギザの繰り出すトンファーを、カリュウが一歩も下がらずに避ける、避ける、避ける。横に動くことはあっても、前後にはまったく距離が変わらない。
ギザギザの攻撃のリズムが、少しずつ速くなっていく。
避けられるのなら、連続して攻撃すればいい。トンファーという武器のおかげで、ギザギザの攻撃にはほとんど隙がない。距離もあるので、カリュウに反撃される可能性はかなり低かった。
それでも、カリュウには当たらない。それに業を煮やし、さらにギザギザは回転を上げていく。
避ける、避ける、避ける。
そしてとうとう、チッ、と音をたてて、カリュウの二の腕のあたりに、ギザギザのトンファーがかすった。
わずかにかすっただけなのに、いや、それだからだろうか、血が飛ぶ。スピードの乗ったトンファーの先は、刃物と同じようなものなのだ。
当たった!!
ただかすっただけだったが、初めて当たったのには変わりなく、しかも出血を伴ったのだ。誰もが、それに気を取られた。
それは、ギザギザも同じだ。血を見たからと言って、ひるむ訳がない。むしろ、さらにギアを上げてカリュウを攻撃する。
どんなにプレッシャーをかけたところで、肉体的にはダメージはないのだ。まったくダメージのないギザギザの動きは、当然鈍る、などというものからは無縁だった。
このまま押し切られて終わるのでは? と誰もが思った。それを期待して、または嫌がって、黄色い歓声が耳が痛くなるほど大きくなる。
その中で、浩之は、横でぼそりとつぶやいた綾香の言葉を聞き逃さなかった。
「……雑」
ギザギザの攻撃は、さらにスピードを増しているようにも思える。
が、しかし、それでもカリュウを捉えられない。さっき、少しだけかすった後に、まったく続けない。
トンファーの攻撃スピードは、速い。
しかし、速ければどうでもいい、とは言い切れないのだ。
すぐに、浩之はギザギザの間違いに気付いた。
スピードや手数はあがっているようにすら感じるが、しかし、攻撃が単調になっているのが、横で見ていても分かる。
そう、綾香の言ったように、雑、だ。
スピードだけで押し切れるようなレベルではない。フェイントを効果的に使って、当てにいかないと、かするのだって難しい相手なのだ。
その点、今のギザギザは大振り過ぎる。いや、スピードを上げるために、威力と自在さを犠牲にしている、と言った方が正しいだろう。
単調な、しかも、もし当たったとしても、致命傷とはならないだろう攻撃。こうなってしまえば、カリュウにとっては避けることなど容易かろう。
さっきかすったのも、もしかしてわざとではないのか、とすら思える。
ギザギザのスタミナのほどはわからないが、こんな攻撃を繰り返していたら、すぐに息切れを起こしてしまうだろう。
いや、息切れを起こす前に……
と思った瞬間だった。カリュウが、一瞬だけ、バランスを崩した。
足運びだけで避けていたカリュウにとって、少しでもバランスを崩すというのは、致命傷にすら近いミスだった。
当然、それをギザギザが見逃す訳がない。下から振り上げるトンファーが、カリュウのあご目がけて振り上げられる。
キュインッ!!
この試合初めての、渇いた音が響いた。
それが、罠だということを、浩之は完全に気付いていた。気付かないでか、と言いたくなるほど、あからさまなものだった。
だが、どうやって、その罠の後に処理をするのか、さっぱり予測がつかなかったのも、事実だった。
どんなに、ギザギザが無茶な攻撃をしてきたとしても、まだカリュウの攻撃は届かない。よしんば届いたとしても、そこを打ち込まれる可能性すらある。
それほど、絶望的なリーチの差だ。それを無しにする手など、浩之は思いつかなかった。
その手が、これだった。
攻撃が単調になり、しかも大振りになった攻撃を、腕の防具ではじく。
装備しているのは、知っていた。しかし、今まで、カリュウはそれをまったく使おうとはしなかった。それが、死角となった。
距離を詰めたときでさえ使わなかったその徹底さが、それにつながったのだ。
大振りのトンファーは、スピードを殺される。それほどにトンファーが強いのは、空振っても、そのまま手元に戻ると同時に攻撃を繰り出せるから。
しかし、当たってしまえば、スピードは殺され、手元には戻らなくなる。
そこに生じる、隙。それこそが、カリュウが狙っていた、隙。バランスが崩れたように見えたのさえ、前に出るための準備でしかなかったのだ。
カリュウの弾丸のようなタックルは、自分の身を守るために繰り出されるはずの、ギザギザの左のトンファーよりも速く、その射程よりもさらに奥に入り込んだ。
苦し紛れに放った、しかし当たれば起死回生になる膝蹴りを、カリュウはあっさりと避けると、そのまま一本足になった脚を取り。
スターンッ
ギザギザから、あっさりとテークダウンを奪った。
カリュウを応援する少女達から悲鳴と同等の歓声が、ギザギザを応援する少女達が、見まごうことなき悲鳴が、それぞれにあがる。悲鳴だけ聞けば、阿鼻叫喚の世界だ。
武器の効果は、倒れた時点でほとんどなくなる。そして、カリュウは組み技については、マスカレイドでも一、二を争う使い手だ。それは悲鳴もあがるだろう。
コンクリートの地面に叩き付けられたギザギザだったが、高さがなかった上、ただ脚を取られただけなので、地面に倒れただけで、大したダメージにはならなかったし、一番問題となる、息がつまって動きが止まるということもなかった。
しかし、倒されて、カリュウに上を取られるのだけは避けられなかった。
カリュウは、マウントポジションを取ろうと、ギザギザの上に乗るが、それをギザギザはカリュウの腰を脚でからめて逃げる。
両手にトンファーを持ったまま、繰り出せはしないものの、ギザギザは何とかカリュウを押さえていた。
浩之はあまり知らなかったが、観客達から見れば、それは驚きだった。組み技では一、二を争うと言われるカリュウの攻めを、ギザギザが下にいながら、何とかこらえているのだ。
二人が激しく倒れたまま動き、ガリガリとコンクリートの地面と防具がたてる音が、悲鳴に似た声援に合わさり、まるでサバトのようだった。
カリュウは、ギザギザを逃がすことなく、ギザギザは立ち上がることに失敗し。
ギザギザは、マウントを取られることなく、カリュウはガードポジションに取られ。
そこで、二人はぴたりと動きを止めた。
続く