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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(194)

 

 ぴたり、と地面に倒れた二人は、それぞれの体勢にたどり着いて、動きを止めた。

 カリュウは上、しかし、ガードポジションを取られている。

 ギザギザは下、しかし、脚でカリュウを押さえ込んでいる。

「……決まりましたか?」

 ぽつり、とランが、誰に言うでもなく、しかし、視線は完全に浩之に向いているので、間違いなく浩之に言っているのだろうが、つぶやく。

 何か、多少横の綾香が不機嫌な表情をしたようにも思えたが、怖いので、見なかったことにして、浩之は聞こえる。

 ランは冷静だが、他の観客は、そういう訳にはいかない。

 ほとんどが、片方のファンであり、武器を使うギザギザが、倒されて上に乗られれば、それは落ち着いてなどいられまい。

 冷静なランだからこそ、というより、試合はともかく、カリュウにもギザギザにも興味がないからこそ、状況を端的に言い表したのだ。

 上になっている方が、一方的に有利とは言えない状況だった。ガードポジションでは、下手をすれば、下の方が有利になることもあるのだ。

 とは言え、それは組み技での話。打撃系では、当然のことながら上の方が有利。下の者が距離を取ったり反対に近づいて防御を有利にするという手はあるが。

 しかし、浩之にも、この戦いはどうなるのかは分からない。何せ、ギザギザは防具をつけている上に、まで手にはトンファーを持ったままなのだ。

 カリュウも、今までの動きを見ている限りは、組み技ではギザギザよりも上だろう。だから、余計にどうなるのか、想像がつかない。

「想像つかないよなあ、この組み合わせ」

 浩之は、肩をすくめながらそう言った。マスカだけでも規格外なのに、そこに武器とか防具とか入るともう何が何だかわからない。

 そんな中、まず動いたのは、カリュウの方だった。

 すっ、と下になったギザギザに向かって、手を伸ばす。ギザギザが防具をつけている以上、上になっていても、打撃は効きそうにない。関節や締めを狙ったのだろう。

 キンッ!!

 それを、ギザギザは下からトンファーを振るって、カリュウの手をはじいた。

 防具があるからダメージはなかったろうが、倒れたままでも、ギザギザはトンファーを振るえるということだ。というより、下手に手を伸ばせないということになる。

 攻めるのにも、うかつに手を出すことも出来ず、カリュウの動きが止まる。

 それを見て、今度はギザギザが下からカリュウを狙う。

 ギンッ!!

 下から、それでも距離をかせげるトンファーが、カリュウの顔面を狙い、それをカリュウが腕の防具でガードする。

 威力は落ちているのだろう、しかし、ギザギザのトンファーは、倒れていても、なお十分に威力を持って、カリュウを打ち据えていた。

 腕のしびれぐらいは多少あるだろうが、倒すにはまったく足りない程度のものだったが、カリュウを直撃した、初めての攻撃だった。

 倒れて、完全に密着した状態では、カリュウとて距離を取ったり大きく避けたりできない。今まで、身体が自由に動けたからこそ、カリュウはトンファーを避け続けれたのだ。

 避けられると、防具でも当たるのでは、受けるダメージは差がなくとも、精神的には、大きく差がある。

 しかも、ギザギザは一発では終わらせなかった。

 ガガガッ!!

 連打で撃たれたトンファーが、カリュウの防具を叩く。

 連打、しかも、ちゃんと撃つ場所をばらけさせて、下からでも当てようとしている。どちらかと言うと、カリュウがうまくガードしている、という状態だった。

 つまり、うまくガードしないと、ダメージを受けるのは、カリュウの方、ということだ。

 普通は、上の方が有利なのだが、いかんせん、ギザギザは下からでもトンファーを振るえている。そして、手を出された以上、カリュウも防御しない訳にはいかないのだ。

 距離を取っての、打撃の撃ち合いでは、武器の長さ分、ギザギザが有利だ。

 本当なら、ギザギザの腰にからまった脚に手を当てて、身体を引き抜いてマウントポジションに移行したい状態なのだ。

 しかし、片方の手をそちらに回してしまったら、防御に回せなくなってしまう。脇腹や頭に直撃を受けたら、倒れて威力が弱まっていても、十分に危険だ。

 しかし、このまま守りにまわっていても、どうしようもないのも事実。多少強引でも、何かしらの動きを見せないことには、カリュウの勝つ術はない。

 カリュウも、そう思ったのだろう、両腕で身体をガードするようにして、一気にギザギザの上にのしかかった。

 上から完全に密着すれば、打撃はほとんど使えなくなるし、相手の脚から抜けるのもやり易くなる。

 が、カリュウが近づいてくるのを、ギザギザは脚で制する。身体と身体の間に、ギザギザの脚が入っている以上、そこを制御できるのは、ギザギザの方なのだ。

 ゴッ!

 無理矢理近づこうとしたカリュウの脇腹に、トンファーが入った。

「くっ!」

 カリュウの、初めて焦った声が聞こえた。

 脇腹と言っても、下の方で、筋肉のついている部分だが、それでもダメージがあるのには違いない。ずっと撃たれていれば、ダメージは蓄積していく。

 が、カリュウもただでは済まさなかった。さらに狙ってくるギザギザのトンファーを受けると、そのまま完全にギザギザに覆い被さる。

 完全に近づいてしまえば、トンファーを振るうことも難しくなる。最小の動きで出せるとしても、可動域が減れば、当然無理も出てくるからだ。

 しかし、そう思った瞬間だった。

 ガッ!!

 上に完全に覆い被さった状態で密着したカリュウの後頭部に、ギザギザのトンファーが入っていた。

 威力は、立っているときと比べればまったく問題にならない程度だったが、それでも、十分な威力を持って、カリュウの頭を揺らした。

 ギザギザは、腕を伸ばして、一度地面につけると、そこから勢いを乗せて、カリュウの後頭部狙ってトンファーを繰り出したのだ。

 自分の肘を地面につけた部分を支点に、腕を曲げるところで動きを作り、肘を相手の身体からなるべく離すことによって、距離を作り威力をあげる。

 しかも、密着したカリュウからは、その動きは見ることができない。来るとは思っていない方向から来る打撃は、それは効くのだ。

 片手を防御に使えないということは、ギザギザにとってもかなり危険なことではあった。しかもトンファーを放そうとしなかったのだ。

 しかし、それもこのときのため、リスクを背負った、結果。

 ギザギザは、とうとう、カリュウに痛恨の一撃を入れることに、成功したのだ。

 

続く

 

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