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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(195)

 

 ギザギザからの痛恨の一撃を受けて、カリュウはギザギザの上で動きを止めた。

 見えない位置からの、強烈な一撃だ。これでKOでも何ら不思議ではない。

 カリュウの動きは、事実ぴたりと止まってしまった。決着だ、とファンですら思ったろう。そのまま、ギザギザが押し切るだろう、と誰もが思った。

 が、カリュウだけでなく、ギザギザの方も、動きがなくなっていた。

 数秒ほど、悲鳴が起こっていたが、どうも、何か起こっているというのに、遅まきながらも気付いたのだろう、ファン達は少しずつ静かになる。

 カリュウの下で、ギザギザがあがいていた。

 攻撃のために伸ばした腕を、カリュウが片手で押さえつけているのだ。もう片方も、完全に手首をにぎっていて、そう簡単には外れそうになかった。

 カリュウから攻撃するには、やはり無理があった。ダメージを完全に無視して攻撃などできないのだ。

 しかし、攻撃は出来なくとも、相手の動きを邪魔するぐらいなら、できたのだ。ギザギザは守りを無視して、腕を伸ばしていた。取られるのは、当然と言えよう。

 ダメージを受けながらも、その隙を見逃さなかったカリュウ。

 しかし、この攻防は、完全にカリュウの負けだった。

 後頭部に、武器での一撃は強烈過ぎる。ここから挽回しようにも、ギザギザも黙って下にいる訳ではなく、守りに回られている以上、簡単に決めきれるものではない。

 何より、ダメージが後を引いている今、カリュウの動きは精彩を欠いている。それでも両腕を封じて、何とかギザギザの動きを封じているのは、カリュウのうまさだ。

 ガードポジションもそのまま。どう見ても、ギザギザが有利だった。

 しかし、下で何とか腕をほどいて、攻撃に移ろうとしているギザギザが、あせっているのも事実。

 カリュウはダメージを受けて、ギザギザにしてみれば、まさに千載一遇のチャンス。

 これを逃せば、ダメージは消えなくとも、軽くどうにかはできないだろう。勝つためには、ここでカリュウの息の根を止めなければいけないのだ。

 派手さはないが、ここを制すれば、勝てる。ギザギザは、そのパフォーマンスとは裏腹に、どこが重要であるかということを、派手さなど抜きにわかっているのだ。

 そして、その意識は、見ている、おそらくはそんなに格闘技には詳しくないのでは? と思う、少女達にも伝わったのだろう、固唾を呑んで、それを見守る。

 カリュウが回復するのが先か、ギザギザが押し切るのが先か、いや、カリュウは回復しても、ここから攻めきれるのか?

 ギザギザとすれば、立って戦いたいだろう。動きが鈍っているときならば、防具があろうとも、カリュウを仕留めることが不可能とは思えない。

 カリュウにしても、現状から脱するには、立って一度距離を取るしかないのだが、立つ瞬間や、立った後を考えると、うかつに立ち上がる訳にもいくまい。

 ダメージが回復するまで、ギザギザをここで押さえ込む。手としてはそんなところだろう。ギザギザが焦るのもその所為だ。

 けど、回復するって、どこまでだ?

 浩之も、ダメージを受けながら戦った経験はあるが、ナドレナリンが出て傷みは消してくれても、やはり動きは鈍っていた。

 カリュウはダメージを負った、ギザギザは負っていない。その差は、あまりにも大きい。

 それでも油断できない、とギザギザが思っている以上、カリュウが有利になる手はない。

 こうなったのも、やはり武器と防具の所為だろう。

 勝負慣れや、作戦に関して言えば、カリュウの方が何度もギザギザを上回っている。しかし、それで決められないほどに、武器のアドバンテージは大きい。

 防具もそうだ。急所を保護されている所為で、打撃が封じられている。決してカリュウは打撃が苦手なタイプではなかったので、戦術の幅はそれでぐっと少なくなる。

 ギザギザは、反対に打撃の心配をする必要がなくなり、攻撃と、組み技だけに集中できる。防具の上からなら、ダメージが当たっても、動きに支障をきたすことはないと思っているのだろう。

 確かに、武器をかいくぐって防具を打ち抜くような打撃など、誰が打てるというのだろう。綾香や葵、坂下ならあるいは、とも思うが、今のところ、カリュウが出来る様子はない。

 武器、防具が許可されている時点で、素手で来る方がバカなのだろう。もちろん、マスカレイドはそういうルールなので、それを責める気は浩之にはない。

 しかし、それでも素手で戦う人間を応援したくはなる。判官贔屓と言われればそれまでだが、浩之は、多少なりともカリュウの方を応援したくなった。

 しかし、おそらくは勝って、そして自分と戦って欲しいだろう坂下は、別段どちらを応援するでもなく、しかしいらいらした顔で観戦している。

 カリュウの勝ち負けというよりは、自分が戦っていないこと自体に腹立ててるんだろう、と浩之はあたりをつけたが、口には出さない。綾香だけでも災難は十分なのに、不機嫌な坂下とか、考えたくもない。

 くわばらくわばらと、浩之が失礼なことを考えているとき、試合場に、動きがあった。

 ぐりっ、とカリュウが、頭をギザギザに押しつけ出したのだ。さっきまでは、頭突きを警戒してのことだろう、むしろ自分の頭を地面にこすりつけるようにしていたのだ。

 ダメージは、ろくにどころか、まったくなかろう。顔面を守るために、ギザギザは横を向いて、ヘルメットの硬い部分で受けている。

 しかし、視界を遮られるのは間違いなく、カリュウが何かを狙っているのは間違いなかった。まだダメージはそう回復していないだろうに、仕掛けるのが早過ぎる、と浩之などは思ったものだが。

 ギザギザの、伸ばしていなかった方の腕を、カリュウが何とか内に巻き込む。これで、片手は完全に封じられた。

 しかし、ギザギザの下半身は生きているし、何より、もう片手を放せば、トンファーが後頭部に飛んでくることは間違いない。

 おそらくは、ガードポジションを抜けて、マウント、最低でもハーフマウントを取ろうとしているのだろう。そうなったら、十分に相手の攻撃を封じることができる。

 しかし、ギザギザは、当然そんなことを簡単に許してくれる訳がなかった。

 腰を抜こうとするカリュウの腰に、しっかりと脚をからめ、ブリッジで後ろに引き離そうとする。

 それを、カリュウは力任せに押さえつけると、じりじりと身体を前に持って行く。前に移動すれば、それだけ片脚でもギザギザの脚から抜け出せる可能性が増えるのだ。

 ハーフマウントになれば、身体で腕を押さえることが出来る。トンファーだって、ろくに使えなくなるだろう。カリュウの、起死回生の狙い。

 しかし、身体が前に行けば、それだけ、重心が中心から、ずれるのだ。

 一瞬、無理にでも脚を抜こうとしたカリュウの重心がずれたのを、ギザギザは見逃さなかった。

 身体をひねると、一気に斜め後ろにカリュウの下から抜け、カリュウのバックを取ろうとしたのだ。

 それは、半分成功し、ギザギザはカリュウのいましめから抜け、立ち上がった。

 が、しかし、ギザギザは、後ろを取った瞬間に、トンファーを振るうことは出来ず、カリュウは、まるでギザギザがそう逃げることを知っていたかのように、脇目もふらずに一直線に前、つまりギザギザとは反対方向に、逃げた。

 何が起きたのか、それを理解した瞬間に、観客達は、一気に、沸き上がった。

 一つだけ、決定的とも言える事柄を含んで、二人は、立ち上がって、距離を取ったのだった。

 

続く

 

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