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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(196)

 

 顔をゆがめて、ギザギザは息を整えるカリュウを睨んだ。

 カリュウにも、余裕というものはなかったろう。現に、ダメージも相まって、距離を取っているだけで、何もしかけて来ない。

 ギザギザは、その間に攻撃に移るべきなのだ。しかし、それが、とっさにできない。

 何故なら、顔をゆがめたのが、誰の目にも見えるからだ。

 さっきまで、素手だったはずのカリュウの手に、何かが握られていた。それに、ギザギザの視線は集中している。

 とっさの判断なのか、それとも、これを狙っていたのか。今の状況からはそれは読めないが、カリュウが、まさに起死回生の一撃を打った、と言っていいだろう。

 それでも、カリュウのファンだけでなく、ギザギザのファンも驚くほど盛り上がる。まあ、顔を売り物の一つにしているギザギザのファンなのだから、それは仕方のないことだろう。

 ギザギザの素顔が、完全にさらけ出されているのだから。

 カリュウの手にあるのは、さっきまでギザギザの顔を隠していたヘルメット。

 ガードポジションを取られながらも、カリュウは、攻撃をあきらめた訳ではなかったのだ。ハームマウントや、マウントポジションに移行しようとするのは、単なるフェイント、いや、予想以上のギザギザの抵抗に、あっさりあきらめたのだろう。

 そして、狙ったのは、通常なら考えられないことだが、相手の防具。

 マスカレイドは、マスクをつけて試合を行う以上、マスクを取るという行為自体は推奨されないだろうが、そういう問題だけではなかった。

 普通に、マスクを取ることを考えれば、殴った方が早いに決まっているのだ。

 素顔を見せてしまったという、精神的ダメージは、おそらくギザギザにはない。もともと、マスカレイドでは珍しい素顔を見せる選手なのだ。試合中に見られたからと言って、それでどうこういうことはないだろう。しかし。

「これで、わからなくなったわね」

 綾香が、うきうきしながら言う言葉が、この状況を正確に表しているだろう。

 カリュウはダメージを受けているし、ギザギザはまったくダメージを受けていないが、ヘルメットを外したことは、その差を埋めるほど大きい。

 素顔を晒す、という以上の意味が、そのヘルメットにはあるのだ。

 ギザギザの有利を保証するものは、もちろんその実力が下地にあってのことだが、武器と防具によるところは、大きい。

 防具があれば、多少無茶な攻撃をしても、相手のカウンターを警戒する必要が、少ない。生半可な攻撃では、防具を打ち抜くほどのダメージが出せないからだ。

 しかし、おそらく、殴り合いでもっとも防具の欲しい場所、頭部の防具が、今はカリュウの手にある。

 カリュウは、そのヘルメットを、何の躊躇もなく、投げ捨てた。試合場の外に、だ。

 観客の方ではなく、カリュウが試合場に入ってくるための道の方に捨てたのだ。邪魔な観客が中に投げ込む、という状況も起きないだろう。

 もちろん、取りにいく暇などない。入り口は閉じられているので、金網を登っていかなければならず、それをカリュウが許す訳もなく、そもそも、試合中に試合場の外に出ることは、許されていない。これが、範囲を気にしない、夜の公園などであれば、話は違うのだろうが、それならそれで、カリュウは池に投げ込んだりと、色々と考えてくるだろう。

 これで、さっきまで、打撃を封じられたと同じだったカリュウの腕が、打撃を放つことが出来るようになった、ということだ。

 それは、試合はわからなくなる。

 それでも、防具をつけた部分が多いのはギザギザで、手には倒れたときも放さなかったトンファーがあるのだし、単純に考えれば、ギザギザの方が有利だ。しかも、カリュウには一発入っているのだ。

 それでも、これでギザギザは精神的に余裕を持てなくなった。今までも、余裕などなかっただろうが、今度は、追いつめられていると言ってもいいだろう。

 普通は、相手の防具を取ろうなどとは、誰も考えない。武器ならけっこう簡単に取れるし、使えるだろうが、防具相手では、そんなことを考えることもないだろう。

 しかし、カリュウの経験は、そんな常識をあっさりと覆した。

「まあ、ああいう手もあるね」

 坂下は、むしろ苦笑している。下手な防具を貫通しそうな勢いのある坂下には、やはりいらない方法ではある。

「でも、ギザギザの方も、とっさにかばったりしなかったんだし、うまいんじゃないのか?」

「そうなんですか?」

 ランには、その攻防は見えなかったようだ。珍しく、素直に感心している。

 カリュウのその強引な方法も凄いとは思うが、浩之は、ちゃんとギザギザが、それに対応していたのを、見て理解していた。

 ヘルメットが取られそうになっているのに気付いたのは、もう致命的な状況だったのだろう。ギザギザは、とっさにヘルメットに手をかけたりはしなかった。

 もし、そこで止まっていれば、おそらくは中途半端な状態でヘルメットは止まり、ギザギザは視界を封じられていたろう。

 視界のない状況で、カリュウと寝技を勝負というのは、まさにどうしようもない状況。

 だったら、一気に抜けて、立ち上がる方が正しい、とあの一瞬でギザギザは判断したということだ。あの一瞬で、そこまで判断できるのは凄い。

 もっとも、最初からヘルメットを取られる、という状況を想定していれば、そんなことにもならなかったのかもしれないが、しかし、ここはギザギザを責めるべきではなく、カリュウのうまさを誉めるべきだろう。

 狙っていたかそうでないかは置いておいて、少なくとも、作戦はものの見事にはまったのに、カリュウは喜ぶそぶりも見せずに、構えを取った。

 左半身、防御としては重要になる左腕を引き気味に、そして攻撃の要になる右腕を胸にひきつけ、脚が、軽いステップを使い出す。

 完全に打撃の構えだった。まだ防具は残っているというのに、頭以外は狙う気などない、と言っているようなものだった。

 しかし、相手の狙いがあからさまでも、ギザギザは油断したりしない。ここからいきなり組み技に来られるかもしれないし、いきなりローキックを放ってくるかもしれない。自分では想像できない手を打ってくるかもしれない。

 カリュウは、完全な正統派のスタイル。トリッキーと呼ばれるマスカレイド独特の、普通ではありえない戦い方をする選手とは、違う。

 しかし、浩之も、練習や試合をこなすうちに、正統派と言われるスタイルでも、基本は、トリッキーと同じこを知っていた。

 何故なら、正統派は強いからこそ正統、しかし、だからと言って、正統で相手を上回るには、それだけの強さが必要だ。

 勝てない相手に勝つには、正統なだけでは駄目だ。

 つまり、いかにして相手の考えの裏をかくか。対応されればそれで終わりの手を、しかし、勝つためには選択する以外、手はないのだ。

 カリュウは、まさに浩之の考え、それ自体を体現していた。

 正統派であり、しかし、相手の裏に手を打つ。

 武器や防具や、それ以前に実力も関係ない、勝つために、戦うそれを、人は。

 「強さ」、と呼ぶのだ。

 

続く

 

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