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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(197)

 

 ギザギザが動揺しているのを、自分の方がダメージを受けているにも関わらず、チャンスと考えているのか、カリュウは見逃さなかった。

 スピードを保てる打撃の構えから、素早くギザギザに飛び込む。

 ギザギザは、はっとしたように守りを取るが、とっさのことだったのか、前に出たカリュウに攻撃を合わせなかった。

 武器分のリーチがあるギザギザにとってみれば、カリュウの打撃を、しかもパンチを避けるなど容易いことだった。

 カリュウのジャブを、後ろに下がりながら避けるギザギザは、避けてから改めてトンファーを、カリュウの脇を狙って放つ。

 ガキンッ!!

 しかし、その攻撃はカリュウの腕の防具にはじかれる。カリュウも、深く追う気がないのか、それは不可能と判断したのか、左のジャブだけで、コンビネーションも追撃もする様子がない。

 後ろに下がりながら、前に出てくる相手を狙い打ちしてくるギザギザ相手に、真正面からの攻撃では無理があると判断したのだろう。

 それとも、後ろに下がらせるとこが本当は目的で、それが達せられたので問題ないと判断して引き下がったのか。

 とうとう、カリュウの方から、積極的に攻撃に移ったのだ。相手の隙を突くでもなく、相手の攻撃をはじいた後でもなく、カリュウ自身からの正面への攻撃は初めてだった。

 しかし、それが、ちゃんと効果があることが、この小手調べの攻防でも十分読み取れる。

 ランが、いぶかしげな顔で浩之に尋ねる。

「何か、凄く警戒していますね」

 ランは、どう見てもカリュウのファンであるレイカ達とは違うようなので、冷静にカリュウとギザギザの差を見て取れるのだろう。

 そう、今のところ、対等以上にカリュウは攻めているが、しかし、決して有利な訳ではない。それほどに、ギザギザの持つトンファーという武器のアドバンテージは大きい。

 素直に考えれば、立ち技の状態で戦うのなら、ギザギザの方が有利で、そこまで警戒する必要はないはずなのだ。

 見た印象だけではなく、事実ギザギザは非常に警戒している。前に出るカリュウに攻撃を合わせるのではなく、一度相手に攻撃させて、確実性を増してから攻撃している。

 何より相手を待つというのは、狙われるカウンターを警戒してのところが大きい。

「そうだな。まあ、マスクがはがれて、やっと同じ舞台に立ったってことだろ?」

 頭部のヘルメットという防具を無くしたギザギザは、下手に攻撃を出すことができない。カリュウは、それを受け流してカウンターを取ってくる可能性があるからだ。

 ギザギザとは反対に、カリュウの方は、ダメージはどこまで抜けているのかわからないが、腕の防具を使えるようになったことで、動きの幅は大きくなるし、頭部を打撃で狙えるようになったことで、攻撃の幅は物凄く大きくなった。

 牽制用のジャブだが、むしろ不用意とも思える攻撃は、二人の差をよく表していた。

 打撃を気にしなければならなくなったギザギザは、非常に警戒を強め。

 腕の防具というものを解禁したカリュウは、余計に攻撃に転じれるようになったのだ。

「そういや、カリュウはハイキックとか使えるのか?」

 浩之自身、あまりカリュウを知っている訳ではないので、ランに聞いてみる。ランは、これでもマスカレイドの選手であるし、他の選手のこともそれなりに知っているようだし、上位の人間ともなれば、当然知っているだろう。

 キックは、やはり隙の大きい攻撃であるし、普通はかなり有効である下半身を狙えない以上あまり多用することはないかもしれないが、それでも、使える、となればかなり攻撃に幅が出来る。むしろ、それができるとギザギザに知られることで、ギザギザに対する精神的枷は増えるはずだ。

「あまり詳しくないですが、苦手ではなかったと思います」

 できることなら詳しく教えたいのだけれど、という表情でランは答えた。

 ランは、もちろんマスカレイドの上位の選手のことは、もちろんそれなりに知ってはいる。調べている、というレベルにはあると思う。

 しかし、カリュウに関しては、カリュウがマスカレイドでは、かなり息の長い選手であることを考えると、驚くほど情報を持っていない。

 その要因の一つは、間違いなくレイカ達にあるとは思う。

 何せ、いつもは男なんてという顔をするレイカ達が、何故かカリュウに対してはむしろミーハーな女の子のような態度を取るのか、実のところランは嫌いだったのだ。

 その所為で、意識的にカリュウの情報を避けて来た、というのはあった。

 まあ、それだけでは説明できないものが、カリュウにはあると思うのも嘘ではないのだが。

 多少、いや、ラン的に言えばかなり不本意だが、仕方なく同じチームの仲間のゼロを、説明して欲しいという気持ちを込めて見る。

 ランの微妙な気持ちに気付いているのかそうでないのか、ゼロは苦笑してから、ランの無言の質問に答えた。

「カリュウは、基本的に武器を使わない、ってこと以外はどんな格闘スタイルも問題なくこなしているよ。いや、どっちかと言うと、苦手じゃない、ってところ?」

 もったいつけた言い方だな、とランは思った。それを聞いた浩之はと言うと、その言い方には、意味があると理解した。

「苦手じゃない、か。じゃあ、得意技は?」

「それが、私にもよくわからないんだよ」

 止めは、マウントやグラウンドが多いんだけどね、と注釈をつけながら、ゼロは詳しく話してくれる。

「まさに、苦手ではない、ってのがカリュウのスタイルさ。どんな格闘スタイルもそつなくこなすけど、どれも飛び抜けている訳じゃない。組み付いた後の技で止めを刺すのが多いのも、それが確実だから、以上の意味はないようだし」

 しかし、それは。

 浩之の、反論したそうな表情に、ゼロはすぐに答える。

「そう、マスカレイドってところは、その性質上、オールラウンダーは不利だよ。相手の苦手な状況ならともかく、相手に有利な状況になると、それを突破する方法がなくなる」

 試合では、一点突破型、つまり何か非常に得意とするものがあって、それで試合を組み立てたり、起死回生を狙ったりするのは、あまり推奨されない。

 上に行けば行くほど、実力の差が均衡して来たとき、その得意技に対応されたら、勝てる訳がないのだ。一点突破型は、その一点に集中している分は、他が弱くなるのが当然だから、その一点が止められると、弱い。

 そんな博打を打ち続けるというのは、いかにもまずい。だから、苦手なものがない、という状況が多くなる。

 しかし、マスカレイドは、そうも言っていられない。

 対等ではない状況も多いのだ。最初が同じならいいが、片方が不利な試合場などは、けっこうざらである。オールラウンダーは、そのときは全ての能力が均等に落ちるという、もうどうしようもない状況になってしまう。

 だから、飛び抜けたものを持って、それを打破する、という手を使う意味が出てくる。

 しかし、カリュウは、苦手なものがない、という利点はあっても、不利な状況を打破するという爆発力に欠けるスタイルをしている、ということになる。

「カリュウは、言ってしまえば、器用貧乏ってところ」

 ゼロの言ったその評価に、ファンの人間は嫌な顔をしたが、浩之は、正直、他人事だとは、思えなかった。

 さっきも強く感じたが、もう、決定的だった。

 器用貧乏、それは、むしろ浩之がいつも自分に感じている格闘スタイルの印象、そのままだったからだ。

 

続く

 

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