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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(198)

 

 ゼロさんが表現した器用貧乏という表現に、私は納得した。特に、カリュウのことをさっぱり誉めていないように聞こえる辺りが良い。

 姉達は嫌な顔をしているが、なるほど、言われてみればその通りだ。

 飛び抜けたものがない、オールラウンダー。必殺技を持たない主人公のようなものだ。格好良さの欠片もない。

 もちろん、そのレベルは、私とはまったくかけ離れた世界なのはわかっている。一点突破型で対抗できるぬるい相手ではないだろう。

 それでも、他の同じレベルの相手をしたとしたら?

 ギザギザは、どう言ったところで、一点突破型の選手。装備と言う一点にしぼって作られた強者。ただ、それが広げやすいものであるというだけで、オールラウンドに使えるというものではない。

 反対に、カリュウは最初から全てを想定している選手。自身が素手であるという点以外は、どんなことにも対応できる、そして同じように、集中することがない。

 一点の切れ味には、到底太刀打ちできそうにないスタイルなのだ。総合的に強い、というスタイルが、マスカで目立っていないのは、それがマスカの中では理にかなわないから。

 それでも善戦するあたりに、カリュウのうまさがあるのだろうが、どちらにしろ、私にはどうでもいい話だった。カリュウのことはどちらかと言うと嫌いで、ついでに相手のギザギザのことも好きではないので、どちらが勝とうとも、私の知ったことではないのだ。

 せいぜい、ヨシエさんの次の相手として、カリュウが勝った方が、ヨシエさんが嬉しいだろう、と思う程度だ。

 しかし、そんな私の気持ちを裏切るように、何故か自分のことのように、浩之先輩は苦笑よりも少し苦みの多い表情をした。

「浩之先輩、どうかしましたか?」

 カリュウのファンだなどとついぞ聞いたことがなかったのだが、そうなのだろうか? 正直、浩之先輩がカリュウのファンであったとしたら、多少ショックである。

 しかし、浩之先輩の言葉は、それ以上に私に驚きを与えた。

「いや、器用貧乏って、俺のことだから」

「……浩之先輩が、ですか?」

 にわかには信じられないセリフだった。というよりも、浩之先輩の思い違いではないのだろうか、と素直に思った。

「そんなことありませ……」

「ほんと、浩之そのまんまね」

 気持ちが命じるままに、私が否定の言葉を口にしとうとしたのに、横から口をつっこんできたのは、憎き来栖川綾香だった。

 私は浩之先輩の目があるのも忘れてキッと来栖川綾香を睨み付けるが、来栖川綾香は、こちらに視線さえ送って来なかった。わざと無視しているのか、それとも本当に眼中にないのかわからないが、私の短い堪忍袋の緒が切れるには十分だった。

「返す言葉もねえよ」

 しかし、怒鳴ろうとした私の言葉は、浩之先輩のセリフと、苦笑いに止められる。

 怒りの矛先は明らかなのだが、それを向けるためのタイミングを無くして、私は仕方なく、理で反論することにした。

「浩之先輩が器用貧乏だとは思いません。どんな戦い方も、かなりのレベルに達していると思います」

 それを聞いて、来栖川綾香は、初めて私に気付いたように、クスッ、と笑った。

 来栖川綾香と私との実力差は、それは笑ってしまうほどに大きいだろうが、でも、浩之先輩のレベルが低いとは、彼女だって言えないはずだ。

 ビームでも出そうなぐらい鋭くなる視線を、来栖川綾香はあっさりと受け流す。

「浩之、あいも変わらず、後輩達には愛されてるわよねえ」

 達、というセリフが、誰に向かってのものなのか気になって、私は一瞬怒りを忘れた。所詮、浩之先輩に対する来栖川綾香の態度がむかつくだけで、当然浩之先輩のことで、他の問題があったのなら、そちらに意識が向いてしまうのは、仕方のないことだ、と自分でいい訳しながら。

「いや、ランがそう言ってくれるのはありがたいんだけどな。俺も自分のレベルぐらいはわかる。俺なんてまだまだだ」

 それが、私にではなく、まるで来栖川綾香に向かって言っているようで、多少気にくわなかったが、浩之先輩が改めてそう言った以上、私も口を閉じるしかなかった。

 そうやって口を閉じた瞬間、試合場では、カリュウがまたギザギザに向かってつっかかって行く。

 今度は、左右のワンツー。が、これは浅い。悠々とギザギザは避けると、今度は両腕を使って、右は上、左は下を狙ってトンファーを振るう。

 カリュウが攻撃の為に近づいたおかげで、腰を返さずとも両腕を攻撃に使えるようになったのだ。トンファーに高低をつけて振るわれたら、正直対応など不可能なように思えた。

 ギンッ!!

 しかし、それをカリュウは、まるで読んでいたかのごとく、ワンツーで引く手をそのまま防御に回していた。防具ではじかれて、ギザギザの攻撃も不発に終わる。

 と、まるで申し合わせていたかのように、両方が同時に前蹴りを放った。私から見れば、その一撃すらも、回避は難しいのに、それに、どちらかが動きを見て合わせた、という非常識なことをやってのけたのだろう。

 ドウッ!!

 前蹴りは、両方のお腹にヒット。カリュウが体重分、いや、防具分不利だったのか、後ろに飛ぶ。浮いた身体は、そのまま隙となる。

 それを、ギザギザは追撃するために前に出た。

 両腕を同時に振るうなどという非効率的なものではない。一発に必殺を込めた、大きく振りかぶった右の一撃。

 しかし、大振りの一撃は、受け流されれば隙を作る。その隙を、カリュウが逃すはずがない。私は、ギザギザがあせったのだと判断した。

 今までも何度もギザギザの攻撃を受け流してきたカリュウにしてみれば、願ってもないチャンス。

 防御、いや、受け流すために、カリュウも宙にありながら体勢を整える。

 そのとき、私なら、回避不可能、というよりも反応すらできないであろうトンファーのスピード。それが、さらに加速した。

 ギュゥンッ!!

 宙にあるまま、カリュウの身体が、横に吹き飛んだ。

 それはまるで、車にはねられたのかのような、無茶な勢いで、カリュウの細身であっても小柄とは言えない身体が飛ぶ。

 カリュウは、そのまま金網に身体をあずけるようにして打ち付けられた。

 が、すぐにそれでも体勢を整えるべく着地する。しかし、普通ならば、ギザギザにとっては十分な隙だった。

 しかし、カリュウは地面に降りて、体勢を整えるだけの余裕があった。

 それこそ、完全な一撃必殺を狙った、後を度外視した一撃。ギザギザが放ったのは、それだった。だから、いかなギザギザと言えども、体勢は完全に崩れていた。

 倒れこそしなかったが、まるで飛び技を使った後のように、ギザギザは体勢を崩していたのだ。カリュウに反撃を許すような時間ではなかったが、カリュウの体勢が崩れた間を狙うだけの余裕は、なかったらしい。

 しかし、私は、凄い、と素直に思った。

 その短い棒から、人一人を交通事故みたいにはじき飛ばすような一撃が繰り出されたのだ。正直、感動しない方がどうかしている。

 これが、一点突破。

 何でもできる、しかし、何もできないオールラウンダーとは、明らかに一線を画する。

 ちらり、と私は浩之先輩を見る。

 浩之先輩は、そちらの人間ではない、のだろうか? 何でもできる、でも何もできない格闘家だと、先輩自身をそう表するのだろうか?

 私には、よく、わからなかった。

 だって、私の中では、浩之先輩は、特別なのだから、わかりようもなかったことに気付いたのは、もっとずっと後の話だった。

 

続く

 

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