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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(199)

 

 カリュウははね飛ばされただけで、さしたるダメージはなかったように、観客には見えた。一撃で相手をはね飛ばすそれは凄いとは思うものの、見た目が派手なだけで、防御するのは簡単だ、と思われたのだ。

 しかし、相手をはね飛ばしたことによってできた隙がすでに消えているというのに、ギザギザは攻撃に移っていた。

 トンファーが、目視できないほどのスピードで振るわれる。同時に放つ不格好なものではなく、素早い腰の返しで繰り出すコンビネーションを、カリュウは金網をつたうように横に避ける。

 だが、返しを考えていれば、ギザギザの攻撃は二発では終わらない。

 遠心力を有効に利用するトンファーの動きの基本は円。ギザギザを中心とした竜巻のような攻撃が、逃げるカリュウを追いすがる。

 カリュウは、それに防御もできない、後ろに逃げながら避けるのが精一杯だ。

 今まで守りに徹していたのが嘘のような猛攻だ。

 円の動きは怖い。しかし、それも止めてしまえば、決定的なチャンスがカリュウに訪れるはずなのだ。しかし、カリュウはそのチャンスを作ろうとしない。

 今までの果敢な攻めは何だったのだ、と思うほど、カリュウは間合いを無視して後ろに下がる。そう、すでに一定の間合いを保持することすらしていない。

 こうなってしまうと、前進する相手を止めるのは至難の技だ。カリュウでも、おいそれと不用意なことはできない。

 いつの間にか、カリュウの旗色はかなり悪くなっていた。しかし、さっきからギザギザの攻撃はことごとく防御されており、決まったと言えば、後先考えない大振りの一撃だった。

 あれが思いの他効いてる?

 浩之には、そうとは思えなかった。事実、カリュウの回避の動きは先ほどと比べても遜色ない。逃げに徹している分、余裕があるぐらいだ。

 ……いや、余裕がないんだ。動きそのものはともかく、精神的に、カリュウに余裕が無くなった。

 どこが、と聞かれれば、簡単な話だ。守りに、いや、回避に徹しているところ。

 避けているだけでは、懐に入れない。しかし、カリュウは、先ほどまでは無理にでもつめていた間合いを消してしまっても、回避に専念している。

 ということは、おそらくは防御が出来ない理由がある、ということだ。

「腕、痛めたのか?」

「おそらくね」

 浩之の予想を、綾香が肯定した。

 痛めている、というほどではないのかもしれない。一応、動いてはいるのだ。しかし、しびれているぐらいは、なっているのかもしれない。

 少なくとも、片腕を防御にまわせないぐらいには。

 武器というハンデをものともせずに押していたカリュウから、力任せの一発で流れを奪い取る、これが、一点突破の恐ろしさ。

 力任せの一撃だと分かった時点で、カリュウは避ければ良かったのだ。しかし、色気を出して反撃を狙った結果、腕にダメージを受けてしまった。

 例え防具の上からだろうと、全力の攻撃なら、腕をしびれさせるぐらいはできる、その可能性を考えなかったのが、カリュウのミスだったのだ。

 いや、一番のミスはそれではなく、腕のしびれが抜けるまでは、回避に専念しようと考え、それこそがカリュウをピンチに追い込んでいるのかもしれない。

 もともと威力の高いギザギザに、いいように攻撃を許す、そのこと自体が問題なのだ。

 最初は回避しているにしても、距離を詰めて相手にプレッシャーを与えるのに成功していた。防具を使うようになったら、今度は積極的に攻撃することで相手を封じていた。

 しかし、今は攻撃に移るどころか、無抵抗で後ろに下がっている。ギザギザにとっては、これ以上望めない体勢なのだ。

 それでも、カリュウは回避に専念するしかなかった、というのも事実だ。どうせ、距離を離さないようにしたところで、ギザギザはカリュウの異変に気付いている。片腕がろくに動かない状態では、攻撃も何もあったものではない。

 致命的なミスに、どうしようもなくはまりこんだカリュウを、ギザギザは連打で押す。さらに、連打していても、ほとんどギザギザにあせる様子はない。

 カリュウの腕が回復した瞬間に、このチャンスがふいになることも十分理解できているのだろうが、ここであせった姿を見せれば、それこそ致命的になりかねない、とでも思っているのだろうか?

 それとも、回復する前に、決める自信がある?

 いや、そうカリュウに思わせることこそ、ギザギザの狙いだろう。ギザギザだって、今までマスカレイドの厚い層を勝ち残って来たのだ。勝負の機微でずっと遅れを取る訳ではない。

 防御で動きを止められなくなったギザギザの攻撃は、速く、それ以上にどこから飛んでくるのか予想できない。

 腕をひねるだけで軌道が変化するトンファーは、体勢で軌道が妨げられることが少ない。通常の打撃とは違う、無軌道な攻撃は、今までカリュウが避けてこられたのが、信じられないぐらいだ。

 だが、どんなに逃げるのがうまくとも、前進と後退では、前進の方が遥かに速く、それは後退するのがカリュウでも、覆せなかった。

 うまく円を描きながら下がっているので、何とか金網に追いつめられるというのは逃れているが、捉まえられるのも、時間の問題、と思わせるほど、ギザギザの動きが苛烈を極める。

 が、反対に言えば、その動きでもギザギザはカリュウを捉え切れていないのだ。どんなにトンファーを振り回したところで、射程に入らなければどうしようもない。カリュウは、うまく動いて、その射程から逃れているのだ。

 カリュウを倒すために、ギザギザはもう一つ決心しなければならないのだ。

 あと少し、反撃を受ける危険性が劇的に上がる距離に、その身を置かなければ、カリュウを捉えることはできない。

 今のカリュウからの反撃は、ほぼありえない。しかし、それを警戒せずに攻めることができるほど、カリュウは甘くないのだ。

 だが、両腕が使えるようになった瞬間に、チャンスは消える。

 ギザギザは、決心したようだった。

 カリュウの反撃があるかもしれないその距離に、ギザギザは踏み込んだ。

 ピッ!!

 先ほどまで空ぶっていた攻撃が、ほんのわずか、カリュウの身体をかすめる。今度は演技ではない。間違いなく、射程に入ったのだ。

 が、それは、片腕がまだうまく動かないカリュウにしたところで、チャンス。トンファーを避けた後に、反撃できる可能性もあるのだ。

 カリュウが防具を使用する前の状態よりも、さらに近いところに二人はいるのだ。

 しかし、それですら、ギザギザにはまだ足りない、と浩之は感じた。ここまでカリュウに攻撃を避けられるということは、カリュウにタイミングを読まれているということだ。

 タイミングを読まれるという、打撃系としてはほぼ最悪の状況を打破するには、もう一つ、何か必要だ、と浩之は考えた。

 そして、ギザギザは、そのもう一つを、用意して来た。

 内から外へ振り払われるような右の一撃を、カリュウは後ろに飛んで避けた。しかし、あまりにも近づいているために、さらに同じ軌道に放たれるであろう左の一撃を空中で受ける体勢になる。

 カリュウは、とっさに、自由に動く右の腕でガードを固める。多少の軌道変化には対応できるつもりだった。

 しかし、ギザギザは、ここでマスカレイドで「今まで」温存していた技を、使った。

 ギザギザの左のトンファーが、ギザギザの手元で回転したかと思うと、カリュウのガードのさらに前で回転し、ガードをすり抜けるが、しかし、それは届いていないだけで、何の役にもたたないはずだった。

 その瞬間、いきなり、トンファーの軌道が、円から、線に変わり。

 ガードをすり抜け、真っ直ぐにカリュウに向かって突き出された。

 

続く

 

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