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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(200)

 

 予測すらしなかった、円から線への動きの変化。

 それは、守りのために構えられたカリュウの腕を、あっさりと抜けた。

 トンファーという武器の弱点、それは、支点にある。

 支点を中心に、円を描く軌道は、確かにスピードは速いが、それ以上に、動きが予測しやすい。支点から前の動きで、どこに来るのか分かるのだ。

 その弱点が、今までカリュウに回避を可能にさせていたと言ってもいい。

 これが木刀ならば、にぎりの箇所を広く開け、てこの原理で大きく剣先を変化させることができたろう。これが棒術なら、先の木刀の原理と同じく、さらに握る箇所を変化させて、変化の大きい攻撃を仕掛けることもできたろう。

 しかし、両方とも、一メートルを超す武器を認められていないマスカレイドでは不可能で、そういう点では、トンファーは見事なまでにマスカレイドに合っている。

 しかし、支点が移動できないのと、支点から先端までの距離が同じ、そして軌道を変えることも、木刀や棒術に比べれば変化が少ない。

 その弱点を、使っているギザギザも、ちゃんと理解していたのだ。

 いつもは、その弱点をかかえたままでもいい。事実、それで今まで戦ってきた。防具と相まって、攻撃力と防御力が飛び抜けていたからだ。

 しかし、それでも倒せない相手を前にしたときの裏技を、ギザギザはちゃんと用意していたのだ。

 支点を変化させることはできない。しかし、短くすることは可能なのだ。

 トンファーを振るう腕を、もっと引き気味にすればいいのだ。それだとトンファーにかける力が弱くなり、最大スピードは出せない。

 しかし、ちゃんと間合いを狙えば、防御に当たらなくすることは可能だった。

 そして、相手のガードをやり過ごして、今度は、突く。

 相手のガードを超えた瞬間に、回転を止め、そのまま突き出すのだ。そのタイミングを、ギザギザは何度も練習して習得していた。

 普通なら、次の一打を放つために残しておくはずの動きを、その突きにかける。

 腕の力は入らないが、腕を伸ばした状態で完全に固定し、全体重をかける木の棒の威力は、防具なしで耐えられるものではない。

 そもそも、トンファーは振り回して使う、などという先入観が間違っているのだ。回転させてスピードと威力を上げることも可能だが、実際は警棒の延長として使われることの方が多い。

 トンファーの実力者になれば、トンファーを使った関節技も使えるらしいが、ギザギザはそこまで自分を上げることができなかった。教えを請うていた人にマスカレイドのことがばれて怒られて以来、行っていないのだ。そういう意味では、中途半端な状態とも言える。

 しかし、振り回す棒で、相手を突くぐらい、教えがなくともできる。

 マスカレイドに登録するときに、ギザギザ、とつけたのは、印象を与えることができればいい、という気持ちがあったからなのだが、今は違う。

 いつもは円とする自分、それから繰り出させる、ギザギザの攻撃こそ、本命。

 その突きは、今ではギザギザを表す攻撃だった。そして、マスカレイドで使うのも初めて。宙にいるカリュウに、回避など不可能。

 風を切る音が響いた。それほど、突きが鋭かったのだ。

 しかし、ギザギザの突きは、空を切った。

「っ!!」

 ガシャンッ! と金網の音が響いて、ギザギザは多くを悟った。

 金網に、近づきすぎていたのだ。それだけならどういうことはない。しかし、相手が宙にあるのを見て、回避不可能と判断した、その判断を間違いにするには、十分な場所だったのだ。

 まだしびれは取れていないだろう腕を伸ばして、カリュウは金網を掴んだのだ。スピードがある必要もない。自由に動く必要もない。

 ただ、自分の軌道を変化させればいい。

 トンファーと同じだ。一箇所を固定されれば、そこを支点として、回転する。

 カリュウは、金網をつかんだ箇所を支点にして、まわったのだ。そして、金網を蹴って、必殺のつもりで突いたギザギザに、肉迫する。

 その突きが来ることを、理解していたとしか、思えない。一度も見せていないはずの、それを、だ。

 理解したときには、黒いものが、視界に入った後だった。

 ギザギザが反応できたのは、もうカリュウの黒い手袋に包まれた掌打が、ギザギザのあごを吹き飛ばした後。

 バグンッ!!

 ギザギザの身体が大きく浮く。走り込んだのと同じ体勢で放たれたカリュウの掌打は、相手をはね飛ばすほどの威力がある。

 が、それだけではない。とっさに、ギザギザが後ろに飛んだのだ。そのほとんどの威力を殺しきれなかったが、何もしないよりは千倍もましだった。

 少なくとも、まだ意識は飛ばされていない。

 さらに追い打ちをかけようとして突進して来るカリュウに、ギザギザはダメージも消えぬまま腕を振るう。

 右の下から振り上げるトンファー。腕で防御し難い上、突撃して来るカリュウは、横に避けるという回避方法が難しく、この場面では一番正しいはずの選択。

 カッ!!

 その正しいはずの選択を、カリュウは一気に壊す。

 唯一、腕以外にも防具をつけている、否、防具をつけていると同じ箇所、つまり靴の裏で、その攻撃を受け止める。

 ギザギザは、それでもあきらめない。

 次に放たれるのは、ガードをくぐり抜ける、もう一つの技。

 トンファーの回転を止めて腕を振り抜き、相手のガードを抜けた瞬間に、開く。そのとき腕はすでに相手の前を通り過ぎるが、その後を追うようにトンファーが伸びる、非常に回避し辛い技だ。

 問題は、使った後の隙が大きいことと、やはりスピードもパワーも殺されること。攻撃を避けきるカリュウに対しては、使うのははばかられる技だったが、今は躊躇していられない。

 しかし、カリュウは右腕を思い切りギザギザに押しつけるようにして、その攻撃が出るのさえ封じてしまった。

 ダメージが、ギザギザの動きを鈍くさせていた。でなければ、二発目はともかく、一発目の下からの攻撃を靴で受け止められるようなことなどなかっただろう。

 ゴッ!!

 そして、ギザギザの攻撃を完全に封じ込めた上で、カリュウは、存分に動かない片腕の変わりに、頭を、ギザギザの顔に叩き付けた。

 鼻を折られれば、傷みで戦意を失いかねない、いや、ギザギザならその心配はなくとも、鼻血で息が止まる。

 そう判断したのだろう、ギザギザはそれを頬骨で受け、大きくのぞける。

 カリュウはさらにギザギザの横をすり抜けるようにかがみ込み、ギザギザの脚を取ると、あっさりとギザギザを引き倒した。いや、今のダメージで、反撃らしき反撃が出来る方がどうかしているのだ。

 しかし、ギザギザはどうかしていた。

 あっさりと引き倒され、背中に乗られても、まだあきらめてなどいなかったのだ。

 左のトンファーが、ギザギザの背を取ったカリュウの肩口に向かって打たれる。まだ左が存分に動かないはずのカリュウには、嫌な攻撃のはずだ。

 そして、それをおとりにして、右のトンファーで、脇の下からカリュウの脇腹を狙う。密着されれば、肘は使えなくなるが、トンファーはその問題もない。まさに死角や盲点を突いた攻撃だ。

 これで、力が抜けた腹筋に一発入れば、勝敗はまだわからない。最低、時間稼ぎができる。

 しかし、カリュウは、一切の防御をしなかった。

 ゴカッ!!!!

 上に乗った瞬間、その勢いも含めて、相手の攻撃よりも何よりもさらに速いスピードで、ギザギザの後頭部を、黒い手袋をはめた拳が、打ち抜き、コンクリートの地面に、叩き付けた。

 その一撃で、トンファーの動きが、止まった。

 どうなってもあきらめさえしなかったギザギザの意識を、その一打が、完全に消し飛ばしたのだ。

 素早く立ち上がったカリュウは、腕を上に、ぐっ、と突き上げ。

「conclusion(決着)!!」

 勝敗は、決した。

 

続く

 

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