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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(201)

 

「いやー、思ったよりも面白かったな」

 ドリンクバーと、何故かひややっこのみ、というオーダーを出した浩之先輩が、先ほどの試合をそう評価した。

 横のテーブルでは、姉達が興奮さめやらぬまま、先ほどのカリュウとギザギザの試合について熱く語っている。

 もうけっこう遅い時間だが、それでもファミレスの中には、ちらほらと同世代の人間がいる。街に出れば、何もせずに路上にたまっている高校生も多いのだ。誰も気にしている様子はない。

 私達がたまり場にしている、いつものファミレスに来ていた。格好はともかく、別に何かまわりに迷惑をかけることもないし、店員も慣れたもののようだ。

 そんな中、むしろ浩之先輩は浮いていると言っていい。何せ、男が一人しかいないのだから、当然ではある。

 まあ、他の客の視線が気になるわけでもないので、コーラを飲みながら、私は浩之先輩の話に入ることにした。

「否定はしません」

 そうそう、これが重要なのだが、今ここには来栖川綾香がいない。何でも、次の日は、朝が早いそうで、試合が終わったらすぐに帰った。

 浩之先輩が、微妙な顔をしていたのは、来栖川綾香ともっと一緒にいたい、と思っているからなのかもしれないが、私はそれをあえて見ないふりをした。正直、直視すると、自分が耐えられる自信がない。

「何か、ランはカリュウとかギザギザとか、嫌いなのか?」

「姉には悪いですけど、あまり好きではないです。強いのはわかりますが、アイドルのような扱いというのは、強さに関係ありませんから」

 と言ってから、私はふと考えた。そういえば、浩之先輩がマスカでデビューすれば、同じかそれ以上にアイドルのように扱われるのでは、と考えたのは、まさに私だったのだ。

 私は、慌てて言い加えた。

「も、もちろんああいうタイプが嫌いというわけではなくて、あの二人が気にくわない、ということなんですが」

 正直に言えば、誰であろうと、外見で売る相手にはまったく興味がないどころか、むしろ嫌なのだが、浩之先輩は、その中には含まれない。

「まあ、でも、強いよな」

 浩之先輩は、私の言った言葉に、何ら不愉快そうにもせずに、苦笑してから、話を続けた。

「正直、俺は勝てないだろうなあ」

「そんなことはありません」

 ぴしゃり、と私は言い切った。それは、私も格闘家の端くれである。ギザギザや、それを倒したカリュウの強さがわからないのではない。

 しかし、浩之先輩なら、勝てると思った。冷静な判断か、と言われれば答えに窮したかもしれないが、それでも、私は信じる。

「いや、実力もそうだけどさ、あれは、相性も悪いんだよ」

「相性、ですか?」

 浩之先輩のスタイル、と言われると、私にはよくわからない。

 器用なタイプだと思う。スピードでも戦えるし、パワーでも戦える。打撃で来ると思ったら、組み技もまったく苦にしない。

「……浩之先輩が苦手にするタイプって、思いつきませんけど」

「まあ、どんな相手でも苦手と言うと苦手なんだが……」

 浩之先輩の中で、私が唯一欠点だと思うのは、自分の評価の鈍感さだ。浩之先輩ほども強ければ、それは天狗になれとは言わないまでも、自信を持ってもいいと思うのだけど。

 浩之先輩は、自傷の気でもあるのだろうか? まったくそう見えないが、先輩自身の評価があまりにも低すぎる。

「カリュウは、俺に似たタイプだからなあ。実力で劣って似たタイプだと、突破口が全然ないからな。ギザギザに至っては、そもそも俺は武器相手はほとんど練習したことないしさ」

 ああ、武器相手に練習したことがない、というのは、少し納得できた。そして納得した自分に、何故か腹が立った。

 そして、前者の理由は、まったく腑に落ちなかった。

「カリュウ相手になら、浩之先輩は負けません」

「いや、駄目だろう」

「負けません」

「と言われてもな……」

「負けません」

 端から見たらバカみたいなことをしているのは、自分でも重々承知しているが、だからと言って引き下がることはできない。

 浩之先輩は、私のあこがれで、その、……ごにょごにょ……なのだ。私としては、泰然と構えていて欲しいのだ。

「なあ、坂下も言ってやってくれよ。お前なら、実力差はわかるだろ?」

「ヨシエさん、言ってやって下さい。ヨシエさんなら、実力わかりますよね?」

 二人同時にヨシエさんに話を振る。ぴったりのタイミングで、ちょっとだけ嬉しかったのだが、そんなことは表情には出さない。

「……」

 ヨシエさんは、目を閉じて私の横に座っていた。難しい顔をしているところを見ると、寝ている訳ではないようだ。

「ヨシエさん?」

「……ん、ラン。どうかした?」

「どうかしたって、お前がどうかしたのかよ?」

 さっきから、難しい顔でずっと思考にあけくれていたのだろうか? 確かに、このテーブルには三人いるのに、さっきからヨシエさんは何も言わない。

「難しい顔して、とりあえず、カリュウが勝ったってことは、坂下の希望通りに試合は組まれるんだろ? そりゃまあ、カリュウの方にもダメージがあるだろうから、すぐには無理でも、そう遠い話じゃないだろ」

「あー、そこはいいんだけどさ」

 うーん、とヨシエさんは首をかしげる。

「駄目だ、やっぱ何か変なんだよね」

「何が?」

「どうも、あのカリュウってやつは、ひっかかるんだよ。何がひっかかるのか、どうしても思いつかないから、気持ち悪いんだよね」

 ずっと一人のことを考えている様子は、まるで前の私のことを見るようで。

「……それって、恋ってやつか?」

 浩之先輩がにやけ顔で聞かなかった、思わず私が聞いているところだった。

 ゴッ!

 多少、多少と言うのが限界か、の手加減がされた拳が、浩之先輩の顔に入っていた。

 危ないとこだった。私が言ったとしても、反射的に手を出される可能性は捨てきれないのだ。浩之先輩なら、まあ大丈夫だろう。

 何せ、私は練習以外ではないが、空手部の女子部員は、何度か小突かれているのだ。体育会系というものは、そういうものらしい。

 私の期待に応えるように、「痛っ〜」と言いながらも、浩之先輩はその場にとどまっている。ヨシエさんの多少の手加減はあったものの、それでも浩之先輩の打たれ強さには驚かされる。物凄く厳しい訓練を積んでも、こうはなれないだろう。

「ぶつよ、二発目」

「一発目は有無を言わさずかよ!」

 まあ、それで無傷の浩之先輩は凄いと思うのだが。

 でも、仮に、仮にだ、ここは仮としておかないと、私が壊れてしまうかもしれないので、絶対に仮にするけれど、もし私が、浩之先輩に同じことを言われたら。

 許せないと思う。浩之先輩にそう言われたら、これ以上ないほど傷ついて、立ち直れないかもしれない。

 少なくとも、ヨシエさんは表情にはうざい以上のものは出ていないので、私の昔の予想が外れている可能性もあるのだけど。いや、ヨシエさんほど自制心のある人間ならば、それすらも隠すことができるのだろうか?

「まあ、俺の身がかわいいので冗談として、思い出せそうなのに思い出せないって気持ち悪いよな」

 話を変えるのはいいとしても、その理由を前につけるのはいかがなものかと私は思うのだが。

「まあ……戦ってみれば、分かるんだろうけど」

 どこか確信に満ちた言葉をつぶやいてから、ヨシエさんは、ニッと男らしく笑った。こういう姿が、本当に良く似合う人である。

「……それで、ヨシエさん。聞かせて欲しいんですが、カリュウと浩之先輩だと、どちらが強いと思いますか?」

「は? 藤田とカリュウ? そうだねえ、見たところ、カリュウかな?」

 その言葉で、本当に恋煩いなのでは、と私が思ったことは、自分の胸の内に秘めておくことにした。

 私だって痛いのは嫌だ。

 でも、もしそうならば、私の不安材料は、完全に一つ消えるのだ。そううまくはいかないだろうと考えると、やはり、恋煩いでは、ないのだろうけれど。

 

続く

 

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