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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(208)

 

 すでに部活を終わらせて来た身であるはずなのに、坂下はえらく練習にやる気で参加していた。浩之も、どうしてか、というのは薄々分かっているし、坂下が練習に入って邪魔なことはないので、当然文句もない。

 ランも一緒に練習すると言って来たが、こちらは坂下に止められて、見学で終わっている。きつい練習や試合から、もうそこそこ経っているのだから、練習を再開させてもいいようなものなのだが、坂下には坂下の考えがあるのだろう。

 準備のいいことに、坂下は体操服を持ってきていた。空手着は、汗でびっしょりになっていたので、道場で洗って干してあるのだ。

 さて、浩之達の学校の体操着と言えば、ブルマ。

 最近はハーフパンツの波がどの学校にも来ているというのに、今だブルマの珍しい学校だ。ジャージもあるのだが、何故か葵はブルマの方を愛用している。何でも、ジャージよりも動きやすいとか。

 そして、本編初?公開、坂下の赤ブルマ姿。

 浩之は思わず手を合わせておがみそうだった。そんなことをすると、けっこう手加減なしの坂下の拳が飛んできそうだし、葵からも冷たい目で見られそうなので、何とか踏みとどまる。

 葵よりも身長が高く、がっしりとはしているが、それでも坂下も女の子だ。女の子ということをたまに忘れそうになるのは浩之一人の秘密だ。

 薄いながらも、それでも葵よりはありそうな胸に、引き締まった、しかし、同時に葵よりも肉付きが良く、柔らかそうなふともも。

 何より、そのお尻が魅力的だ。小ぶりではあるが、葵のそれとは違って、成熟した丸みも感じられる、まさに芸術品の一品だ。

 顔もりりしい、と言った方がいい美形なので、そのアンバランスさがちょっとぐっと来るところもある。

 と、浩之としては密かに観察していたつもりなのだが、ふと視線を感じてそちらを見ると、顔を赤くしたランからの、侮蔑の目。

 ……忘れてた、そういえばランも葵ちゃんに負けないぐらい純情なんだよな。

 男のどうしようもない欲求が分かるはずもなく、浩之は慌てて目をそらしてしらばっくれることにした。ランの口から坂下に伝わろうものなら、鉄拳はまぬがれない。今の坂下に鉄拳を喰らいたいと思うほど、浩之は命知らずではなかった。

「よし、いいよ。そうだな、まず、浩之、相手してもらうよ」

「俺かよ」

「葵は本命だから、ちょっと休んでおいて」

「はい、わかりました」

 さっきまで浩之と組み手をしていた葵は、さすがに息が整っていない。しかし、それを言うと浩之もなのだが、その点は前座なので問題にしていないようである。

 ウレタンナックルをつけた坂下は、あまり見せないブルマ姿にもまったく恥ずかしがることもなく、浩之と向き合う。

 他の女子高生に比べれば、坂下は長めのスカートを履いているので、ふとももが見える程度まではそうでもないが、脚の付け根まで見えるというのはさすがに機会が無く、浩之としては眼福、いや目の毒だ。

 ただ、恥ずかしがってもいない坂下を前に、自分がそれを指摘して良い結果になるとはおもえないので、黙っておくことにした。

 どうせ組み手が始まれば、そんな余裕はなくなるのだ。

「では、いきますね。レディー、ファイトッ!」

 葵が、無造作に思えるほど簡単に、開始の合図を出す。浩之にはけっこう命がけの練習になるのを、葵は分かっていないようだった。

 シュバッ!!

 鋭い坂下のハイキックが、空を切った。近づいて来たのが後に分かるほどの、スピードあるハイキックだ。これで得意技でないと言うのだから、嫌になる。

 そんなハイキックを、しかし浩之はちゃんと避けていた。ガードすれば腕がしびれるだろうことも考えて、後ろにスウェイして逃げたのだ。

 同時に、身体も坂下から離れる。やる気満々の相手の懐にうかつに飛び込もうなどとは、浩之は考えない。

 予想通り、組み手が始まった瞬間に、ブルマのことなど完全に頭から抜け落ちていた。

 さっきまでは、体格で言えば浩之の方がよほど大きかったはずなのに、坂下を目の前にすると、まるで巨人を相手しているような気分になる。葵相手でもたまに感じることだが、今日の坂下はまた格別、大きく見える。

 これでイメージだけでなくて、バストアップでもしてりゃ、喜ばしいんだけどな。

 しかし、そんな状況でも軽口を考えられるほどに、浩之も研鑽して来たのだ。いきなり来たハイキックも、ちゃんとぎりぎりではなく、それなりの余裕を持って避けられた。

 リーチは俺の方が長い……というものの、飛び込みや手足の先の速さは、坂下には到底及びそうもないんだよな。

 もう練習で何度も戦ってきた相手だ。それなりに出方も知っている。葵だけではなく、坂下のも、綾香のも、リーチやタイミングを、浩之はだいぶ身体にしみこませていた。

 とは言っても、追いつくにはまだまだ遠い話。

 浩之は、せめて有利なリーチを生かして、と思って遠くの位置からジャブを繰り出す。

 そのジャブはあっさりと左で外に受けられたかと思うと、その受けに使った左腕が、浩之の顔面にそのまま伸びて来た。

 バシッ!!

 半分反射、半分まぐれで、浩之は顔の前でぎりぎり手の平を入り込ませることに成功して、その拳をガードした。

 思わず、さらに後ろに飛ぶ。今度は完璧に自分の攻撃が届かない距離へだ。それでも坂下の攻撃は届いてもおかしくないのだが、距離がないよりはましだ。

 受けに使った腕を、そのまま攻撃に転じる、交差法の一つだ。いわゆるカウンターになるのだが、受け手が攻め手になるので、回避防御が非常に難しい。浩之も、何度もこれを入れられている。

 さっきのような、気のない攻撃で手を出せば、まず確実に迎撃される。おそろしく鋭い技だ。知っていなければ、今のは確実に受けている。

 しかし、空手の試合では、この交差法では一本が取れないルールが多い。腰の入っていない、腕から先の攻撃だからだ。

 だが、威力は腰が入らないので、一撃必殺とまでは言わないが、それでも勝敗を決めるだけの威力は込めることが出来る。

 何より、受けを得意とする坂下の、もう一つの怖さは、その刃物のような拳や脚にあるのだ。

 防具とグローブ、寸止めのルール、その他諸々。綾香は別にしても、坂下が、全国屈指の実力を持っていながら、空手の試合ではせいぜい県で一位になるにとどまるのは、この辺りの問題なのだ。

 もっとも、今の坂下は、そういう制約を受けていない。せいぜいウレタンナックルでその拳という刃を包み込んでいる程度だ。

 浩之は、坂下の実力を、十分理解していると思っている。それは間違っていない。

 しかし、その制約をかなり解かれた状態の坂下を前に、立っている浩之の実力を、実のところよく分かっていない。他の目から、例えば、葵やランから、見た浩之の強さを、浩之は観られない。

 その実力を分かっているから、今の坂下が相手をしようと思うことに、浩之は気付けないのだ。

 

続く

 

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