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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(216)

 

 どんな手を使っても、倒したい。馬鹿らしい過程、と言われれば、ランには返す言葉はない。

 どんな手、と言われたところで、やはり限界がある。例えば日本に住んで、それなりに信頼のおける重火器を手に入れるのはけっこうな骨であるし、もっと酷い例を出せば、核兵器など手に入れることは不可能だし、手に入れても使うのはもっと不可能だ。

 でも、とランは思う。目の前にいて、似合わない難しい顔をしている男、健介は、現実可能な範囲で、どんな手を使っても、と考えたはずだ。

 坂下と同じレベル、健介の場合は、坂下を、どんな手を使ってでも、倒したい、と。

「どんな手でもか……とりあえず、腕力じゃ無理だな」

 今まで、どんなに負けても、一度たりとも弱音を吐かなかった健介は、それをあっさりと認めた。これには、少なからずランは驚く。

 その驚きの顔に気付いたのだろう、健介は憮然とした顔をした。

「何だ、俺が自分の負けを認められないバカだとでも思ってたのか?」

「……けっこう」

 正直なランの言葉に、くくっ、と健介は笑う。

「そりゃ、俺だって虚勢でも意地はりたいことはあるからな。あの男女の前じゃ、絶対に負けは認めねえよ。死んでも認めねえ」

 ただ、実力は、見たまんまだしな、と肩をすくめる。

 いつもの軽薄な態度が、演技ではないのだろう、とは思ったが、軽薄なだけではないのかもしれない、とランは思い直した。

「しっかし、てめえの場合、別に坂下の野郎を倒したい訳でもないのに、あれと同レベルの人間……おい、もしかして葵姉さんか? だったら、俺が相手……」

「違う」

 未来の話はわからない。浩之という人間を追った結果、葵と対立することがない、と言い切れないが、今のところ、葵はライバルであっても、浩之に害をなす人間ではなく、ランた倒す必要性を感じない。

「……同級生に姉さん呼ばわりは、どうかと思うんだけど」

「人がどう呼ぼうといいじゃねえか」

 ランの、当たり前と言えば当たり前のつっこみに、ふんっ、と健介は鼻を鳴らす。

「それより、あんな強さの人間が集中している方が、俺は驚きだぜ」

 言われてみれば、そうだ。綾香はともかく、いや、そもそもの元凶をともかく、と言うのもどうかと思うが、そのまわりに、強い人間が集まり過ぎている。

 限定地域で強い、というレベルではないだろう。最低、綾香は全国レベルの実力、それどころか日本一の実力があり、坂下も葵も、それといい勝負が出来るのだ。

 そして、極めつけは、藤田浩之という、素人に毛が生えたはずの、強者。

 浩之のことを考えると、胸が締め付けられるような、しかし、暖かくなるような、不思議な気持ちにランはなる。その気持ちが傷みでも、不快にはならない。

 そんな相手を守るために、ランは今必死になっているのだ。

「それで、勝てるの?」

「そうだな……とりあえず、人質でも取ったらどうだ? あのクソアリゲーターじゃねえが、人集めて、人質取ってやるのが、勝率は高いと思うぜ。俺は嫌だがな」

 健介は、自分が提案したことながら、吐き捨て居るように言った。本気で、坂下に破れ、卑怯な手で仕返しをしようとしたアリゲーターのことが嫌いらしい。

「丁度いいことに、うちには女子の部員も多いからな。取る人質には事欠かねえだろうよ」

 もう一度、吐き捨てる。よほど腹に据えかねているらしい。

「別にヨシエさんを倒したい訳じゃないんだけど」

「お? かまかけてみたんだが、違うのか?」

 坂下と同レベルの人間が他にいると考えるよりも、目標が坂下本人と考える方が理にかなっているのはランも認めるが、今回は見当違いだ。

「ま、人質ってのは現実的じゃないかもな。マスカの関係だと、制裁もあるしな」

 人質を取って、複数で囲もうと画策したアリゲーターは、画策しただけで、マスカの四位と五位という、凶悪なメンバーを制裁という形で呼び込んでしまった。

 九位、と決して低いランクではなかったアリゲーターだったが、そのアリゲーターでも、五位のカリュウ相手に、あっさりと撃破された。片手が骨折で使えなかった、というのも、大したいいわけにはならないだろう。

 マスカレイドは、違法である。しかし、法外のものであるからこそ、違反には厳しい。

 アリゲーターへの制裁によって、例え外様相手にでも、不文律を破るのなら、容赦がないことが証明されている。

 そもそも、そんな手は、ランだって使いたくはない。それしかないとなれば、方法にこだわっている訳にもいかないのだが。

 最大の問題は、綾香相手に、誰を人質に取るのか、さっぱり思いつかないことだ。一番人質に取れそうなのが、浩之か葵、という時点でもうどうしようもない。まず、人質相手すらどうしようもない。

 没だ。成功するとは思えない。

 意味のないことと分かりつつ、それでも、次策を聞いてみる。

「武器を使ったら?」

「木刀どころか、拳銃持ってでも嫌だぜ、俺なら。いや、拳銃持ったからこそ、か」

 素手で戦う者なら、余計に武器の強さは否定できない。マスカレイドでもそれが主流であるのから分かるように、単純に有利なのだ。

 ランも、初鹿に言われて、その単純な方法に惹かれた。

 坂下からは、その武器、ランの場合はブーツだ、それこそが、強くなるのを妨げる原因の一つだと指摘されていたが、武器を持ってしまえば、何の苦労もなく強くなれるのだとしたら、その魅力は抗い難いものがある。

 しかし、健介も言ったように、それこそ無理だ。ランだって、拳銃を持っても嫌だ。

 武器で埋まるほど、綾香とランの実力差は甘いものではない。それどころか、相手の手加減を減らせて、余計に酷いことになる可能性を、健介も指摘している。

 埒外の怪物には、武器では対抗できない。と言っても、人質でも、実現可能かを置いておいても、うまく行くとは思えない。それほど、非常識な強さなのだ。

「まあ、手がない訳じゃないと思うが」

 しかし、健介は、何でもない、という風に、そう言って来た。

「無理に決まってるじゃない」

 ランは、それを鼻で笑った。最低、現実的な方法では、絶対に無理だとランも薄々感じているのだ。あまり頭のまわるようには見えない健介に、この無理難題を頭で解決できるとは到底思えない。

 何で、こんな男に聞いてしまったのだろう、とランは自分のバカさ加減にも肩をすくめたが、しかし、健介は言葉を続ける。

「いや、けっこう簡単だろ。状況にもよるけどな」

「もったいつけなくていいから」

 ランは、健介が思わせぶりな態度で、バカなことを言って来たら、田辺にあることないことを言うつもりだった。

 実は自分の立場がけっこう危ない状況だというのを、健介はどうも理解していないようだったが、ふふん、とバカにするように鼻で笑って、その方法を口にする。

「相手が坂下じゃねえんなら、坂下に倒してもらえばいいじゃねえか」

「あ……」

 まったくの、本当にまったく考えていなかった方法だった。

 しかし、言われてみれば、それは正しい手だった。坂下は、綾香に勝っていないようだが、一番実力的に近く、綾香に勝てる可能性が一番高いのは、間違いなく坂下だった。

 どんな手を使ってもいいから勝ちたいのなら、勝てる可能性のない自分が手を下すのではなく、勝てる相手にそれを頼む。

 まさに、ひょうたんからこま。バカだと思っていた人間から出た、唯一、それしかない、と思わせる、現実的、かつ、効果的な方法。

 一も二もなく、それに飛び乗ろうとしたランだったが、何故か、身体がそれを止めた。

 健介には自覚がなかっただろうが、一番、この作成が優れているところは、坂下に頼むことが、かなりの可能性で可能だということ。理由を、ちゃんと分かるように説明すれば、むしろ喜んでやってくれるのでは、とランは思うのだ。

 だからこそ。

 ぐっ、と黙ったランは、二、三秒ほど沈黙して、どこかか細い声で、その作戦に合否を下した。

「……それは、嫌」

 

続く

 

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