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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(219)

 

 いきなりケンカを売られること自体は、綾香にとってはそんなに腹立たしいことではない。浩之とデート中であっても、同じぐらい楽しいと思うだろう。

 でも、最近は何か先手を取られてばかりいるのよね。

 戦うまでもない相手を、実は何人も瞬殺してきたのだが、そんなことは綾香には関係ない。問題になるのは、あくまで綾香が戦ってもいいと思う相手だけだ。

 綾香からケンカを売った訳ではないのだから、先手を取られるのは当たり前だ。

 しかし、その結果、相手の技を先に発揮させてしまい、一撃をもらうということが多い。それは、正直綾香としてはいただけない。

 とりあえず、一度は攻撃されたんだし、今日ぐらいは、こっちから攻めてみようかな。

 綾香は、軽くそう思うと、無造作にライダースーツの女、チェーンソーに向かって歩を進めた。

 武器を持ち、しかもそのスピードは綾香に最新の注意を払わせて回避させるほどのもの。不用意に近付いて良い相手ではない。

 しかし、だからこそ楽しい、と綾香は考える。

 ゆっくり近付く、と見せかけて、モーションもほとんど必要とせずに、トップスピードに変化、距離をつめる。

 さすがのチェーンソーも、一瞬だけ反応が遅れた。緩急の差だけではない、綾香が、チェーンソーのタイミングからそらしたのだ。たった数センチの違いだが、このレベルでは結果を大きく左右できる違い。

 それでも届かないのを綾香は十分に心得ていたので、さらに距離と、そしてスピードをかせぐために、脚が上がる。

 ズバンッ!!

 綾香の足刀蹴りが、チェーンソーのガードにヒットしていた。そのまま、チェーンソーは後ろにはじかれる。

 体重差はほとんどない、むしろ装備の関係でチェーンソーの方が重いはずなのだが、何故か、一方的にチェーンソーは後ろにはじかれていた。

 チェーンソーは、綾香の足刀蹴りを、片腕で受けるなどという危険な真似はせずに、両腕でがっちりとガードしていた。

 片腕でガードすれば、空いた方の腕で反撃はできただろうが、綾香はそんな腰も入っていない反撃など怖くなかったし、不十分なガードは、状況を悪化させるだけのことを、一瞬で判断したということだ。

 ちなみに、綾香が一方的にチェーンソーを蹴り飛ばせたのは、支点となる足を、地面のくぼみに引っかけていた所為だ。バリスタ相手に使った、土管に足をひっかけるのと同じようなものだ。体重が足りないのなら、それは他のもので補えばいいだけ。

 いくら研究していても、実際に体験してみないと信じられないほど飛び込みの速さ。相手のタイミングからずれた、一瞬を補うリズム感。そして必要あらば、環境を自分のものとして使える、戦いへの柔軟性。

 嫌にあっさりと、チェーンソーへ一撃入れることが出来たのは、そういった綾香の強さを発揮した結果だった。

 とは言っても、ダメージはなさそうだけどね。

 あっさりと、武器すら問題とせずに蹴りが届く距離まで入られて、そして蹴られたことを、チェーンソーが驚いているのが分かるが、傷みはなさそうだ。

 ガードも間に合ったし、両腕でがっちりと守られたのでは、ダメージなど当たるものではない。しかも、後ろにはじかれた以上、勢いは殺される。

 でも、それよりも問題は、防具か。

 他の部位は分からないが、最低、腕には硬いものが仕込んであるようだった。さらに、感触は硬いだけではなく、柔らかさも感じていた。

 単純な防具だけではなく、おそらくは、衝撃吸収の素材を使っているのだろう。硬い防具よりはよほど軽いし、動きを阻害することも少ない。

 防具と言っても、刃物もないマスカレイドでは、急所さえカバー出来ていれば問題ない。急所や、ガードや攻撃に使う腕や脚の一部を硬い防具で守って、後は衝撃吸収素材で全身を覆っている。

「本格的に防具で固めてるわね。対テロ部隊にでも入るつもり?」

 綾香は軽口のようにそう言ったが、冗談が全てでもない。そう言ってもいいほどの装備だ。一つ問題があるとすれば、対テロ部隊が、武器に鎖を使うとは思えないぐらいだ。

 綾香なら、攻撃を届かせることは可能だ。しかし、十分なダメージを与えるには、相手のリーチや、その防具を考えると、なかなか骨の折れる作業だと感じていた。

 ジャラッ、と音をたてて、チェーンソーは右腕を前にかかげる。

 今度は、こちらの番、とでも言いたげな様子に、綾香はくすり、と笑う。

「いいわよ、つきあってあげっ!!」

 突然、腕の振りすらなく、その右腕にあった鎖が綾香めがけて飛んできたので、綾香はとっさに声を止めて、後ろに下がった。

 いや、違う、これはフェイント!!

 チェーンは、綾香に飛んで来たが、しかし、それは直線で、スピードも大したことがない。手首をうまく使って、まるで鎖が意志を持っているように見える動きだったが、スピードは、つまり威力はほとんどなかったろう。

 綾香はとっさにそれに反応してしまった。手にある武器すら単なるフェイントに使うそれに、意表を突かれたというのは否定できない。

 後ろに下がったということは、それだけの足を使ってしまったということだ。綾香とて、一瞬で動ける距離は決まっている。今はそれを使い切ってしまっていた。

 次の瞬間には、それは回復しているはずだったが、しかし、その一瞬にチェーンソーは合わせて来た。

 残されていた左腕の鎖が、下から振り上げられる。

「くっ!!」

 綾香は、ぎりぎりで身体をひねる。

 ビシュッ!!

 綾香のスカートをはじくようにして、鎖が通過する。もしかしたらスカートが破れたかもしれないが、そんなことは気にしていられない。

 大きく崩れたバランスを、無理矢理保ちながら、綾香はすぐに体勢を立て直す。

 フェイントとほぼ同時、一瞬、の間に入る攻撃を出したチェーンソーは、さすがにそのまま攻撃を続けることは出来なかったらしく、綾香はその間にバランスを取り戻していた。

 下から、か。恐れ入るわね。

 フェイントにでも、反応して後ろに下がった綾香とチェーンソーとの距離は広がっていた。それだけの距離があれば、足を使い切っていても、攻撃の軌道上から、身体をそらすのは、難しいことでも不可能ではない。

 身体をそらすことは、出来たのだ。しかし、チェーンソーはそれを見越して、下から鎖を振り上げた。

 足を使い切った状態で、身体を横に動かすのは難しい。どうしても、左右どちらかのふんばりがないと駄目だからだ。

 綾香は、それでも身体の軸をひねって何とかやり過ごしたが、おかげでスカートはその一撃を受けて、破れてしまっただろう。

 浩之以外の人間に、これ以上サービスするつもりはないんだけど、ね。

 下には短めのスパッツをはいているので、大した問題ではないが、服にあってでも、当てられた、というのは綾香にとっては問題だ。

 しかも、まだまだ、実力を温存している、と思わせるものがチェーンソーからは感じられる。

 その点で言えば、綾香だってまだまだ全部を出した訳ではないので、おあいこと言えばおあいこだが。

 まったく、楽しめた相手もいたものね。

 綾香は、本気になろうとしている自分を、多少なりとも押さえ込んで、ゆっくりと移動を開始した。

 

続く

 

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