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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(221)

 

 結局、何も良い解決策を思いつかずに、夜になり。

 初鹿さんが、私の部屋にいる。これもすでに見慣れた光景になっている。ちなみに、浩之先輩がランニングでいつもの公園につくまでに、まだけっこう時間がある。

「……は?」

 私は、初鹿さんの言葉に、思わずほうけた声をあげてしまった。

「だから、しばらくは浩之さんは大丈夫よ」

「……一体、何があったんですか?」

 私が、あれほど頭を悩ませて、ヨシエさんに説明して助けてもらうという手しか思いつかなかったのに。

 いや、それすら、実情を考えると、できない。浩之先輩の危機を、ヨシエさんに救ってもらうなんて選択肢は、選べない。

 どうしてなんて問題ではない。できないものはできないのだ。

 そう、あわよくば私が、と思っているのを否定できない。もちろん、浩之先輩の身の安全が第一なのは分かっているが、もし、そう、もし私が浩之先輩を助けることが出来たのなら、少しは私のかぶも、浩之先輩の中であがるのではないのか、と。

 私は、慌てて頭を振った。その考えは、してはいけない、と思ったからだ。

 そんな、弱みにつけこんでどうこうなんて、男らしく、あ、いや、私は女だから問題ない、ううん、ヨシエさんも許さないだろう。でも、今はヨシエさんは私にとっては……

「おーい、聞いていますか、ランちゃん?」

 はっ、と私は我に返った。思わず、思考の深みにはまってしまっていたようだった。

「すみません、驚いたもので」

 私は、素直にあやまる。何を考えていたなんて、例え浩之先輩に聞かれたって答えられない。いや、浩之先輩になら、なおさらか。

 私は、それでも気を取り直す。今問題なのは、私のことではなく、浩之先輩の身の安全の方だ。もし、本当に安全が確保されるのなら、それ以上いいことはない。

「そ、それで、一体どういう方法で? というより、しばらくとか言いませんでしたか?」

 そう、その点も聞き逃せない。しばらく、ということは、しばらくが過ぎれば、また浩之先輩が狙われるということではないのだろうか?

「えーと、順に説明しますね」

「お願いします」

 一体どんな手を使ったのか、実に興味のある話だった。

「簡単に言うと、来栖川さん、ご本人に聞いたんですよ」

「……はあ……はあ?!」

 私は、思わず声を荒げた。

「人間、誠意が大切ですから」

 にこにこと、柔らかく笑う初鹿さんに、私は詰め寄った。

「ちょ、ちょっと待って下さい。あの、来栖川綾香に、真っ正面から話し合いですか?!」

 私が詰め寄って来たことには多少驚いたようだが、初鹿さんはまったく落ち着いたものだった。私で遊んでいるのでは、と勘ぐってしまう。いや、多少は遊ばれているのかもしれないが、このときの私が、それに気付ける訳がない。

「あの、と言うのは失礼ですよ、ランちゃん。幸い、ランちゃんの勝利のお祝いのときに、顔は合わせていましたから。まあ、学校ではなく、街中で会えたのは、偶然以上の何物でもありませんけど」

 あの、と言ってまったく差し支えない相手だ。凶悪さは、浩之先輩から聞いている内容ですら、百分の一にも満たないのではないのだろうか?

「一応、私は上級生ですし、学校で後輩を呼び出したりすると、何かと噂になってしまいますから、学校の外で会えたのは幸運でしたね」

 女子校は、そういうところはめざといですから、と初鹿さんは日常会話の続きみたいに話を続けるが、私にはそんな余裕はない。

「そんなことはいいんです。一体、どうやって話をつけて来たんですか?!」

「それは」

 初鹿さんは、にこやかに、そう、それは柔らかいのだけれど、私には、見間違いであって欲しいのだが、悪魔の笑みに見えた。

「ランちゃんが浩之さんの身を案じていたので、手加減してあげて欲しいと」

「私の名前、出したんですか?」

「あ、まずかったかしら? でも、来栖川さんにもある程度ご迷惑をかけることだから、正直に理由を話すべきだと思うわ」

「それはいいですが……」

 驚く頭に、少しずつ初鹿さんの言葉が入っていく。

 ちゃんと考えると、初鹿さんは何ら不思議なことは言っていない。

 浩之先輩の練習が厳しいのは、誰の目にも明らか。そして、ヨシエさん達と組み手をしているときは、一矢報いるのがせいぜいやっとで、いつも負けている。

 私が見るまでもない、すでに限界に来ているのは周知の事実だろう。そんな先輩を、後輩が気にかけて、第三者が、一番厳しそうな相手に少しは手加減してやるように言う。

 初鹿さんが、実際に来栖川綾香と浩之先輩が練習をしている場面を見ていないところはひっかかるかもしれないが、なるほど、道理にかなった発言だった。

 そして、そこから考えてみれば、もう一つの事実が浮かび上がってくる。

「……初鹿さん、私の言ったこと、練習の厳しさだと思ったんですか?」

 道理は通っている。しかしそれは、私が問題にしている場所からは、遠く離れているからこそ、出た言葉なのだ。

 初鹿さんは、ただ練習が厳しくて、その結果浩之先輩が危ないと、私の話を曲解したのだ。

 曲解? いいや、私のつたない説明では、そう思っても何ら不思議ではない。

「ごめんなさいね、正直、そう思いました。でも、もし、本当に来栖川さんに浩之さんを害する気があるとしたら、一番合法的なのは、練習の中だと思ったのも本当ですよ?」

「あ……」

 言われてみれば、そうだ。

 練習中の事故であれば、例え殺したところで、実刑までは行かない可能性がある。そんなことを来栖川綾香が気にしているのかどうかは分からないし、練習中ならば、普通の練習として、浩之先輩も警戒しているのだから、害するのは難しいとも言えるが。

 例え、浩之先輩が、実戦のつもりで警戒していても、それをいともたやすく叩き割ることが、来栖川綾香になら出来るのでは、と感じるのも、また事実。

 あの、浩之先輩を相手にして、それを実力で前から破壊するだけのものを、かなり私からは離れた高い位置だとしても、感じてしまうのだ。

 それを、少しでも牽制できる、という意味で言えば、初鹿さんの行動は、正しい。

 何より、何も悪い方向には動かないのが、一番良い。

 私は、意識的に、初鹿さんの、まったく抜けがないはずの手を、良い手だと認めたかった。つまり、その手の、一つだけまずい点に、気付いていたのだ。

 それは、何も悪くなったりしない、まったくもって良く出来た手だ。これ以上、状況が悪くなったりしない。

 あのとき、来栖川綾香を警戒しているのを見られた、私以外は。

 

続く

 

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