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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(224)

 

「今宵お集まり下さいました皆様は、お目が高い!!」

 赤目の声は、朗々と響く。いつものことだが、赤目の語りには、独特の雰囲気があり、聞くと気分が沸き立つのだ。

 それを、健介は試合に対する期待からだろうと思っていたが、どうも田辺も引き込まれているようなので、赤目自身の語り方にも、何か秘訣があるのかもしれないと思った。

「前回のギザギザVSカリュウを女性にとってのアイドル対決と位置付ければ、今宵の試合は、男性にとってのアイドル対決と言えましょう!!」

 興味をひかれて、健介をいじめるのを止めて語りを聞いていた田辺が、その言葉に、「ん?」と首をかしげる。

 赤目の野郎、いらねえこと言うんじゃねえよ!!

 けっっこう追いつめられている健介は、頭の中で赤目に悪態をついた。

「まずは、マスカレイドの誇る、現チャンピオン、マスカレイド無敗を誇る、我らが最強のカリスマ!!」

 いきなり、照明が落ちる。

 観客がざわつく時間も空けずに、金網で囲まれた試合場の中心に、スポットライトが当てられた。

「マスカレイド一位、チェーンソー!!!!」

 まるで、幽鬼のよう。その姿を見た田辺の頭に浮かんだのは、そんなセリフだった。

 場を掌握しながらも、盛り上げようとする赤目とは正反対に、ただ、冷淡に、しかし、強いプレッシャーを持って、突然、そこに現れた影。

 ううん、幽鬼なんかじゃなくて、これは、鬼?

 全身を隙間なく覆う、ライダースーツ。完全に頭部を隠している、フルフェイスヘルメットは、ゴーグル部分も黒く、離れた距離からでなくとも、顔を判断するのは不可能だろう。

胸のふくらみで、かろうじて女性と分かる。いや、バランスの取れすぎたその身体は、明らかに女性のものなのだが、持つ雰囲気が、どうやっても、女性とは当てはまらない。

 そして、何もかもを決定付ける、その両の手にあるのは、黒光りする鎖。

 田辺は、何度も言うが、一般人だ。しかし、そこに忽然と現れたそれが、おかしなものだというのを、直感で感じることは出来た。

 しかし、そんなに背も高くない、無茶な体型でもない。そもそも、見ただけで異常と感じること自体おかしい、と思って、何となく健介に話しかける。

「ねえ、いつ出て来たか、わかった?」

 そう、その点も謎なのだ。照明が消えたのは一瞬のこと。スポットライトが当たるまで、三秒もなかった。手品と言ってもいい瞬間芸と言える。

 場の雰囲気は、ただ現れただけで、そのライダースーツの女が飲み込んでいたが、その中でも、健介に近付きすぎるほど近付いていた田辺は、小声で話すことが出来た。

 しかし、健介の返事はない。しかし、それは何も自分の窮地を感じ取ったからではない。

 健介も、その雰囲気に飲み込まれていたのだ。初めて見た、それが何者であるのかさえ知らない田辺でさえ、鬼と感じたのだから、当然の話。

 生で見るのは初めてだが、その強さは、十分目に焼き付いている。

 あれは、俺が目指す場所じゃねえが……それでも、いつか、あのレベルに、俺は手を伸ばせるだろうか?

 強さを価値観の最上位に置く、青いバカな少年の、決してかなうことのない……

「聞いてる、健介?」

 田辺が、息がかかるほど近付いて話しかけたことで、健介は、はっと我に返る。

「大丈夫、健介」

「あ、ああ」

 憎まれ口を叩く余裕すら思いつかず、その様子は、余計に田辺を心配させた。

「……いきなり現れるぐらい、あのレベルになればわけねーんだろうよ」

 田辺の心配に気付いた訳ではないのだろうが、いつもの斜にかまえた口調に戻っていた。

「手品師か何か?」

「はあ?」

 田辺のセリフに、さすがに健介は頭痛を覚えた。例えそれが、様子のおかしい健介を思っての軽口だったとしても、やはり頭が痛くなるのには変化はない。

「あのなあ……」

「対するは!!」

 健介が非常に分かり易く説明をしようとしたときを見計らうように、赤目の声がこだました。

 ことごとく間の悪い野郎だぜ、赤目の野郎。

 ちっ、という健介の舌打ちも、赤目の通る声にかき消される。

「順位急上昇、そして人気も急上昇!! 今では押しも押されぬマスカレイドの誇るトップアイドル!!」

 今度は、照明が消えたりしなかった。ただ、スポットライトが、今度は試合場に向かう、金網で囲まれた道の先に合わさる。

 まず目が行ったのは、その顔。

 マスク?

 桜をプリントされたマスクが、彼女の顔を隠していた。そこから伸びる、長い髪。

 そして、次に目に行くのは、いや、マスクの方に目は行っていたが、それでも視界に入るのだ。

 格好は、首から胸を覆う、ハイネックの水着。そしてへそを出して、腰からふとももまでを覆うスパッツ。その上から、ワイシャツの腕をまくり、胸の下でシャツをしばったもの。

 腕には、何か防具らしきものを身につけ、腰には、一本の棒を差しているように見える。

 しかし、問題はそこではない。

 顔に行こうが足に行こうが、どうしても視界からはずれない、その、胸のあたりのふくらみ。

 じとっ、と田辺は、健介の方を睨む。

 健介は、そっぽを向いて知らん顔をするしかなかった。この状況では、そんな気がなかったとしても、どうせ責められるのは目に見えていたのだから。

「華麗なる剣技と、美麗なる肢体、マスカレイド、六位、イチモンジ!!」

 グワッと、待ってましたとばかり、割れんばかりの歓声が、というかむさ苦しい男達の欲望が、響く。

 イチモンジ、彼女は、マスカレイドの女性選手の中で、一番の人気を誇る。

 それが、推定バスト九十オーバーの胸の所為でないと、誰が言えようか。

 そして、そんな気などなかった、という男のセリフを信じてくれる女性が、どれぐらいいるだろうか?

 最低、田辺は多数派のようだ。

 田辺の視線は、すでに殺気を帯びている。田辺は、極端に小さい方ではないとは言え、誇れるようなサイズは持っていないのだから。

「さあ、無敗の一位に土をつけることはできるのか?! それとも、王者が力の違いを見せつけるのか!!」

 赤目のセリフは、健介には、届いてすらいなかった。

 

続く

 

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