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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(225)

 

「男ってのはこれだから……」

「い、いや、ちょっと待て、早まるな」

 健介も男、それは胸が大きいに越したことはないし、目の前であんなものがゆれていれば、目も行くだろう。

 だが、今回に関して言えばえん罪だ。少なくとも、その気があって見に来た訳ではない。

「最近何か落ちに落ちまくってる俺の評価を、少しでもあげようと思ってマスカの試合に連れて来たのに、何で自分の首締めるってんだ」

 健介の言うことも正論である。もとより胸が目的ならば、田辺を連れて来る意味など、まったくない以上に弊害ですらある。

 坂下を誘うのをあきらめた時点で、一枚を売って、一人で来ることも出来た。

 それを考えて直して、田辺を連れて来たのは、日頃から格好悪い姿ばかり見せている田辺に対する、見栄のようなものだったのだ。

「てことは、小さい女は隅っこで小さくなってろ、という意思表示ってわけね」

「違うってか、人の話聞け!!」

 まったく人の話を聞こうとしない田辺。どうも、押してはいけないスイッチを押してしまったようだった。

 それでも、試合が始まれば、という気持ちがある。イチモンジの試合を直に見たことはないが、それでも六位が弱い訳はないし。

 一位は、正直、人間の限界を超えているとすら思う。

 オオォォォッ!!

 またむさい歓声があがったので、試合場に目を向けると、イチモンジが、腕を頭の上で組んで、胸を強調したポーズを取って、視線を観客の方に流す。

 いや、ファンサービスはいいからさっさと試合始めろ!!

 いつもなら、口笛の一つでも吹くところだが、今そんなことをやったら、後で、いや、その瞬間にどうなることか。

 健介15歳、今日ほど、女の胸が憎いと思った日はなかった。ちょっとマニアック過ぎる経験とも言える。

 健介は、素早く視線をそらしたが、時すでに遅し。

「健介……あんた、覚悟は出来た?」

「だからちょっと待てってか、男なら目は行くのは仕方ないだろ!?」

 あまり長くもない気が、あっさり切れた健介は、切れる。ただ、どちらかと言うと、悲痛な悲鳴に聞こえるが。

「……今度は開き直りか。まったく、いい性格してるわね」

 状況悪化。

 今なら熊も背中を向けて逃げそうな田辺の冷たい視線に身を置いて、健介は背中に冷たいものが流れるのを感じた。

 は、早く!!

 その健介の願いが通じたのか。

「Here is a ballroom(ここが舞踏場)!!」

「「「「「「「「「「ballroom!!!!」」」」」」」」」」

 赤目の声が響き、観客達が合わせて叫ぶ。

 よ、よし!!

 健介は、今日ほど赤目に感謝した日はなかった。もっとも、イチモンジのファンサービスの時間を作ったのも赤目なので、実はうらむべき相手であったりするのだが。

 スッ、とチェーンソーは、両腕を開いて、それに合わせて鎖が、じゃらりと下に伸びる。

 同じく、イチモンジは、腰に差してあった棒、見たところ、剣の形を模した鉄の棒に見える、を右で抜き、その右手を前に構える。

 お互い、武器を手に取ったところで、赤目の声が、試合場に響いた。

「Masquerade…Dance(踊れ)!!」

 チュインッ!

 合図とほぼ同時に、拳銃から放たれた弾が跳弾したような音が響いた。いや、田辺も健介も、拳銃で撃たれたことも跳弾の音も聞いたことはなかったが、冗談のように、そのイメージにぴったりだったのだ。

 何が起こったのか、すぐには理解が出来ない。

 チェーンソーの身体が、いつの間には距離を詰めていて、しかも左腕がすでに振り上げられた後であるのを理解してから、それでも何が起こったのか、田辺にはわからなかった。

「チェーンソー、鎖持ってるやつの方な、が、剣を持ってる方、イチモンジの武器を、鎖で狙ったな。避けられたみたいだけどな、かすっただけで、あの音だ」

 見えなかった田辺に、健介はまるでいい人のように解説してやる。健介としては、田辺が試合に集中することはいいことなので、わたりに船だった。

 そう言われてみれば、前に突き出すように構えていた剣を模した棒が、引かれている。

 チェーンソーの方が、鎖を巻き付けて、剣を奪ってしまおうと画策したということなのだろう。

 健介の方に意識を取られて、そちらに集中していなかったのは嘘ではないが、それでも、目で追うことができないほどの動き。

 正直、田辺は健介の強さをわかっていない。部活では、坂下にも、たまに来る寺町にも、そしてたまに相手をする池田にも、ことごとく倒されている。しかし、その数人だけ、レベルが違うので参考にならないのは事実で。

 それは、自分よりは強いだろうと思っていた田辺だが、目で追えないような動きを、ちゃんと解説できるほどに目で追える健介の強さは、もしかして、自分が思っているよりもよほど上なのでは、と考えた。

 田辺は、さきほどの冷たい目ではなく、驚いた表情で、健介を見る。

 だが、少しは見直したというのに、そんなときに限って、健介は田辺の方など、まったく見ていなかった。

 田辺がどう見ようが、誤解も入れられないほど、真剣なまなざしを、試合場に向けていた。どこか、坂下を見るときの目にも似た真剣さを見て、田辺は胸の内が、キュッと締まる思いがした。

 健介は、田辺の心境の変化など気付きもせずに、田辺に顔を寄せて、つぶやく。

「目ぇそらすなよ。見逃すぜ」

 はっとして、田辺は試合場に目を向けた。

 フルフェイスのヘルメットで視線が見えないチェーンソーはともかく、マスクで目は見えるイチモンジの方は、睨むように相手から目をそらさずに、そしてお互い、じりじりと動く。

 片方が、武器を落とせば、当然有利になるのは、武器を持った方だが、しかし、剣に巻き付けて取るというのは、難しいのでは、と田辺は思った。

 ごくまれに例外はあるものの、体格イコール腕力。引っ張り合いともなれば、そのイコールは余計に確かなものとなる。

 チェーンソーの方は、平均よりはあるかもしれないが、それでも一般的な身長、と言っていい。それに対して、イチモンジの方は、胸だけでなく、身長の方もある。おそらくは、175センチ以上あるだろう。

 しかし、その大きな胸、ついでに大きなお尻をかかえて、その身長なのに、まったく愚鈍というイメージがわかない。それに、極端に細いのではなく、全体が細くてしなやかな筋肉に囲まれて、それでも曲線が損なわれていないのだ。

 理想のスポーツウーマンを出せ、と言われたら、何も考えずにイチモンジを出せばいい、と思うほど、絶妙なバランスで完成された身体だった。

 だが、その外見に騙された訳ではないが、田辺は考え間違いをしていた。

 鎖に巻き取られれば、武器を奪われることはなくとも、両腕に鎖を持つチェーンソーの方が断然有利なのだ。片方で相手の武器を一瞬でも封じれば、もう片方で叩けばいいだけのこと。

 まず、それが冷静な判断での見解。

 しかし、健介の見解は、もっと上のものだった。

 もし、チェーンソーの一撃が、武器に直撃すれば、巻き付くなどという生ぬるいことは起きない。その一撃で、あっさりとイチモンジの剣は手から叩き落とされる。

 力比べの必要すらない。チェーンソーもイチモンジも、お互いに、自分の武器での攻撃の一撃は、前にあるものをことごとく破壊することをよく分かっている。

 それが分かるからこそ、守りにまわったイチモンジは剣を逃がしたのだ。攻撃にまわっていれば、引いたのは反対にチェーンソーの方。

 武器を持った強者にとって、一撃とは、それほど怖ろしいものなのだ。

 田辺は、健介に感謝すべきだろう。こんな、常識では測れない試合など、一生の内に、何度も見られるものではないのだから。

 

続く

 

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