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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(228)

 

 イチモンジが何かした、と健介が感じた瞬間に、チェーンソーも動いていた。

 その名に恥じない、高速の鎖の回転。

 キキキンッ!!

 金属と金属がぶつかり合う、渇いた音が響く。

 チェーンソーの両手の鎖が、振り抜かれていた。しかし、二人の距離はあまりにも遠い。いかなチェーンソーでも、そこにある距離を無くすことはできない。

 しかし、距離を無くすことを、いや、リーチを伸ばすことを、イチモンジの方は成功していた。だから、チェーンソーは届かない距離で動いたのだ。自分の身を守るために。

 試合場は照明で煌々と照らされてはいるが、昼に比べれば、視界は良くない。

 それでも、チェーンソーは、その視界の悪い中で、後手には回ったが、完璧にイチモンジの不意打ちをはじいた。

 よく見れば、わずか十センチほどの鉄の棒が、コンクリートの地面に落ちているのが見えたろう。しかし、健介は、それが地面に落ちる前に、その正体に気付く。

 棒手裏剣……か。

 健介は、すぐにそのものの正体に気付く。

 こう見えても、健介は武器に関しても、もっと幼いころははまっていて、世界中の武器について子供の趣味範囲だが、網羅していた。

 そして、日本の武器となれば、当然知っている。

 手裏剣と言えば、十字の形に、刃がついているものを想像するかもしれないが、そんなもの、扱いが難しくて、正直実戦に使えるとは思えない。

 その点で言えば、この棒手裏剣は実戦的だ。まあ、手に持てる程度の大きさの、ただの短くて小さな棒、片方の先に刃はついているわけだが、投擲用としては、こちらの方が優れている、と健介は思っていた。

 ちゃんと訓練すれば、例え刃がついている部分が一箇所であろうとも、大した問題ではない。もちろん、マスカレイドでは刃物は禁止されているから、本当に単なる棒になるが、それでも、鉄の棒を当てられれば、痛いだけでは済まないだろう。

 健介の知っている限り、一気に三本、音が三つあったから、三本なのだろう、投げるには、棒手裏剣はまったく適していないと思うが、それでも三本投げて、ちゃんとチェーンソーに当てる動きを取っていたのだろうことを思うと、投擲の腕もかなり凄いことが分かる。

 上位の人間に飛び道具を使う人間はいない。一見、有利そうに見える飛び道具だが、人の手によってしか行えない投擲では、必殺の威力を出すことが難しい上、大きく振りかぶるような時間が与えられるほど、マスカレイドの上位の試合はぬるくないからだ。

 何より、そんなものの練習をしている暇があるのなら、もっと自由度の高い手に持つ武器の練習を、または格闘技の練習をした方がいいに決まっている。

 刃物と道具による飛び道具の威力向上を禁じられている以上、マスカレイドでは飛び道具は主流にならなかった。

 健介も、ビレンとして戦うときは、手に硬いゴムボールを持って戦うが、それはあくまで、相手の気をそらせるだけのものだ。あんなもので、人は倒れない。

 イチモンジが、飛び道具を使うというのは聞いたことがない以上、初めて、この一位との戦いだけに備えた技の一つなのだろうが。

 チェーンソーに対して、そんな飛び道具が通じる訳がないのだ。

 それに気付かないほど、イチモンジは、いや、マスカレイドの上位の人間は、やはり甘くはないのだろう、と健介は苦々しく思った。

 上が強ければ強いほど、健介がもっと上に行くのは難しくなるのだ。最近は、ずっと坂下につきっきり、というか坂下に倒されっぱなしで試合には出ていないが、マスカレイドを捨てた訳では、決してなかった。

 イチモンジは、そんなめくらましの飛び道具が通じるなどとは、思っていなかったのだろう。事実、それは目くらまし以上の効果はなかった。

 だが、目くらましの効果は、その名の通り、十分に果たしたのだ。

 チェーンソーと言えども、飛んでくるものにまったく意識を向けないのは不可能。防具の上からなら、ほとんど効かないだろうが、防具にだって強い部分と弱い部分がある。まともに受けることを考えれば、鎖ではじくのは、むしろ正解だろう。

 だが、その一手で、イチモンジは射程範囲に、チェーンソーを捉えていた。武器持ちの人間のリーチは怖ろしいまでに伸びるし、何より、イチモンジの踏み込みは、常軌を逸していた。

 だが、チェーンソーも、伊達や酔狂で一位を張っているわけではなかった。何より、今だ無敗という強さを持つ人間が選ぶには、鎖と言うものはトリッキー過ぎるのに、それをあえて選んだ利点は、隠し技をも、凌駕する。

 守りに入っていたはずのチェーンソーの鎖は、そのまま回転を殺さずに、飛び込んでくるイチモンジに向かって振り下ろされる。

 キーーーンッ!!

 甲高い音を立てて、チェーンソーの鎖が回転を止められてはじかれ、と同時に、イチモンジも、何ら攻撃することなく後ろに跳ね飛ぶ。

 チェーンソーの二撃目を、イチモンジは後ろに飛び跳ねることで避け、素早く距離を取る。

 攻撃こそ、イチモンジは失敗していたが、しかし、今、何か不可解なことが起きた、と健介は感じていた。

 田辺は……

 ちらりと健介が横を見ると、田辺はぽかんとしながら試合を見ている。二人の怖ろしいまでの動きに、目どころか頭もついていっていないようだった。

 ま、田辺のレベルで気付けって方が無理か。

 違和感の正体は分かっている。というよりも、ここで見ている観客は、さっきのタネを、多くは分かって来ているのだろう。

 チェーンソーの、鎖という武器の怖さは、回転を殺さないことによる連続攻撃ではない。そんなもの、一度止めてしまえば、回転は止まるのだ。

 ただ、怖いのは、その回転を止める、という瞬間。

 棒ならば、先だろうが根本だろうが、とりあえず止めてしまえばいい。しかし、鎖はそういう訳にはいかない。

 武器の先端は、例えそれが鎖であろうとも剣であろうとも、一番威力とスピードの高い箇所であり、防御するには適していない。

 だから、武器を受け止める場合は、普通はより奥に踏み込んで中腹辺りを止めるのが定石だ。

 しかし、鎖は、それを許さない。

 鎖を中腹で受けた場合、そこを支点にして、鎖は折れ曲がり、受けた相手を狙う。

 武器を持つ相手に有効な防御方法である、武器をぶつける、という方法が取れなくなるのだ。

 そこまで考えての、最良ではなくとも、有利な選択をして、チェーンソーは鎖という武器を選んでいるのだ。

 だが、さっきの鎖の動きは違った。イチモンジは、鎖を剣で受けたのに、鎖自体が大きくはじかれたのだ。

 チェーンソーは、鎖をはじかれた分、回転力が弱まり、追撃の二撃目がイチモンジを捉えられなかった。いや、もしそうでなくとも、イチモンジを捉えられたかどうか。

 まさに、不可思議な動き。

 しかし、言ったように、見ている者の大半は、何でそんなことが起きたのかを、つまり、鎖がそうはじかれることの不可解さを、よく知っているのだ。

 これが、一位という、マスカレイド最高位につける、チェーンソーの最大の弱点。

 つまりは、研究される、という不利。

 タネを明かせば、イチモンジは、剣を下から振り上げ、鎖に向かって水平に叩き付けたのだ。

 当たった点が小さければ、そこで回転するが、大きければ、鎖と言えども、はじかれる。実際、武器の重さは隙間だらけの鎖は、鉄で出来ているであろうイチモンジの剣には及ばない。防御にまわした後の完全ではない一撃ならば、水平に当てれば、どちらが力負けするのかは、自明の理だ。

 この防御方法は、チェーンソーが一位になったとき、つまり、現在二位の相手と戦ったときに、その二位の相手が見せた受けだ。

 もちろん、いくら軌道の変え辛い鎖という武器相手でも、高速で回転するそれに、綺麗に水平に当てる、という曲芸じみた技は、やれと言われて出来るものではない。そもそも、その発想自体が、そう簡単に出て来るものではない。

 しかし、現二位、旧一位の選手は、それを考えて、実行して来た。結果、二位は負けたものの、それまで受け不可能と思われていたチェーンソーの攻撃を、受けることには成功したのだ。

 さて、やれと言われて出来るようなものではないと言ったが、しかし、練習をしたならばどうだろうか?

 しかもそれが、マスカレイドで一桁台にいる猛者だった場合は?

 解析され、攻略方を研究され、それに基づいて練習して来た相手と、知ってはいても、まだまだ技を隠し持つ、同じレベルの猛者。

 イチモンジは強い。しかし、チェーンソーはもっと強いはずだ。一位を、無敗で守るというのは、強さの証明。

 だが、例えチェーンソーの方が、実力では勝っていても、試合はそれだけでは決まらないかもしれないのだ。

 今までの戦いを、ただ一位を倒すためだけに費やした相手を、敵にまわしたときには、なおさらに。

 

続く

 

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