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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(230)

 

 飛び技はマスカレイドの華、と誰かが言ったらしい。

 ほとんど飛び技を使わない健介にしてみれば、嫌な技ではあっても、そんな良いものではない、と思うが、観客達がそれを望んでいるのも知っている。

 だが、飛び技というのは、だいたいにおいて大きな助走を必要とするか、その場で自分が倒れるか、どちらにしろ、大きな隙を生む技だ。

 だから、上位の試合ではめったに見られない。飛んで威力を増すような必要がないというのもあるし、このレベルで、そんな大きな隙は、致命傷だ。

 しかし、イチモンジの助走は、間違いなく飛び技のそれだった。

 飛んでしまえば、もう方向転換は出来ない。そうなれば、当然チェーンソーに狙い打ちされるだろう。そもそも、イチモンジの一撃は、助走を必要とするほど弱いとは、とても思えない。必要性の感じられない、それどころか致命的な動きだ。

 唯一、意味があるとすれば。

 まったく意味がない、と感じた以上、それを警戒するのは、しごく当然の話で、チェーンソーは明らかに警戒を強くしていた。

 まさか、これで真っ正面から切り結ぶつもりでもあるまい、と思う一方で、ならば何かしらの技が、そこから繰り出されることを警戒するのは、当然のこと。

 しかし、何が来るのかなど、さっぱり分からない。そういう疑心暗鬼が、チェーンソーの動きを鈍らせるという作戦なのだろうか?

 であれば、もしかすると、振りをつけたまま、振り下ろすつもりなのか?

 大きな振りを持っての一撃ならば、チェーンソーのフルフェイスのヘルメット相手でも、ダメージが当てられるかもしれない。

 色々と策や技を駆使しているが、結局のところ、ダメージを当てる以外の方法では、勝てないのだ。そういう意味で言えば、今までの技も、単なる前置きなのでは、と考えることも出来る。

 警戒させておいて、反撃を封じ、自身は最速、そして最大の威力を持って、真正面から切り捨てる。

 悪くない、悪くない作戦だ。いや、ダメージを当てなければいけない以上、どこかで必要となってくる過程なのだ。

 健介は、それしかいない、とふんだ。健介が考えることを、チェーンソーが見破れていない、とはとても思えないが、横で見ている者と、それを目の前にして戦っている者との差は、大きいはずだ。

 ただ冷静に、まったく気押されることもなく、ただ平常にいるには、相手が強すぎる。チェーンソーでも、不可能だろう。

 イチモンジが、狭い試合場の中を、対角線上にいるチェーンソーに向かって、走る。

 そして、足が地面を蹴り、離れる。しかし、それは上にではなく、前に。

 上昇の力をまったく生まずに、気持ち悪いぐらい平行に、イチモンジの身体が宙に浮いた。もちろん、向かう先は、チェーンソーの身体がある。

 しかし、これは……

 健介は、まゆをひそめた。目測を誤ったのか、イチモンジの飛ぶタイミングが早過ぎるように思えたのだ。

 しかも、それはギリギリ、という距離ではない。おそらく、三十センチは遠い。いかに、イチモンジが卓越した瞬発力を持っていても、届かない距離を届かせることなど出来ない。

 観客達には分からずとも、それなりの実力を持つ健介や、おそらくは対峙しているチェーンソーも気付く、距離の不足。

 飛び込んでくるイチモンジに対して、チェーンソーは右腕を振りかぶる。宙にあり、方向を変えられない身体は、鎖にとっては格好の餌食だ。

 イチモンジは、チェーンソーに真っ正面から飛び込みながら、剣を振り下ろした。

 ヒュバッ!!

 高い速力に、風が切られる音が響く。しかし、それは風を切っただけで、チェーンソーには届かなかった。

 目測通り、剣は空を切ったのだ。チェーンソーは、相手の剣を空振りさせ、その後でゆっくりと攻撃すればいい、そのはずだった。

 が、チェーンソーは、攻撃のために振りかぶっていた腕を、攻撃に向かわせずに、身体の前に素早く動かしていた。

 イチモンジの剣が空を切った瞬間。

 ガキンッ!!

 チェーンソーは、鎖ではなく、腕に仕込まれた防具で、イチモンジの放った棒手裏剣をはじいていた。

 イチモンジは、剣を振り下ろしたが、それを当てるつもりではなかったのだ。手には、いつの間にか棒手裏剣が握られており、それを剣を振り下ろすのと同時にチェーンソーに向かって放ったのだ。

 勢いのついた棒手裏剣は、それだけでも威力を増す。スピードもプラスされ、チェーンソーは攻撃にまわすはずだった右腕でガードするしかなかったのだ。鎖ではね飛ばすには、攻撃が突然過ぎたのだ。

 つまりそれは、少しの間であろうとも、鎖が回転していない状態で、イチモンジの接近を許したことになる。

 チェーンソーが、左の鎖を攻撃にまわすよりも早く、イチモンジ足を地面につけていた。それは、威力を出すためではなく、ただ相手の油断を誘うためだけに飛んでいたイチモンジにとって、地面に足をつくのなど、簡単な話。

 イチモンジは、身体をその場でくるりと一回転させて、もう一度剣を振り下ろせる体勢になる。前進の力は、そのままイチモンジの身体を前進させ、チェーンソーをその剣の射程内に入れる。

 予定していなかった左で攻撃しようとした所為で、一瞬だけチェーンソーの動きが止まった。

 イチモンジは、そのまま身体を大きく落としながら、切り返した右の剣を、振り下ろす。

 ギインッ!!

 とうとう、今までかすりさえしなかったイチモンジの剣が、チェーンソーの身体を捉えた。

 チェーンソーの右足が、跳ね上がる。

 チェーンソーが蹴りを放つ為に上げたのではない。イチモンジの剣が、チェーンソーのブーツを強くはじいたのだ。

 動きを妨げない程度とは言え、防具を固めたチェーンソーのブーツは硬い。鉄の剣で叩いても、ダメージがあるとは思えなかった。

 しかし、その一撃がチェーンソーのバランスを、完全に崩した。

 恐るべき、息をつかせぬ、そして想像を超える、連撃。

 片手を防御にまわし、イチモンジは返す刀で、片足をはじかれてバランスの崩したチェーンソーのあごに向かって、剣を振り上げ。

 チェーンソーは、完全にバランスを崩した状態でも、身体をそらして、イチモンジの剣を避けるために、動いた。

 

続く

 

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