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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(231)

 

 下からのイチモンジの剣先。その剣先から逃れようとして身体をそらすチェーンソー。その攻防は、時間にすれば一瞬だった。

 キーーーーーーンッ!!

 高い金属音が、歓声を引き裂き、鳴り響いた。

 チェーンソーの身体が、頭から浮き上がって、後ろにふわり、と浮く。

 しかし、チェーンソーは地面に足をつくと、倒れることもなく、ととっ、と軽やかに後ろに下がっていた。

 当たらなかったのか?

 観客の誰しもが思った。何かしらの防御方法を用いて、チェーンソーがイチモンジの剣をガードした。だからこその金属音なのだろう、と思ったのだ。

 だが、健介の目は、そして、目の肥えた何人かは、そうでないことに気付いていた。

 当たった!!

 チェーンソーに、腕のガード以外の部分で攻撃が当たることは、本当にまれなのだ。両手があれば絶対に数えられるだろう。

 もともと、防具を固めているので、はっきり言って多少の攻撃など防御すらする必要はないのだが、チェーンソーはそれでも丁寧に相手の攻撃を防いでいる。

 何より、チェーンソーの鎖の猛威の中に、攻撃の手を入れること自体が難しいのだ。

 イチモンジは、その難関を、突破した。

 足をはじかれてバランスの崩したチェーンソーのあごを、下から剣でかち上げたのだ。その威力は、チェーンソーの身体が頭から持ち上がるぐらいだ。

 だが……浅い!

 健介は、どちらの味方でもない。しかし、このときばかりは、惜しい、と思った。

 初めて、チェーンソーが地につく場面が見られるかもしれない、と思ったからだ。

 健介が考えたように、イチモンジの攻撃は、浅かったのだ。

 下から振り上げたイチモンジの剣は、チェーンソーの頭を捉えてはいなかった。腕を一杯に伸ばしたのだろうが、それでも、チェーンソーのフルフェイスのヘルメットにかするのが精一杯だったのだ。

 チェーンソーの、おそらくはかなり頑丈であろうフルフェイスのヘルメットのあごと、イチモンジの必殺を狙った剣が立てた音、それがさっきの高い金属音だったのだ。

 これ以上ないチャンスだった。しかし、チェーンソーの動きが、イチモンジの速力を凌駕したのだ。

 これで、またわからなくなった、と健介は思った。

 いや、おそらくは、色々な技を出す一方の、イチモンジの方が、より不利。

 さっきから頻繁に使用している棒手裏剣も、無限に出て来る訳ではない。今のところ、それはチェーンソーの思惑を超えているので、何とか戦っていられるが、もし、これで棒手裏剣が尽きれば、攻撃の幅はさらに狭まる。

 しかし、攻撃が効かなかった以上、無理に責めるのは、もっと……

 健介は、冷静にそう判断した。

 そして、イチモンジは、その冷静なはずの判断を、あっさりと無視した。

 ガッ、とイチモンジの靴裏が、コンクリートの地面を、蹴る。

 剣を上に構え、何のひねりもない、真正面からの突撃。それは、チェーンソーほどの猛者相手には、まさに死にに行くようなもの。いかに速かろうが、何のひねりもなく飛び込んでくる相手を、その鎖で迎撃するなど、チェーンソーにとってみれば朝飯前だ。

 だが、健介の読みは、外れた。

 チェーンソーの鎖よりも、イチモンジの剣の方が、先に振り下ろされたのだ。

 ガシャンッ!!

 チェーンソーは、力ない鎖をその剣に当てながら、為す術無く、後退していた。

 な、何が起きた?

 イチモンジの攻撃は、それだけでは終わらなかった。すぐに、剣を軽やかに扱い、鎖を振り回そうともしないチェーンソーに向かって、追撃を開始する。

 下から跳ね上がった剣を、横に避けるが、すでにその動きを織り込み済みのイチモンジは、まるでその方向にブースターがついているのでは、と思うほど急角に剣の軌道を変え、チェーンソーの頭を狙う。それを、チェーンソーはスウェイして避ける。

 その剣先は速いし、動きも不規則で、あんな攻撃に身をさらせば、健介なら数秒と保てないだろう。それを保つチェーンソーの守りは凄い、いや、本当に凄いのだが。

 何で、守る一方なんだ?

 攻撃が防具で止まった以上、少しはダメージがあっても、チェーンソーの動きの妨げにはならないはずだった。しかし、今のチェーンソーは、まるでクリーンヒットを受けた後のボクサーのように動きに精彩を欠いていた。

 そうする間にも、イチモンジの連撃は苛烈を極めている。威力よりは速度を求めた攻撃なのは理解できるが、しかし、どれでも防具の薄い場所を狙って、当たればただでは済むまい。

 一番良い防御方法は、イチモンジを攻撃して後退させることなのだが、一度ラッシュに入られたチェーンソーにはその余裕が、ない。

 健介は、一つ勘違いをしている。

 防具をつけない健介にはわからないのかもしれないが、防具は、確かに優れてはいるが、絶対ではないのだ。

 大前提を、防具、という言葉の前に忘れているのだ。

 服は、衝撃を伝えるのだ。

 なるほど、もしそれがクリーンヒットであれば、防具分、ダメージは拡散され、場合によっては無傷で済むだろう。

 しかし、イチモンジの攻撃は、並ではなかった。威力のみを考えて振れば、硬い氷さえ叩き割る威力が、その剣先にはあるのだ。

 チェーンソーのフルフェイスに、もし直撃していれば、フルフェイスの方がどうかなっていた可能性は否定できない。防具も、それを上回る威力で叩かれれば、壊れる。

 もっとも、そんな攻撃を防具なしで受けたら、頭蓋骨陥没とか、普通に死人が出るのだから、イチモンジの方がどうかしているのかもしれないが。

 だが、もし、チェーンソーが、フルフェイスのヘルメットを被っていなければ。

 イチモンジの攻撃は、顎先に届いたりはしなかったろう。そして、その衝撃が脳を揺らせることなど、なかった。

 剣先の速力が、防具のはずのヘルメットを伝わり、チェーンソーの頭を揺らしたのだ。

 直撃には見えなかった。事実、直撃ではない。しかし、イチモンジの攻撃は、チェーンソーに、クリーンヒットしたのだ。

 無敗を誇るチェーンソーが、マスカレイドで初めて許した、クリーンヒットだった。

 そんな解説は、試合が終わってから、格闘マニアの人間がやってくれるだろうが、見ている者には分からない。しかし、チェーンソーの危機は、明らかに目に見えるものとして、そこにあった。

 イチモンジが勝つ?

 あの、無敗のチェーンソーが負ける?!

 イチモンジは、攻撃の手を弛めない。その片手にある剣が、まるで別の生き物のように自在に動き、少しずつ、チェーンソーの防御をけずっていく。

 現二位を打破して以来、マスカレイドに君臨する女帝の最後が、目に見えるものとして、観客達の前につきつけられたのだ。

 それは、歓声よりは戸惑いや、何故か恐怖として、皆に伝わる。

 それでも、ここで攻撃の手を弛めれば、イチモンジの勝ちはなくなるのでは、という、どこに向いているのか分からない希望が、観客達の中に沸いている。

 いや、それこそ、恐怖か。

 攻撃の手だけは休めずに、イチモンジは、身体を一瞬だけ後方に引いていた。

 それは、次の攻撃を入れるための、スペース。

 開始から、終始剣を振り続けてきたイチモンジは、その瞬間だけ、腕を胸元に折りたたんだ。剣を振るためには、理にかなわない動き。

 これを対処させないために、イチモンジは、鉄の意志で、この試合、その技を封じて、剣をずっと振ってきた。予測はしても、目がついていかない、そういう部類の攻撃にするために。

 これこそ、必殺。今までの試合を、全て準備期間にした、イチモンジの突きが、チェーンソーに向かって、瞬時、放たれた。

 

続く

 

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