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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(232)

 

 イチモンジの必殺の突きを、チェーンソーは、鎖をふるって防護したりは、しなかった。

 右の鎖が、チェーンソーの両手に握られていた。鎖を二つに折り、それを水平に構えて、身体の前に突き出していたのだ。

 突き相手に、武器で防御するのは非常に難しい。

 線の攻撃であれば、その線のどこかに当てれば防御が出来る。それをさせない鎖という武器の利点を、チェーンソーはいつもは利用している訳だ。

 点の攻撃である突きは、武器で防御するために当てても無駄、とは言わないが、そもそも、当てるのが難しい。

 一点で、高速に打ち出される攻撃に、真正面から武器を当てるというのは、物凄く難しいし、横にまわってはじくという手もあるが、その横にまわる、という動き自体が、今は不可能である。

 腰が入らなくても、回転させられる鎖ならば、腕を前に伸ばして回転させ、剣を絡ませて止める、という方法も考えないでもないが、鎖が巻き付いた程度では、鎖に対して引くか押す方向への動きなら障害にもなろうが、鎖と距離の変わらない動きでは、ほとんど意味を成さない。

 だから、チェーンソーはそんな愚作を選ばなかった。

 カッ、と剣の先が、盾のように突き出された鎖に当たる。

 が、高速で打ち出されはいても、イチモンジにしてみれば、数センチ目標の位置を動かすのは簡単な話。鎖は剣先を止めることなく、鎖の上を滑り、チェーンソーに向かって突き出される。

 と同時に、チェーンソーの腕が、跳ね上がった。

 鎖で、突きを止めることは出来ない。しかし、鎖を、剣にはわせて、方向を変えることは、可能なのだ。

 だが、イチモンジの突きも速い。完全に方向がずれる前に、イチモンジのフルフェイスのヘルメットに目がけて、突き出される。

 ガインッ!!

 横から見れば、イチモンジの剣が、チェーンソーのヘルメットに突き刺さり、そして、突き抜けたように見えた。

 だが、後ろから見れば、チェーンソーは、首を傾けて、イチモンジの突きを避けたのが、はっきりと分かったろう。

 バランスも半分崩れているはずのチェーンソーの身体から、脚が跳ね上がる。

 ドンッ、と、ほとんど無防備なイチモンジの腹に、チェーンソーの蹴りが入った、と見えたが、よく見れば、左肘のガードで、チェーンソーのブーツを受け止めている。

 二人同時に、後ろに転がるように距離を取った。

 イチモンジの、必殺であろう突きが、チェーンソーに避けられたのだ。それどころか、その後の一撃は、チェーンソーの方が速かった。

「今の……当たったよな?」

 横にいる田辺のことなど、頭から完全においやっている健介は、小さくつぶやく。が、田辺も試合に気を取られて、その独り言には気付かなかった。

 今まで、突く攻撃がなかったことに、チェーンソーは気付いていたのだろう。ここぞという、最後の場面で、突きを使って来る。そう予測していたはずだ。

 だから、あんなに余裕がなかったのに、一本の鎖を両手に前に構える、という準備が出来た。

 攻撃を受けながらも、本当の必殺として放たれるであろう攻撃に対しては、ちゃんと準備をしていたのだ。

 勝ちを狙った攻撃は、必ず隙を生むことを、チェーンソーは知っていたから。

 イチモンジは、予測されても目が追いついていかないし、対応も出来ない、とふんでいたのだろうが、チェーンソーには、対処する方法があり、かつ、それだけを狙って防御の構えを取っていたのだ。

 いや、それでも、イチモンジの突きは決まった。今まで見せなかった、という利点もあるし、十二分に押していた状態で、チェーンソーに余裕はなかった。そういう積み重ねで、イチモンジの切っ先は、チェーンソーに届いていた。

 鎖の上を滑らせて軌道を変えても、頭を横に傾けても、それでも、イチモンジの突きの切っ先は、チェーンソーのフルフェイスのヘルメットに当たっていた。

 だが、チェーンソーは、それすらも、無効化したのだ。さきほど、裏を取られた防具で。

 なるほど、防具は衝撃を伝える。しかし、それは結局のところ、防具をつけないよりも、弱い衝撃でしかない。

 何より、チェーンソーはフルフェイスのヘルメットをかぶっている。この球状の防具に、点で当たれば、攻撃がすべるのは必然。チェーンソーは、そのために、わざわざイチモンジの突きを上にそらして、フルフェイスのヘルメットの横に当てるようにしたのだ。

 下からあごの先を跳ね上げられたのならともかく、真正面からの攻撃は、防具にとっては、一番想定したものなのだから。

 もちろん、おそらくは一番硬くしてある前頭葉の部分で受けたとか、そういう細かいところはあるだろうが、それはまあ、些細なこと。

 一番大きなことは、イチモンジの技は、チェーンソーを超えたかもしれないが、チェーンソーの準備は、それをさらに上回った、ということだ。

 そして、そのラッシュで、チェーンソーを倒せなかった、ということなのだ。

 ラッシュは、どんなに鍛えていようとも、疲労を溜める。実際、イチモンジは、息を切らせていた。

 それでも、ダメージが残っているのは、チェーンソーの方。今一度、一方的に攻撃出来るかどうかは難しいところだが、脳を揺らしたダメージは、そう簡単に消えるものではない。

 反対に、チェーンソーは、ダメージは負っているものの、イチモンジの技を、ことごとくつぶしてきている。防具を狙われるという技は許したが、しかし、次はそれをやはり防具を使ってやり返した。

 どちらが不利とは言えない状態だった。そして、このレベルに達すれば、攻撃している方が不利なのだろう。

 そういう意味では、イチモンジは一方的に不利を背負って攻めていたのだ。

 もし、守りに入ってただ長引かせることを考えれば、かなりの技から二人は逃げ切るだろう。事実、守りにまわったチェーンソーはそのほとんどを守り切った。

 守りを固めて、相手の隙を狙う方が、より正しい方法であるのだ。それが出来るだけの実力を、両方が持っているのだから。

 しかし、せっかくのダメージが回復するのを待つのは、あまりにも惜しい。そういう有利不利を考えれば、イチモンジは攻撃すべきなのだろう。

 だが、イチモンジの脚が、止まった。

 ダメージを受けたところをラッシュ、最初から狙っていた必殺の技を避けられたところで、イチモンジは、この機会を活用できる時間は終わった、と判断したのだ。

 おそらくは、隠している技も、手持ちの棒手裏剣の数も少ないのだろう。それを有効に活用するためには、真正面からでは、あまりにも不用意過ぎる。

 必殺を防御され、ならば、一瞬の勝機にかけるしかない、とイチモンジは判断したのだ。

 その判断は、的確にして大胆。なかなか、そう割り切れるものではない。

 攻撃の手を止めたイチモンジ。次は、チェーンソーが攻撃する番、と決まっている訳ではなかったが、雰囲気はそうなっていた。

 チェーンソーも、イチモンジが隠し技を使ってくるのでなければ、守りに徹した方が確実に勝てるのだから、無理に攻める必要はない。

 何なら、おそらくはもう少ないイチモンジの隠し技を全部出させてしまって、持久戦に持ち込んでもいいのだ。

 だが、何故か、チェーンソーはそれを選ばずに。

 右腕を、鎖と一緒に、ゆっくりと持ち上げた。

 

続く

 

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