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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(241)

 

 綾香が感心するカリュウのお手並みに、当然、坂下が感心していない訳がなかった。

 内心、苦々しく思いながら、坂下は距離を取る。本気で勝つ気があるのなら、ここは攻めの一手なのだろうが、勝つ気はあっても、焦る気はまったくなかったのだ。

 二回、か。私の出足に合わせて来たねえ。

 おそらく、三回目も合わせられるだろう。二回の感触から言って、間違いない。カリュウの動きは、賭けではあったかもしれないが、まぐれではない、と坂下も判断していた。

 一回目も二回目も、間合いが分かっていることも重要だが、それ以上に、坂下の動きを読むのも重要なことだ。

 特に、二回目のそれは、坂下が無理には近付かない、と判断しての間合いの取り方だった。坂下が無理に前に出ていれば、つぶせた距離だ。

 もちろん、ローキックもなかなか様になっている。というよりも、これで打撃系がメインの選手ではない、というのが驚きだ。

 組み技のレベルも、打撃のレベルも、ここまで達するのに、一体どれほどの練習を積んできたのだろうか?

 坂下は、打撃メインで、組み技は所詮防御できればいい、というレベルだ。防御するときには、組み付いてきた相手に打撃を打つことも考えてのものなのだから、難しくはあっても、そう不可能なことではない。それに、守るためとは言え、少しは練習しているので、素人には組み技だけでも負けないだろう。

 しかし、打撃をここまでの精度で保ちながら、組み技も坂下の防御を多少でも凌駕するとなると、なかなかいるものではない。

 浩之がだいぶ組み技を使えるようになったが、まだまだのレベルだ。カリュウの方が、一枚も二枚も上手だと感じる。

 でも、単純に感覚だけ言うと、藤田とカリュウに、打撃の差はあんまりないように思えるんだけどね。

 どちらも、単なる実力以上のものをひねり出して来るので、比べるのは難しいが、組み技に比べれば、差は極端に小さいように思える。

 その評価を総合すれば、坂下が負ける要因など、ないことになるのだが。

 のわりには、苦戦しそうだね。

 距離を取ったのは、坂下の方で、カリュウは、あまり時間も置かずに、坂下への距離を詰めようとしていた。

 またローキック? いや、そう思うと足下をすくわれそうだね。

 おそらくは、今のところカリュウが三度目のローキックを放ったとしても、一度目や二度目と同じ結果になるだろう。だったらカリュウはローキックを放つのが正しいと言えるが。

 それだけでは、坂下が倒れないのも事実。その事実こそが、何よりも優先される。カリュウがそれを理解しているのなら、違う動きをしてくる。

 坂下は、素早く距離を詰めて来るカリュウに対して、迎撃の構えを取る。こちらからは手を出さない。前にも出ない。カリュウが自分のリーチぎりぎりの距離で止まれば、一方的に攻撃を受けることになるが、カリュウの前進の勢いが、そう簡単に止まるとは思えなかったのだ。

 打撃は、前進の勢いを利用するものだ。当てる部分とは反対になる位置を止めて、そこを支点にすることにより、前進の力をさらに強め、当てる。簡単な例で言えば、つま先が地面にひっかかると、頭の先はスピードがあがる。それを応用して、打撃は威力を上げるのだ。

 しかし、前進の力、全部が全部打撃の力に変換できるものでもない。ひっかかりの部分の摩擦力以上には、力を送れないのだ。

 カリュウのつっこんでくる勢いは、脚だけで殺せるものではなかった。だから、坂下は、相手の攻撃を受け、慣性の法則のまま飛び込んでくるのを狙ったのだ。

 カリュウが、間合いからはまだ遠い位置から、脚を上げる。慣性が効き過ぎて、もっと近くで脚をあげたら間に合わない、と判断したのだろう。

 上げた脚の位置から言って、足刀蹴りが来るのは間違いなかった。

 坂下にしてみれば、カリュウは失敗したも同然だった。前進してくる相手の足刀蹴りを十字受けで受けて、そのまま上に受け流し、相手を転倒させるなど、坂下にしてみれば簡単な話だ。丁度同じような受けを、健介相手に初戦でやっている。

 ドッ!!

 カリュウの足刀蹴りが、待ちかまえていた坂下の十字受けの上を打つ。衝撃を全部殺せた訳ではないが、きたえてある坂下にとってみれば、ダメージにもならない。

 そのまま、前進の力が押し込まれるのを、上に受け流す。しかし、坂下の思惑を、カリュウは壊す。

 パンッ、と足刀で坂下の腕をはじくようにして、カリュウは脚を引き戻したのだ。これ以上力を込めても、後は受け流されるだけ、と分かっているような動きだった。

 もちろん、一秒の間の何分の一の差だ。しかし、それだけの時間がもしあれば、上に受け流すことは可能だった。

 逃げられた!

 だが、坂下はあせらずに、すぐに前進を開始する。

 うまく脚は引いたが、カリュウの慣性が全て殺された訳ではない。むしろ、接触している時間が少なかった分、勢いは殺されていないだろう。

 足刀蹴りなどというモーションの大きい技を使った後では、接近して来る坂下相手に、カリュウは反撃出来ない。

 受けというよりは、ガードの形になった以上、坂下も前に出る力を殺されてはいるが、それでも、前進してくる相手を捉まえられないことない。

 そこに、左のジャブ、右ストレートのワンツーを入れれば、受けられる可能性はあるが、逃げられる可能性は、ない。

 はずだったが、坂下は、左を放とうとした瞬間に、慌てて手と脚を止めた。

 カリュウの身体が、坂下の予想よりも、かなり遠くにあったのだ。腕を伸ばしても、脚を伸ばしても届く距離ではない。むしろ全力で飛び込む必要のある距離だ。

 すぐに逃げられたのを理解し、空弾を打つのは何とか踏みとどまる。もし、不用意に打てば、坂下が葵を追い込んだときのように、フェイントに誘われた形になってしまう。

 しかし、何で後ろに逃げることが?

 坂下の疑問は、すぐに解決した。一瞬目を地面にやると、そこには地面から突起が出ている部分だったのだ。

 カリュウは、滑り込むようにしながら足刀蹴りを打つ、と同時に、地面のでっぱりに軸足をひっかけ、そこを足場にして、後ろに逃げる。坂下の十字受けの腕を蹴った反動も利用したのだろうが、それでも足場にでっぱりがなければできなかっただろう。

 最初の坂下の攻撃が、この小さな丘の所為でカリュウを取り逃がしたが、それはまだ偶然だったかもしれない。

 しかし、先ほどのカリュウの動きは、完全にこの地形を利用したものだった。もちろん、偶然などではない。カリュウが狙ってやったのだ。

 しかし、一撃入れて逃げるのなら、別にローキックでも良かったはず。

 だから、坂下は、すぐにカリュウが何を狙っているのか、理解した。といよりも、坂下の作戦が、カリュウに読まれていることに感づいた。

 今はまだ、カリュウのローキックは一方的に坂下を打てるだろう。しかし、次は分からない、そしてその次も分からない。

 カリュウがいかに坂下の動きを読もうと、カリュウの方がリーチが有利だろうと、それで治まるほど、坂下は安くない。

 だが、違う動きも入れられると、距離や動きを読まれているのも含めて、坂下もおいそれと覆すのは難しくなっていく。

 カリュウは、そうやって時間を稼ぐつもりだ。そして、時間を稼いで。

 十字受けをしたとは言え、少しは内臓に衝撃が伝わる。脚も、ガードが成功していても、微妙にダメージは蓄積していく。

 間違いない、カリュウは、坂下に、細かいダメージを当てることだけを狙っている。そして、それで勝つつもりだ、ということも。

 

続く

 

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