作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(243)

 

 無謀だ、と今までの攻防をかなりのところで理解している浩之は、カリュウの突撃を不用意だ、とすら思った。しかし、浩之の予想を、カリュウはあっさりと覆す。

 坂下に向かって走り込んだと思った瞬間、カリュウの身体は宙にあった。そのそぶりすら、ほとんど見せなかった、急激な変化、とすら言える動きだった。

 そのまま、坂下の上を飛び越えながら、かかとを背に向かって振り上げ、坂下の後頭部を、宙から狙ったのだ。

 予想すら、というよりも、相手が地面にいる限り、想定出来ない、上からの後頭部への打撃。坂下は、ぎりぎりで身体をかがめて、予期しなかった攻撃を避ける。

 シュバッ!!

 坂下の短い髪が、カリュウのかかと、いや、それでも届かない、と思ったのか、さらに足を伸ばしたつま先が、坂下の髪に引っかかり、跳ね上がる。

 カリュウの、今までほとんど見せたことのない度肝を抜く動きに、観客達は一気に盛り上がる。

 もちろん、カリュウは生え抜きのマスカレイドの選手であり、今までマスカレイドに合った戦い方をしてきた。飛び技も、慣れた技の一つである。

 しかし、その変わりと言っては何だが、カリュウは飛び技、というものをほとんど見せていなかったのだ。

 これは、苦手としている、という問題ではなく、要するにかみ合わせの問題だ。マスカレイドは飛び技を得意とするようなトリッキー系の選手は多い。それに対処していれば、おのずと飛び技を出すようなことは減って来る。

 と言っても、坂下はそんなことは知らない。知っているとすれば、カリュウを目の前にして、そういう部類の技を得意とする選手ではない、と判断した部分だけだ。

 つまり、その点に関して言えば、カリュウは坂下の判断を、超えたのだ。

 飛び技は、予備動作が大きい。しかし、ここで飛び技という選択は、それを補ってあまりあった、ということなのだ。

 俺も、多分坂下と同じ間違いをしていたな、と浩之は思った。

 瞬時に反応するときに、どうしても来ると思っていない攻撃を喰らえば、反応は遅くなる。浩之も、いきなり自分が飛び技を使うことは考えるかもしれないが、相手から来る、とはとっさに思えない、と考えた、

 もちろん、ただカリュウは飛び技を使った訳ではない。最低、坂下の予想を超える動きをしているのだ。

 地面にある突起の、一番高い場所に足をかけて、坂下の予想を超える高さを飛んだのだ。しかも、おそらくは、坂下が腰を落とした、と見て取ってのとっさの動き。

 いや、とっさ、ではあるが、カリュウとしては予測していなかった、という動きではない。おそらくは、その手以外にも、何種類かの選択肢を持って距離をつめたのだろう。

 坂下には悪いが……参考になる。

 策を練って、実力を上回る相手を倒さなければならないことが、これから先、浩之には何度もあるだろう。

 そのときになって、策を見破られれば、または不都合な動きを相手がしたら終わりでは、お話にならない。

 策を練るならば、何種類も策を考えておいて、その中から最善手を選ぶ。実は策を練るときの基本中の基本だが、浩之には今まで、そんな余裕がなかった。

 カリュウの読みの凄さがあって出来ることかもしれないが、俺も策を練るときは、そう心がけよう。

 葵は、試合を見て感性で色々身につけるが、浩之は論理的な思考から、そしてたまに起こる、奇跡的なひらめきから、必要なことを身につける。

 そういう意味で、坂下を相手するカリュウの姿は、浩之にとってかなり参考になるものだった。

 それが悪い、と思うのは、しかし浩之の感傷。戦う前までは、まわりの影響は大きいかも知れないが、戦いが始まってしまえば、それは全て戦っている者の責任だ。

 浩之がカリュウに感謝したところで、それに坂下が文句を言うようなことは、あり得ない。坂下は、物事の責任がどこにあるのか、ぐらいちゃんと理解している女だ。

 何より、悔しいとは思って、そして簡単には納得できないとしても、敗北の理由すら、人に任せるようなことは、坂下のようないい女には、ありえない。

 しかし、それでも、格闘技は覚悟ある者にもない者にも、平等だった。

 前に倒れるようにしてカリュウの攻撃を避けた坂下は、そのまま地面に片手をつく。

 まずい、とそれを見ていた浩之は思った。それは、坂下が手をついたからそう判断した訳ではない。坂下が、それから動かなくなったからだ。

 手をついても、すぐに立ち上がるのなら、ただ単にバランスを崩しただけだろう。しかし、そこから一瞬でも動くのを躊躇するということは、さきほどの空中からの、蹴りとも言えない蹴りが、坂下の後頭部をかすっていた、ということになる。

 すぐに動けないほど、ダメージを受けた、ということを示すということは、それは、危険なことだった。

 カリュウも、無理な体勢から蹴りを放った所為で、空中でバランスを崩し、地面に頭から突っ込むが、これは前転をして綺麗に受け身を取って、素早く立ち上がる。

 坂下は、カリュウに背を向けたまま、片手を地面について、動きを止めている。カリュウにとってみれば、最大のチャンスだった。

 誘われているかもしれない。そんな思いは、カリュウの中にもあったはずだ。誘われていたとすれば、攻めれば、それは直に自分の危機になる。

 しかし、カリュウはそれに躊躇しなかった。前転から立ち上がり、素早く振り向くと、離れてしまった坂下に向かって走り込む。

 組み技を狙っている、とは思えなかった。それほど、余裕のある場面ではない。もし、坂下が回復してしまえば、それでこのチャンスはつぶれるのだ。

 それよりも、走り込む勢いを乗せた蹴りを放った方が、確実で、そして致命的なダメージを与えることが出来るはずだった。後ろから本気で蹴られれば、坂下とて耐えられるものではない。

 飛び込むように坂下との距離をつめたカリュウの右脚が、勢いを乗せたまま跳ね上がり、後ろから坂下の脇に向かって放たれた。

 入れば、筋肉のない脇腹ならば、あばらは折れるだろう。そうなれば、さすがに試合は決まったようなものだった。

 その危機に、坂下の身体は動かない。下がった顔は見えず、表情も観客席からは見えない。

 これが入れば、勝敗が決する。そう思っているのが予測できるほど、カリュウの動きには力が入っていたが、それは技の動きを妨げるものではなかった。

 坂下の身体には、そのまま動きは見えず。

 カリュウの蹴りは、酷く自然で。

 その二人の立ち位置には何も変化なく。

 ドキュッ!!

 カリュウの低いミドルキックが、坂下の右脇に入り、坂下の身体は、今までの鬼神ぶりが嘘のように、軽々と横に跳ね飛ばされた。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む