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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(245)

 

 お得意のタックルは、リスクが大きすぎると思っているのか、カリュウはローキックを主体に、ヨシエさんを攻める。

 カリュウの攻撃には、腰が入っているようには見えなかった。当たれば、ダメージなしとは言えないだろうけれど、あんなに腰が引けてしまったら、攻撃する意味すらないように思える。

 そんなカリュウに、ヨシエさんは離れるでもなく近付くでもなく、律儀にカリュウの距離で相手をしてやっている。

 ヨシエさんがウレタンナックルを外すのを邪魔したカリュウを、卑怯だ、と私は思った。さらに、今の戦い方を見て、余計にそう思う。

 まるで倒す気などなく、ただ、ヨシエさんの邪魔をするためだけに攻めているのは、明らかだ。そんなもの、攻めている、とは言わない。

 マスカをひいきにする観客すら、今のカリュウには不満があるのか、歓声が少ない。いや、もうカリュウの勝ち目は薄い、と感じているからなのかも知れない。

「あー、カリュウも必死だな」

 浩之先輩は何故か苦笑して、別に悪いとは感じていないような口調でカリュウの攻めを評価した。どうも、浩之先輩は何故かカリュウに甘いようだ。自分に似ているから、と浩之先輩は言うのだが、私としては認められない内容だ。

「無様ですね」

 そんな気持ちも相まって、私は、辛辣な評価をカリュウに下す。どうせヨシエさんには勝てないのだから、さっさと真正面からぶつかって玉砕すればいいのだ。

 自分が同じ状況なら、絶対にそう思ったりはしないが、戦っているのは私ではなく、どうでもいい、いた、言ってしまえば、あまり好きではないカリュウだ。いくらでも辛辣になれるというものだ。

 しかし、浩之先輩に向かって言うには、多少口が悪かった、と思って、私はちらりと浩之先輩に目をやる。横にいる来栖川綾香まで視界に入るが、仕方ない。というか、どうも来栖川綾香に見られているようで、落ち着かない。それは私の自意識過剰なのだろうか?

「いや、身につまされるなってな」

 また、浩之先輩がカリュウと自分を重ねるので、私は不満を隠しきれなくなって来た。いつも不満そうな顔なのが、ここでは助かる。

「……浩之先輩は、逃げなんて打たないと思いますが」

 一方的に攻撃されて一方的に防御にまわらないといけないことはあっても、浩之先輩が逃げ手を打ちながら戦ったのを、私は見たことがない。練習で、浩之先輩より強い相手をするときでも、果敢に攻めて行く。

 私も、そんなに守りがうまい方ではないので、無謀と言える突進をすることもあるが、それでも浩之先輩の前進するのにはかなわない、と思うのだ。

 浩之先輩のそんな姿も、私は好きなのだ。何が好きでカリュウと同等に置こうなどと思うのか。

「カリュウのあれは、逃げじゃないと俺は思うぜ」

「……そうでしょうか?」

「まあ、何かランはカリュウに対しては評価厳しいからな。他から見れば、あれも逃げに見えるのかもなあ」

「……」

 カリュウの評価を厳しくつける、というのは自分でも自覚があるので、私は黙った。

 しかし、不満に思っているのは顔に出ていたのか、いつもの不満そうな顔を、不満なのだ、と浩之先輩が誤解したのか、仕方ない、という顔で浩之先輩は私を諭す。

「逃げ腰って言っても、真正面から坂下に向かって行くのは、怖いぜ」

「あ……」

 ゴウッ!!

 その瞬間に、丁度ヨシエさんのミドルキックが、風を叩き折るような音を立てて空を切った。

 地面を転がるように逃げ延びたカリュウは、一瞬も時間を置かず立ち上がると、立ち上がったときのスピードとは打って変わって、ヨシエさんが次にどう動くか、と様子を見て、それでもすぐに坂下に向かって距離をつめる。

 ヨシエさんは、反対に自分からは距離をつめず、カリュウが自分のリーチでもないヨシエさんの攻撃を捌ききれなくなって距離を空けると、意地悪い顔でウレタンナックルに手をかける。

 それを見ると、カリュウは何かに追い立てられるように、ヨシエさんとの距離をつめる。無理をすれば、片手のウレタンナックルぐらい外せると思うのだが、何故かヨシエさんはそれにはこだわらず、ウレタンナックルから手を放して、カリュウの接近に備える。

 病的なまでに、カリュウはヨシエさんの素拳を嫌がっている。それは、生理的嫌悪なのか、身体的危機を感じてなのか、どちらにしろ、必死だった。

 でも、やはり必死、というのは、私から見ると、無様だと思う。

 それは、浩之先輩の言うことも、一理あるとは思うのだ。素拳が怖いからと言って、あんなにうかつに距離をつめるのは、正直それ以上の怖さだと思う。

 それなのに、カリュウは距離をつめる。誰がどう見ても、ヨシエさんにウレタンナックルを外されたくない、と切実に思っていると思うだろう。

「ヨシエさんの素拳の怖さが、分かるんじゃないですか?」

 だから、私は普通に考えられることを言う。それほど、アリゲーターのナックルを正面からたたき壊したイメージは、大きい。

 マスカレイドでは刃物は禁止されているが、まさに素拳の戦いに、刃物を持ち出したような冷たい怖さが、ヨシエさんの素拳にはある。

 得意の防御と、一撃必殺を模索する素拳。それで攻めてこられたら、それはカリュウだって嫌だろう。必死にもなると言うものだ。

 私は、経験で知っている。恐れたら、それで勝敗は決したようなものだ。少なくとも、恐怖を、カリュウは押さえ切れていないようにしか見えない。

 しかし、浩之先輩には、何か、違うものが見えているのだろうか?

 私に言い聞かせるように、見過ごしていた事実を、口にする。

「まだ、坂下のパンチは一発も当たっていないんだぜ?」

「それは、当たれば決まりますから」

 素拳なんて悠長なことを言う必要はない、今のウレタンナックルでも、十分にカリュウは倒れるだろう。何せ、カリュウにはアリゲーターのように守られた拳などない。

 しかし、浩之先輩の真意は、次の言葉にあった。

「当たってない拳を怖がるぐらいなら、他にも怖がらないといけないことは、沢山あると俺は思うんだけどな」

 それは、と私は口にして、それ以上は反論出来なかった。

「ま、素拳の方がスピードは上がるかもしれないけどな。でも、今の危険さと比べると、どっちが危ないだろうな?」

 ヨシエさんの、本当の武器は、素拳による、ナックルでも正面から叩き折る攻撃力、ではない、と私も思う。

 それが何か? と聞かれると、とっさには答えられない。けれども、素拳には強さの根源はあっても、それが最強ではない、と感じるのだ。

「それは理解した上で、坂下は誘ってるみたいだが……」

 浩之先輩の顔に、どこか不安そうな表情が宿る。

 主導権を握っているのは、明らかに坂下先輩の方なのに、どこに不安になる材料があると言うのか。相手を誘うほどの余裕があるのは、坂下先輩の方なのに。

 いや、もしかして、浩之先輩は、カリュウの方を応援しているのか。今までの話の流れからは、それもありうる話だった。

 しかし、浩之先輩の言葉は、私の予測を、全て外して、とんでもないことを口にした。

「カリュウの狙いは、別にあると、俺は思うんだが」

 ここからでも、カリュウには、まだ勝ちを狙っている。浩之先輩は、そう言うのだ。

 

続く

 

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