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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(252)

 

「いつから、気付いてた?」

 楽しいのか、もしくはあきらめたのか、よく分からない表情で、男は聞く。

「完全に気付いたのは、試合の途中だよ。もっとも、違和感は見たときから感じてたけどね」

 普通なら、気付けて当然なのか。それとも、気付かないのが当たり前なのか。

 声を出さなければ、少なくとも、気付くのは難しいだろう。顔はマスクで隠されているし、こんなところにいるはずがない、という人間の思いこみは、ときとして事実すら曲げるのだ。

 しかし、何よりも、坂下が気付かなかった最大の理由は、そのキャラクターだった。

「というか、キャラ作ってたんだ」

「おいおい、それは誤解だって」

 男は、いけしゃあしゃあとそう言い切る。今の軽薄な口調と雰囲気で、それを信じろ、という方が難しいのだが。

「俺がマスカレイドで戦いだしたのは、まだ中学生だったんだぜ? 身体はそれなりに出来てたけど、この二、三年で性格が変わっても、何も不思議じゃねえだろ」

「でもねえ」

 坂下は、うさんくさそうな顔で、男を見る。

「私とあんたが会ったのは、高校入って、すぐの空手部入部のときだったろ? あのときから、お調子者の性格だったと記憶してるんだけど」

 それまでの空手部恒例、新入生同士の、KOでしか勝敗をつけない試合。あのとき、坂下は自信ありげだった池田をKOで下して。

 無傷だから、ともう一人坂下の前に出された新入生、それが、この男だった。

「御木本、あんた、あのとき、思いっきり先輩達からかってなかった?」

 カリュウのマスクを外した、坂下もよく知るお調子者であり、空手部のゴミとまで言われる、しかしどこか憎めない男。

 ここにいるはずのない男が、坂下の前で飄々と笑っている。

「いや、若気のいたりっつうか何というか、俺もこれでもマスカレイドでもまれてた人間だけどさ、だからこそ自分がそれなりに出来るなんて思わなかったわけよ」

 マスカレイドに御木本が参加したのは、まだ中学生。身体も完璧に出来ていないし、すでに二十歳にもなる人間だって参加していた。

「マスカレイドじゃ、いつも惨敗だったんだぜ? でもさ、何か見てると、先輩方も大したことない、ぶっちゃけ俺の方が強いんじゃないのか、と思った訳よ。で、試しに逃げてみたら、案外簡単に逃げれた訳で、ちょっと調子にのっちまったんだよな」

 そういえば、御木本が先輩達をからかいだしたのは、追えども追えども御木本を捉まえられない、そう誰しも理解した後だったような気がする。

「まあ、あれこそ若気のいたり、ってやつだ」

 うんうん、と御木本は頷く。

「それで納得できると思ってる?」

「……いいや、お前のしつこさは、俺もよ〜く知ってる。何せ、この二年の間、殴られまくったからな」

 蹴られもしたしな、と御木本は付け加える。

「信じないでもいいが、事実、マスカレイドに入ったばっかりの俺は、あんな感じだったんだよ。そりゃ、こんなバカな世界に身を置こうなんて思う、バカなガキだ。ああいうのが格好いい、と思ってたんだよな。今思うと憤死ものだぜ」

 自虐、という要素を含めて笑うカリュウ、そう、そこにいるのは、坂下の知る御木本ではなく、やはりカリュウの方が近いのだろう。

 しかし、坂下は、試合の途中で気付いた。しゃべるだけならば、最後まで気付かなかったかもしれないのに、だ。

「とりあえず、そっちの話はちょっと時間かかるから、後な。で、先に質問させてくれや。何で俺だって気付いた?」

 それこそ、愚問だ。というか、坂下には、御木本が分かってやっているようにしか見えなかった。

「自分から技隠しておいて、何でもないだろ?」

「あ〜、やっぱそこか、それまではうまく隠してたと思ったんだけどなあ」

 坂下が御木本に気付いたのは、坂下を後ろから狙ったミドルキックのときだ。

 普通なら、見てもいない打撃に、技を合わせるなど不可能。しかし、あのときの坂下はそれが出来た。

 何故なら、よく知っているタイミングだったからだ。

 御木本の考えは正しい。いつもの動きをすれば、坂下は一発でカリュウの正体に気付いただろう。空手部のときの動きとマスカレイドのときの動きは違うが、それにしたって、しみついた打撃の動きは出てしまう。

 調子に乗ってタックルも何度か見せているのだ。そういう動きから、カリュウの正体にたどり着くのは、一般的な話ならともかく、坂下にしてみれば、難しいことではない。

 坂下を後ろから蹴ろうとしたとき、御木本は必死だった。だから、思わず、隠していたはずの空手部での動きが、出てしまったのだ。

 そこからは、もう崩れたダムのようなものだ。一度出てしまった以上、隠している意味もないし、そんな余裕は、カリュウにはなかった。

 しかし、だからこそ、坂下には動き一つ一つを読まれてしまった。坂下が神技にも近い技を二度も放てたのは、よく知っている動きだったから、というのもあるのだ。

「ああ、そうか、でちまったか」

 御木本は、それを聞いて、苦い、とても苦い顔をした。

「……そんなに、空手部は俺に染みついてたのか」

 マスカレイドで戦っているときのカリュウの方が本物なのか、空手部でバカをしている御木本が本当なのか。

 その表情からは、本人としては、前者が本物だと、思っていたということだろうか?

 それは、あまりにも、寂しい、と坂下は思った。

 だからこそ、言及せずにはいられなかったのだ。

「分かり切ったことを聞くな。話をそらそうってのがものばれだよ」

「げ、やっぱ分かるか?」

「何年の付き合いだと思ってる?」

「何年て……2年じゃ、そんなに長くないだろ?」

 何年来、という意味では、そう、二人の付き合いはそんなに長くない。17年程度の2年は、もちろん大きいとは言えるが、それでも、長い付き合い、とは言えないかもしれない。

「今まで、あんたのバカな行いに振り回されて来たんだ。時間は関係ないだろ」

「今、年のこと行ったの坂下じゃ……あ、いや、何でもない。というか、ろくに動けない人間に拳振り上げるのはどうかと思うぞ、いやまじ、お願いだから聞いて」

 坂下は、別に御木本の懇願を聞いてやった訳ではないが、拳を下ろす。

「で、私は聞きたいのは一つだ。何で、黙ってた?」

「おいおい、普通に考えてみろよ。夜のストリートでリアルファイトやってます、なんて学校で言えるかよ。つうか、俺がそれ言って、誰が信じるんだよ?」

 確かに、御木本がそんなことを言っても、皆、またいつものバカなことを言ってる、と思うだけだったろう。そういう位置に、御木本はいる。

 いや、そういう位置に、カリュウは自分の身を置いた。

 だから、黙っていたことを、坂下は聞きたい訳ではないのだ。坂下だって、部員に言えないことの一つや二つはある。

 しかし、そういう問題ではないのだ。

「何で、騙した?」

「ち、ちょっと待て、それは俺でも聞き捨てならねえぞ」

「御木本は、確かにバカで、ろくでもないやつだ」

「今さら言われ飽きた言葉だな、ほんと。よく俺健全に成長してるよ」

 御木本の軽口に、坂下は怖い顔をして、乗らなかった。

「空手部の練習はすぐさぼるし、来ないことだって良くある。休みの練習なんて、ほとんど顔を出さないだろ」

 でも、だ。

「私は、それを別に悪い、とは言うけど、思ってない。人には、それぞれ優先したいものがある。あんたにそれなりに才能があっても、厳しい練習が好きじゃないなら、空手部に全てをかける必要はない。私だって、それぐらいは認めてるさ」

 坂下には出来ない生き方だが、だからと言って、他人の人生を否定する理由にはならない。

「でも、それでも、あんたは空手部の一員だ。バカしようと何しようと、私は友達だと思ってた。なのに、何で……何で、空手じゃなく、そっちを選んだんだ!」

 それは、坂下の、まだ消えることのない、トラウマ。

 葵、という、自分ではなく、他の人間を志した、かわいい後輩。その後輩の、目標になれなかった自分。

 自分では、もう超えた、と思っていた。しかし、同じ状況を目の前に出されると、こんなにも、坂下は、苦しいと感じる。

 超えられるのは、悔しいが、問題ない。それをバネにも出来る。

 しかし、目標にされないのは、悲しい。

 御木本は、葵のように、さらに自分よりも上の人間を目の前にした訳でもないのに、それでも、坂下は目標とされなかった。目標にされるほどの人間に、なれなかった。

 御木本は、自分の本心に従っただけで、坂下に責められる言われはない。だが、坂下は、言わずにはいられなかった。

 御木本を、こんなバカでも、親友、と思っていたから。

「御木本、答えろ!!」

 坂下は、本気だった。だからこそなのか、それとも、もっと他に思うところがあるのか、カリュウではなく、御木本は、彼にはありえない真面目な顔をして坂下を真正面から見据えると、口を開いた。

 御木本が、カリュウとして、長く戦っていた、理由を。

「好恵、お前がいたからだ」

 

続く

 

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